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第四独立機甲部隊

あたい知ってるよ、まだキャラ出しきってないって。


色々と紹介と説明回。

 士官学校時代の教室を思い出す小さな会議室に、アニスを含めて7人の少女たちが集まっていた。

 感圧式のパネルを背後にクローディアとアニスが立ち、それに向かい合う形で並べられた何列かの長机の思い思いの場所に、残りの五人が座っている。そのうちの二人は顔見知りだ。

「本日付で我が部隊に配属となった新人だ」

 クローディアが指先で手元の端末を操作すると、『エリシェ・コス』という名前がパネルに浮かび上がる。アニスは一歩を踏み出し、敬礼とともに名乗る。

「エリシェ・コス准尉であります。よろしくお願いします」

「ウィンドグレイス卿のご意向で、騎士見習いとして配属されているが、専門の訓練や教育を受けていない素人だ。適当に面倒を見てやれ」

 はぁい、と各所で上がる返事はやや軽めだ。部隊全員が二十歳前後の少女と言えるような女性という編成に、アニスは違和感を覚える。見た目や雰囲気で言うのなら、軍隊と言うよりも同好会だ。

「お前たち、先任としてもう少し緊張感を持てないのか? まあいい、一人ずつ軽い自己紹介をしろ。――キャロライン少尉、お前からだ」

 指さされて、はい、と威勢よく立ちあがるのは、最前列の端にいたキャロル。彼女は片目をとじてアニスに笑いかける。

「まあお互いに知ってるけどね。キャロライン・ガーフィールド少尉。一応フレームパイロットってことになってます。……こんなもんでいいかな、中尉殿?」

「――次」

 キャロルを無視して視線を横に移すクローディア。キャロルの後ろで背もたれに体重を預けていた女性が、大儀そうに立ち上がる。おそらく、この中では最年長だろう。短い栗色の髪に、気の強そうな猫目が印象的だ。アニスの知らない顔だった。

「テレサ・ヘルトホフ少尉相当官。技術屋で、フレームの整備が専門で、補給の方にも多少顔が利くんでそっちにも口出ししたりしてます。まあ、テキトーによろしく頼みますよ」

 そういうと、テレサはまた椅子に沈み込む。

 次――とクローディアが言いきる前に、長机の群れの中央に座っていた二人組のうちの片方が手を挙げて立った。やはり見覚えのない、長い金髪を後頭部のバレッタで纏めた少女。

「はいはーい、クリスティアン・エルドレッド少尉でーす。後方支援車両の操縦とか射手とか、車乗って色々やる感じ? 的な? まあそんな風で」

「クリス、真面目に」

 キャロルのそれをさらに幼くしたような人懐っこい笑みを浮かべる少女。軍人とは思えない口調にクローディアの眉が正確に三ミリ上がったのを見、傍らの少女がクリスの袖を引いてたしなめた。

「クリスティアン・エルドレット少尉。お前には少々灸をすえる必要があるかもしれんな」

「え、ちょ、すみませんでしたっ。西方第三機甲連隊、第四独立機甲部隊所属、クリスティアン・エルドレット少尉であります!」

 氷点下まで下がりかけたクローディアの冷たい視線に、慌てて背筋を伸ばして敬礼。他の少女たちから含み笑いが起きる。キャロルの時も思ったが、アニスの知る軍人像とクリスという少女が結びつかない。

 「兵卒に対して規を見せ範を垂れるべし」というのが士官の士官たる所以ではないのか。少なくとも、アニスの知る軍人で、こんなだらけきった人間はいなかった。

 アニスの混乱を察したのか、クローディアは取りつくろうように眉を下げてこちらを見る。

「あれで、やることはやる人間だ。だから大目に見ているということはないがな。……次だ、エヴァ」

 呼ばれ、クリスの隣席の少女が立ち上がった。顔の造作や首の後ろで括った髪の色はクリスとよく似ているが、雰囲気は真逆だ。良く言えば気易い、悪く言えばだらけた雰囲気を纏うクリスに対し、エヴァと呼ばれた少女が纏うのはどこか近づきがたい無機質な冷たさ。縁なしの眼鏡の奥で、灰色の瞳がアニスを見る。

