幕間 事件のあと
話が進んでないから幕間。しかし書きたいものを書いている。気がする。
「中尉」
「キャロルは?」
司令部の中、医務室の個室の前。医務室に入るなり縋るように駆け寄るエヴァとクリスに、壁に背を預けたままでクローディアは視線だけを送る。静かな問いかけに、二人は足を止めて同時に首を振った。
「部屋に閉じこもったままで……ラヴィニア少尉が、部屋で一緒にいます」
「ラヴィが一緒にいるから早まったマネはしないと思うけど。ちょっと今は、会えなさそう」
「そうか」
クローディアは、物思いにふけるように静かに目を閉じる。口を閉ざした彼女に双子の姉妹はこっそりと目と目で互いを押し合い、押し負けたクリスがおずおずと尋ねた。
「あの、エリシェの容体はどう?」
「……肉体的には問題ないようだ。面会は、本人が断らなければ可能だということだ」
「それは、その、中尉がここにいるのは」
「勘違いするな。今は先客がいる」
クローディアの黒曜石の瞳が眼前の静かな扉を見た。その鋭さは、まるで室内を見通すように一点に集中して揺らぎない。
「先客? 私たちよりも早くエリシェに会いに来た人がいるってこと?」
驚きに目を丸くした後、不満に頬を膨らませるクリスの横で、エヴァは震えをにじませた声をだした。
「中尉、それはまさか、すでに憲兵隊による尋問が始まっているということですか? エリシェさんにはまだショックもあるでしょう」
「今回の件は重大だ。早急な対応のために、憲兵の捜査には全面的に協力せよとウィンドグレイス卿より指示を頂いている。我々よりも憲兵が優先されるのは当然だ」
軍の警察機構である憲兵は、この事態に対処するために全員が出動態勢で、そこかしこで被害状況を確認したり現場保存のために通行規制を敷いたりしている。どこかで拘束されたエミール・ブノワの尋問も行われているだろう。そしてエミールに次ぐこの事件に関与する人物の一人であるエリシェにも、捜査の手が伸びているということだ。
噛みしめた歯の間から絞り出すような声に、エヴァとクリスはクローディアの内心を推し測る。見せないようにふるまってはいるが、彼女の内心にも、焦燥が渦巻いているのだ。
新参の部下であるエリシェが、反乱を起こしたスパイに人質とされた事が一つ。
そしてもう一つ、エリシェを営舎まで送り届けたキャロルもまた、エリシェが人質に取られたことに深い自責の念を負ってしまっていることもある。
事件の推移を聞いたクローディア達は、捜索中止の命令を受けると同時に司令部内の医務室へとひた走った。だが、キャロルだけは途中で離脱し、自室へと戻ってしまっていた。最初にそれに気づいたのはラヴィニアで、彼女はエリシェを残った三人に任せ、キャロルを追って営舎へと向かった。
エリシェのいる個室にたどり着いた時はまだ彼女は医師による診察中であり、クローディアはエヴァとクリスにもキャロルの様子を見に行かせた。そして帰ってきたのが今現在である。
「キャロライン少尉の判断は、間違ってはいませんでした。司令部に近い営舎は当然のごとく厳戒警備態勢が敷かれており、スパイが入ることなどできるはずもない。エリシェさんは、十分に安全なはずでした」
「それをあいつに言ったところで、起こってしまったことは覆らない。……そのあたりは、ラヴィが上手くやってくれるだろう。私よりも長い付き合いだからな」
「そういえば、どういう状況でスパイが人質を取ったのかも聞いてないんだけど。まさか共犯者がいたとか?」
「不明だ。そのあたりは、憲兵が質問と現場検証を行っている最中だろうな」
クリスの質問に対し、あえてクローディアが『質問』という単語を使ったことをエヴァは察する。『尋問』という単語の重々しさは、人形のような可憐な少女に対して使うことを躊躇わせられる。実際にどのようなことが行われているのか、沈黙を保つ扉からは察することが出来ない。
「まさか、エリシェさんが自発的に人質になったとは思いませんが……」
「銃持ってる相手に脅されたら、言いなりになっちゃうよね。じょ……じょりょーしゃくじょー? ってやつ」
「クリス、もしかして抒情酌量?」
「そうそれ」
ぽんと手を打つクリスに、エヴァは吐息を漏らした。クリスの語彙力に呆れているわけではなく、エリシェが何らかの罪に問われることを危惧してのことだ。
「エリシェは、銃を持っていたはずだ。抵抗する力があったのにそれを振るわなかったというのは、軍人としての心掛けを咎められる可能性がある。そして憲兵には抒情酌量という言葉はない。最重要となるのは軍規だ。最悪、軍への背信と取られれば……死刑もあり得る」
「うそ」
クローディアが呟くと、お、の形で口元を凍りつかせたクリスの顔から血の気が引く。
「最悪の場合、だけれど……それにはウィンドグレイス卿の同意がいるし、卿は絶対に許可しないわ。だからクリス、エリシェさんは大丈夫よ」
「そうだよね、ウィンドグレイス卿が護ってくれるよね?」
「ええ、そう。だから、安心して」
エヴァが耳元でささやきながら、鼻声になったクリスを抱くように肩に手を置く。クローディアが余計なことを言ってしまったという詫びとクリスを宥めてくれた礼を視線に乗せると、エヴァはクリスの頭を撫でながら柔らかい笑みを返す。
扉の開く音がした。
全員が一斉に視線を向けるが、開いたのは正面ではなく、その隣の個室だった。
「いいか、今日一日は安静だ。憲兵の捜査にも大人しく協力しろよ。上官命令だ」
野太い声を個室に投げながら姿を現すのは、新貴族の先兵たるニコラス・フラド中尉。さらにその後ろには、上官であるマルセロ・エスキベル大尉が続く。クローディア達と視線が合い、互いに緊張感に包まれた敬礼を行った。この場では最上位であるエスキベルが口を開いた。
「このたびはご愁傷さまです、コープランド中尉。部下が人質に取られたと聞きました」
「ご心配、心に染み入ります。そちらは今回の件では大活躍したと存じています」
「活躍などと。軍人としての務めを果たしたまでです」
最終的にエミール・ブノワを拘束したのは憲兵だが、実質的にはエスキベルの部下であるリューシャ・コチェルキナの功績だと、すでに噂が立っている。さらにこの一件は新貴族の軍内での発言力を高めるための仕込みだという尾ひれまでついた上で、だ。ゆえに、エヴァとクリスの視線は厳しくなる。
クローディアとエスキベルは仮面のような無表情で本心を隠しているが、ニコラスはクリスとエヴァの視線を露骨に無視してエスキベルの後ろに控えている。その態度が、火に油を注いだように視線を強くする。クリスなど、歯をむいて今にも噛みつきそうな気配を発していた。
一瞬即発の空気を気に留めず、エスキベルは声音を変えずに言った。
「推測ですが、今回の一件は上層部に『敵による攻撃』として処理されるでしょう。少なくとも副指令のラッセル大佐はそのつもりでいらっしゃいます」
「『ファイレクシアに対する反乱』では、不都合が生じると?」
「攻撃とした方が、都合がいいというべきでしょうか。軍における反乱の勃発は醜聞ですし、このたびに犠牲になった兵士は通常の戦死扱いとなり、遺族年金を抑えることが出来ます。貴方の部下も、反乱への加担ではなく被害者として処理されれば大きな咎めなく解放されるでしょうし」
「下手に反乱とすれば、同調する兵士もいるかもしれない。それを抑える意義もある、と」
「ええ。流石、中尉は察しが早くて助かります。貴方のように聡明な方ばかりであれば、不穏な噂も流れないというのに」
「軍を動かすのは噂ではなく、上の指示です。どんな噂が流れようと、それに流されるはずもない。気にしないことです」