「エヴァンジェリン・エルドレット少尉です。支援車両での情報収集や司令部からの指示の伝達等を行う任務を主としています」

 家名が同じということは、二人は双子か何かなのだろう。だとすると、真逆の性格はどちらかが――おそらくはクリスが――反面教師になったものか。

 クローディアがうなづくのを見、会釈をして音もなく席に着くエヴァ。クリスの引き起こした弛緩した空気をその動作だけで打ち消している。

 入れ替わりで、最前列の端に座っていたラヴィニアが腰をあげ、アニスを見て微笑んだ。

「ラヴィニア・カークランド少尉なのです。中尉やキャロライン少尉と同じ、パイロットです。よろしくお願いいたします」

「よし、自己紹介が終わったところで、ミーティングを始める。とりあえず、エリシェも適当な席に着け。現在、西方第三機甲連隊が駐留するこの戦域の説明を行う。他の者も確認ついでに聞いておけ」

 アニスは一瞬逡巡し、ラヴィニアの斜め後ろに着席した。クローディアが端末を操作すると、アニスが何度も見たことのある地図が映し出された。全体的に見れば、中央で分かたれた広い盆地だ。地形を分けて横たわるのは険しい山だが、その間を縫うように太い線のような平地がある。

「おおよそ、地図に描かれている地域が我々の作戦行動の範囲となる。画面中央から左にかけてに、敵軍が展開していると思え。想定される数はおおよそ六個大隊……後方に他の部隊が存在し、いざとなったら投入可能な我々の方が総数では勝る。二個大隊は後方で、正面に展開するのはこちらとほぼ同数の四個大隊だ。これは後方の防御・予備戦力としての運用の都合もあるが、地元では『三本橋』と呼ばれる切りとおしのような地形に戦力をつぎ込めないということも大きい。装備、練度ともにこちらに劣るものではないうえ、大規模な部隊を展開しにくい山がちな地形であるため、現在戦線は膠着状態に近い。あえて言うのなら、戦況を動かしかねないのは――ちょうどいい、エリシェ。我々が戦力を投入するのならば、どこに送り込むべきか。すなわち敵の急所となる場所を答えてみろ」

 急に話を振られ、皆の視線がアニスに集まる。戸惑いながらも、アニスはええと、と視線を宙にさまよわせる。

 考えているのは、正解ではない。この戦域に関しては、ここに居る誰よりもアニスが詳しいのだ。だが、それを晒すべきか――否か。

 多少の講義をクローディアから受け、教本にも目を通している。『エリシェ』の知識はその程度だ。それだけで適切な判断が行えるものだろうか。

 だが、わざわざクローディアが指名してきたことから、彼女は『エリシェ』が回答できると思っているのだろう。少なくとも、答えられない『エリシェ』を笑い者にするような人間では決してない。おそらくファイレクシア軍の上層部ではどこを攻めるべきかという意見は定まっているだろうし、現場の一士官の意見が反映されるとも思わない。ここでアニスが多少の意見を出したところで、大勢に影響はないはずだ。

 ならば、とアニスは立ちあがった。並列に並ぶ『三本橋』の一番下を指し、

「この地形を突破するのであれば、画面下部のルートを突破するのが良いと――思います」

「理由は?」

「まず、地図上の三本の『橋』ですが、もっとも短い部分がそのルートです。両端は盆地の平野部に繋がっているため、そこまで、もしくはそこからならば一気に戦力を送り込むことが出来ます。それは敵も承知でしょうから、一回の攻撃で抜き切るということはできないでしょう。しかし、ゆっくりと圧力を増して敵の部隊を奥に押し込んでいけば、総戦力に勝るこちらが突破は可能です。ならば、抜く距離は短い方がよいでしょう」

 す、と息を整え、地図を見詰めた。

「さらに下方の『橋』は後方に待機する相手の予備戦力から最も遠い。一度そちらに増援を送れば、呼び戻すのが遅れます。下部を主攻としつつ、他二つのルートからも圧力をかければ増援を送る判断を妨げる――とまでは行かなくとも遅らせることは可能でしょう。他のルートを主攻としては、増援によってそこの防御が厚くなり、余計な被害を増やすだけです。机上の比較論ですが、ベターというのであれば……一番下の『橋』へと攻勢をかけるのが、正解ではないでしょうか」