毅然としたクローディアの物言いは、背後の二人に向けてのものだ。はっとしたクリス達はバツの悪そうにニコラスから視線を逸らす。ニコラスが不敵に唇を上げるが、言葉で水を掛けられて冷静さを取り戻した二人はどうにかその挑発を流しきった。
「おっしゃる通りです。……今回の件、攻撃と処理されたなら、報復としての攻撃が準備されるでしょう。名誉挽回の場ですね」
「卿の、ならばともかく、我々個人の名誉などに興味はありません。軍人として命令に従うだけです」
「そうですね。では我々も、一軍人として、全力を尽くすことにいたします。――では」
エスキベルは平然と、ニコラスはクリス達と火花を散らしながら、三人の脇を通り抜けていく。その姿が医務室から消えた後に、頬を膨らませたクリスが地団太を踏んだ。
「ああもう、やっぱアイツらなんかムカつく!」
挑発に対する怒りが、先ほどの不安を吹き飛ばしたのだろう。元気を取り戻したクリスを横目で見つつ、エヴァはクローディアに頭を下げた。
「申し訳ありません、中尉。挑発に乗りかけてしまいました」
「気にするな。向こうだって本気でやり合うつもりはない。私が止めなくとも、あの大尉が止めただろう。私が止めたほうが貸しを作れるというものだ」
「はい。しかし、安心しました。少なくともエリシェさんが、厳しく追及されることはなさそうですね。あの後ろの中尉はともかく、エスキベル大尉はこちらのことを案じてあんなことをおっしゃったのでしょうか」
「新貴族としては、一介の騎士に過ぎないエリシェなど気にも留めていないさ。情報を漏らして我々に恩を売れればよい、といったところだな」
情報に安心するところまで相手の手の内だったと知り、エヴァは思わず唾をのんだ。ニコラスの挑発も、エスキベルの『優しさ』を際立たせる演技かもしれない。権謀渦巻くファイレクシア軍内でそれなりの地位についている人間が、ただのお人よしであるはずがないと改めて認識させられたのだ。
「おそらくはこの一件、エスキベルの言う通りに処理されるだろう」
「反乱鎮圧とすれば、その功績は大きいものになります。新貴族にとってはそちらの方が重要なのでは?」
「エスキベルも言っていたが、攻撃を受けたとなれば反撃を行うことになる。新貴族の欲する攻撃への理由づけだな。エミール・ブノワの逮捕の功績は憲兵に譲って恩を売りつつ、自分たちの取り分は後の攻撃で稼ごうという算段だ」
「大尉も、クローディア中尉も、そんなところまでお考えなのですか」
「全ての行動には裏がある。行う誰かの利益になるからこそ、行動を起こす。相手の立場に立って考えれば難しいことではない」
平然と言うクローディアもまた、ハミルトン・ウィンドグレイスという有力貴族の部隊を預かる者だ。普段はクリスの横で知ったような顔をしているエヴァだが、本当の能力を持つ者に比べれば思慮の足りないひよっこだと思い知らされる。
「ここであれこれ言っていても、結局は推測に過ぎない。結果はいずれ示される。今はエリシェと――キャロルの身を案じる方が先だな」
「そうですね――」
はっと、エヴァは口を閉じた。クローディアの身体に力が入り、クリスが大きな目をさらに大きく開いた。
待ち望んでいた、正面の扉が開いたのだ。
出てきたのは、憲兵の徽章を付けた少尉だった。その顔は無表情で、中で何があったのかを悟らせない。クローディア達に敬礼をしつつ、彼は口を開いた。
「お疲れ様です、中尉殿」
「もう、面会は可能か?」
「はい。お待たせしました」
その言葉を聞いたとたん、弾かれたように走り出すのはクリス。憲兵の脇を抜け、個室に飛び込んでいく。部下の非礼を眼で詫びつつ、クローディアは敬礼を返す。
「ご苦労だった。我々に協力できることがあれば言ってくれ」
「いえ、結構です、中尉殿。私はこれから報告書を作成するので、これで失礼いたします」
憲兵は資料の紙束を小脇に抱え、医務室を去る。お預けを喰らった犬のようにその後ろ姿を見送ったエヴァも、クリスに続いて部屋の中へと走り、最後にクローディアが扉を抜けた。
ベッドから足を下ろして座るエリシェを見て、はっとクローディアは息をのんだ。
着ているのは病衣ではなく、上着を脱いだ制服姿だ。一本一本を毛先まで梳いたような滑らかな金髪を背中に流し、小さな手がベッドの上に置かれている。シミ一つない部屋の壁紙よりもさらに白い肌は、血の気が引けてすこし青白くすら見える。
涙を浮かべたクリスに薄い肩を抱き付かれ、眉を下げて彼女の顔を見ていたエリシェが、顔をあげた。宝玉のような蒼い瞳からは、力が感じられなかった。なにか大きな、張り詰めていたものが失われてしまったような空虚な雰囲気に包まれたエリシェは、容姿も相まって魂の抜けた人形に見えてしまう。
「中尉。ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「怪我は、ないか」
「はい」
頭を下げ、上げても、力は戻っていない。エリシェ確かに可憐で頼りなさげではあったが、ここまで触れると壊れてしまいそうな儚さはなかった。むしろ、底のしれない決意と力強さを秘めているような芯の強さをクローディアは感じていた。それが不信や警戒に繋がっていたのだが、今のエリシェにはそんな気持ちは微塵もわかなかった。
「エリシェ、憲兵に酷いことされてない?」
「はい。状況の説明をしただけですから。同じことを何度も聞かれて、少し疲れましたけれど」
よかった、と笑みを浮かべるクリスやエヴァは、クローディアが覚えたような違和感を持っていないように見える。それが接した時間のせいなのか、それともクローディアの気のせいなのかは分からない。違和感を心の中にしまい込んで、クローディアはベッドに近づいた。
「繰り返しになるだろうが、我々にも状況の説明をしてほしい。なぜ、営舎にいたお前が人質になった」
「申し訳ありません。油断、していました」
俯いて漏らすのは、悔しさを噛みしめているような声音だ。
「私が人質にとられなければ、被害は――」
「もしもの話は、今はいい。起こったことだけを伝えろ」
「……あの兵士は、見回りをしていると言って扉を叩きました。室内を確認するという名目で扉を開かせて、部屋に入るなり私の額に銃口を突きつけました。そのまま後ろ手で縛られて、営舎の外に連れ出されました。哨戒中の兵士がいましたが、私を盾にフレームを要求し、強奪しました」
憲兵から繰り返し聴取を受けたからか、話し方は淀みなかった。エリシェを追い込むことにならないかと案じながらも、クローディアは質問を投げる。
「お前も銃を携帯していたはずだ。後ろ手に縛られるまでに、抵抗しなかったのか」
「その前に端末の入った上着を脱がされ、銃も抜かれました。銃は弾倉を抜かれていたため、拾っても撃つことはできなかったでしょう」
淡々とした供述は、憲兵に話したものの繰り返しだからだろうが、それが余計に心のない人形のような印象を受けさせる。心中に起こった動揺を無視して、クローディアは脳内に状況を再現する。
エリシェ一人の部屋に、踏み込んでくる武装した兵士。体格に劣るエリシェでは、例え敵が武装していなかったとしても抵抗は難しい。突き付けられる銃口に、エリシェは恐らく怯え、抵抗する気力など湧かなかったはずだ。無抵抗な少女に対し、上着を脱がせ、後ろ手に縛るなど容易いことだ。
「エリシェ、その……乱暴、されなかった? 殴る蹴るじゃなくて、その」
「クリス!」
クリスの問いに、エヴァの叱責が飛ぶ。同じように状況を想像したならば、その問いにたどり着くだろう。クローディアも、その可能性を初めに思い浮かべてしまった。
そうならば。兵士から何らかの暴行――それも、性的なものを受けたならば。眼前の少女から、なにか大きなものが失われていることにも、説明がつく。
「そのようなことは、ありませんでした。私を縛った直後に、兵士は私を連れ出しましたから」
安心させるように笑みをつくりながら、エリシェは首を横に振る。力のない表情が逆に疑念を抱かせるが、そうだったとしても本人の言うことを信じるべきだとクローディアは考える。
「状況は分かった。何よりも、お前が無事であることが幸いだ」
「ありがとうございます、中尉」
「うんうん。エリシェが無事で、ホントに安心したよ。ね、エヴァ」
「はい。……キャロライン少尉にも、連絡をしないと」
端末を取り出すエヴァに、エリシェが首をかしげる。
「そう言えば、残りの方々は」
「テレサは出撃後の整備中だ。キャロルとラヴィは……」
「キャロルはさ、エリシェが襲われたのは自分のせいだって引きこもっちゃったの。エリシェ、はやく無事だったからって言ってあげて」
「キャロル少尉が……」
クリスが言うと、エリシェの青ざめた頬に、朱がさした。だが一瞬の驚きは即座に消え、再び自分を責めるような力のない人形の顔に戻ってしまう。端末を見ながら、エヴァが首を傾げる。
「駄目ですね。着信を切っています」
「ラヴィは?」
「今、かけています……ああ、少尉、こちらエヴァンジェリンです。キャロライン少尉は? ――そうですか。ええ、エリシェさんは無事、無傷です。キャロライン少尉にも――はい。まさか、怒ってなどいませんよ。むしろ少尉を案じています。――そうですか……わかりました。はい、中尉にもお伝えします。では」
どうだ、と問いかけると、エヴァは眉を下げてため息を吐いた。
「キャロライン少尉にはエリシェさんの無事を伝えました。ラヴィニア少尉によると、あちらはまだかかりそうだと」
「キャロル少尉にまでご迷惑を」
呟いたエリシェの声の冷たさに、あわててクローディアはかぶりを振った。
「お前のせいなものか。あいつは甘えたがりだから、ラヴィニアに甘えているだけだ。腹が減ればいずれ部屋から出てくるさ」
「ラヴィがいるから、キャロルは大丈夫だよ。それより今は、エリシェもしっかり休まないと」
「そうですね。色々とショックを受けたでしょうが、今は心を落ち着かせてください」
「くだらん自罰など考えるなよ。お前は私の部下だ、勝手な行動は許さん。今は、ここで休むのが命令だ」
「畏まりました、中尉殿」
ゆっくりと頭を下げるエリシェは、まるで幽鬼のように存在感が薄い。触れたところから砕けてしまいそうな空虚な人形を見ているのが辛く、クローディアは身を翻した。
「クリス、エヴァ。エリシェを休ませてやれ。行くぞ」
「じゃ、ごゆっくりね」
「何かあったら、端末で呼び出していただければ。では」
優しい声を掛ける二人は、やはりエリシェの変化を感じ取ってはいないようだった。気のせいだと自分に思い込ませつつ、しかしクローディアは部屋を出るまで振り返ることはできなかった。
「エリシェ、無事だって?」
「はい」
カーテンを引き、電気もつけない暗い部屋で、ラヴィニアは唯一の光源だった端末をしまう。薄闇の広がった中で、ベッドの上の毛布にくるまれた塊から、安堵の吐息が漏れる。
「よかった」
「エヴァさんも、クリスさんも、むしろキャロルさんのことを心配しているのです」
「うん……ごめん」
「わたくしに謝られても困るのです」
眉を下げ、ラヴィニアはゆっくりとベッドに腰かけた。一瞬毛布が震えて、おさまった。
「そうだね……ごめん」
怯える小動物のような不安と警戒に染まった毛布にラヴィニアは手を伸ばしかける。
「エリシェさんは無事でした。キャロルさんを恨むような方ではありませんし、貴方が苦慮するようなことはなにもないのです」
「うん。でも」
「でも?」
「私は――エリシェを、殺しかけた。もっと安全な、司令部の中まで一緒についていかなかったせいで」
手をかける前に毛布から嗚咽が漏れ、ラヴィニアの手は宙をさまよう。
「咎めを受けるべきは、あのスパイだけです。他の誰に責があるのでしょうか」
「その布石を作ったのは私だよ。もしもあの時」
「それを言うならば、もっと悪い結果になった可能性だってあるのです。エリシェさんは無事ですみ、スパイは拘束されました。結果をみれば、最悪の事態は避けているのです」
掌が、毛布に触れた。拒絶するように毛布が震えるが、それ以上の抵抗はない。触ったのは、背中のようだ。ゆっくりと、形を確かめるように撫で上げる。
「ものはいいようだね」
「ええ、言い様です。ですからわたくし、いい方向へと考えるべきだと存じます」
「わかる、けど……それでも、怖い。次に同じことが起きたら、私は、私の短慮は、同じようにエリシェを危険な目に合わせてしまうかもしれない」
キャロルは、毛布の中で丸くなっているようだった。手のひらで背中の震えを感じたラヴィニアは、ゆっくりと自分の身をベッドに倒す。
「あの場でエリシェさんを捨て置いて持ち場に向かえば、それこそ取り返しのつかない事態になっていたかもしれません。キャロルさんの判断は、確実に事態を良い方向へと導いています」
「私はもっとうまく出来たかもしれない――でも、出来なかった」
「それを悔いても後の祭りなのです。もしもエリシェさんを司令部に届けていれば。もしもエリシェさんと一緒に部屋にいれば。それを言うのは、次に同じようなことが起きた時でいいのです」
「次もまた、そうなるかも」
「わたくしがいます。わたくしだって、この事態に憂いていないわけがないのです。もしもキャロルさんの立場にわたくしがいたら、わたくしはきっと、キャロルさんと同じようにエリシェさんを守ろうとするのです」
毛布を掴んだ。抵抗するように、毛布が中に引き込まれる。
「その時わたくしがエリシェさんを守ることが出来なかったら、きっと同じように後悔を覚えるのです。――その時はこうやってベッドに閉じこもるのです。そうすれば、キャロルさん、貴方はきっと部屋に来て、寄り添ってくれるでしょう?」
一瞬、力を抜いた。キャロルも毛布から指を離した――その瞬間、ラヴィニアは毛布を一気に引き寄せる。そしてそのまま、キャロルにかかっていた毛布の半分を奪い取って、自らも毛布の中に入り込んだ。
「な、なにすんの!?」
「わたくしだったら、慰めに来たキャロルさんに添い寝して欲しくなります。なぜならエリシェさんは無事なのですから、ならばキャロルさんに添い寝をしていただく好機なのです」
「は、離してよ」
毛布の中で、キャロルの背中を引き寄せた。口で言いながら、キャロルは身体を震わせるのを止める。包み込むように抱きしめると、ラヴィニアよりも少し高い体温がある。
「自分勝手な後悔をするくらいなら、それを活かすほうが大切です」
「活かし方が間違ってるでしょっ」
「なにも生み出さない後悔に、意味はないのです。こうやってキャロルさんと一緒にいることの方が、数段有意義なのです」
キャロルの肩に頭を寄せると、乱れた髪の毛が鼻をくすぐる。柔らかい匂いに目を細めた。
「……エリシェ、無事だったんだよね」
「はい」
「よかった」
もぞ、とキャロルの身が弛緩し、丸まっていた身体を伸ばす。ラヴィニアは、ぶつかった足を避けるようにして自分の足の間を通し、そのまま太ももを挟み込んだ。二人の身体が暗い毛布の中で密着しているのを、体温のふれあいで感じている。
「少し休んで、エリシェさんのお見舞いに行きましょう」
「……うん」
薄暗い部屋の中で、ベッドの上の大きな塊から洩れているのは、嗚咽ではなく静かな吐息になっていた。
GLタグは釣り、という釣り。