 アニスの語ったことは、当然味方でも了承済みだ。一応の準備はしているものの、有効な対策が取れないからこその『急所』なのである。

 口を閉じると、おお、と小さな感嘆が漏れ、拍手が上がる。

「素晴らしいのです、エリシェさん。流水の如き回答なのです」

「三択だし――ってのは理由付けまでしてる以上、関係ないしね。ホントに今考えたの?」

 ラヴィニアが笑顔で言い、キャロルが目を丸くする。クローディアが頷いた。

「見事だ。エリシェの言った通りのことを、上層部も考えているだろう。ただ、現状はまだ本腰を入れた攻撃が行われていない」

「あれ? でもこのまえ出動命令出て、けっこーな激戦になりましたよね?」

 手を上げたのはクリス。

「あれは多分、敵の対応力を測るための攻撃で、準備万端で攻めたわけじゃないから。もちろん、可能ならそのまま『橋』を突破して橋頭保を築きたかったんだろうけど」

「いい感じに追いつめたと思ったんだけど、結局撤退したんだよねぇ」

「おかげで整備班はフル出動。私もあっちこっち走りまわらされましたし、補給の連中もてんてこ舞いだったらしいですね」

 エヴァが答え、キャロルが続き、テレサがぼやく。年が近いからか、ミーティングというよりもただの雑談だ。だが、堅苦しい会議よりもそちらの方が彼女たちには合っているのかもしれない。

「戦力で優位に立っているのに、撤退した理由は?」

 無知を装い、アニスは尋ねる。

「抵抗を無視してそのまま押し込めば突破は可能ではないのですか?」

「理由はいくつかある。まず、戦術的に、敵の初動が予想よりも早かったことが挙げられる。我々の予想よりもはるかに速く、敵の増援が到着した。さらに予想以上に『橋』を守備する敵の抵抗が激しく、被害の拡大を恐れた」

 増援は、予め待機させていた軍であることをアニスは知っている。敵の攻撃が全ての『橋』から行われた場合、本命がどこなのかを見抜くのは時間がかかるため、もっとも遠い『橋』の付近にはいざというときのための遊軍が配置されているのだ。一度の攻撃ならば、アニスの第六混成大隊と遊軍が合流すれば十分に耐えきれ、その間に敵の本命を探り増援を出すことが出来るという考えだった。

「被害の拡大――といっても、力押しで敵の防御を抜く以上、ある程度の損害は覚悟するべきなのではないでしょうか?」

「厳密にどの程度かは分からないが、上層部の予想以上に被害が出るように見えたのだろう。そしてそもそも――我々は無理に攻撃する必要がない」

『え?』

 驚きは、二人分だ。アニスはわざと目を丸くしたのだが、もう一人声を上げたクリスが、こちらは本気で驚いているように見えた。

「じゃーなんで私たちはここに居るんですか?」

「少しは自分で考えるということをしろ、クリス。我々ファイレクシア軍の戦線はここだけではない」

「スラン同盟軍相手の東部戦線を始めとして、大別して五つの戦線に戦力を投入していますね。もっとも、そのほとんどが膠着状態を維持していますが」

「ラヴィの言うとおり、それぞれは全軍を持って当たれば突破可能と言われている。それが出来ないなら、一つの戦線に主力を傾けつつ、他の戦線を膠着させることがベターだ」

「ってことは、ここはもうこのまま放っておく……ってことですか」

「そうしても良い、かもしれない程度の話だ。決着がつくならそれで構わないが、要はこの戦線が敵を押さえつけている間に他の戦線が片付けば、より確実に敵を叩くことが出来る。つまり、戦略的に、無理な攻撃を続けるより撤収を選んだというのが第二の理由だな」

 ファイレクシア全体の状況は、ある程度アニスも知っていた。もしもアニスたちが一対一でファイレクシアと戦えば、こんなに長々と戦線を維持することはできなかっただろう。全力で攻めてくることがないと分かっているからこそ、祖国の軍は未だ抵抗を続けているのだ。

 しかし、そんな戦略的な視野を、前線の士官に過ぎないクローディアですら持っているあたり、ファイレクシア軍の層の広さや練度が伺える。言われた通りに戦うのが軍人ではあるが、だからと言ってそれが何のための作戦なのかを理解しなくていいわけではない。そしてそれを理解している軍人が率いる軍隊はそうでない軍隊よりも総合的に見て非常に強いのだ。

「戦力で優位だからといって、勝てばよいというわけでもない。それだけは覚えておけ。いいな、エリシェ」

「はい。見るべきはこの戦場だけではないのですね」

「戦場を知ることは第一だ。だが、戦力だけを見ていては大局を見逃す。我々のような士官は戦術に則った勝利を目指すが、それより上は戦略を見て勝利を目指す。まあ、上が何を考えていようと与えられた任務をこなすのが軍人であることは忘れるなよ。……さて、つまりこの西方第三機甲連隊は、次の大規模攻勢の目処は無くとも、常に出動可能な体制を維持している。諸君らも前線であるという緊張感を保ってほしい。以上でミーティングを終了するが、質問は?」

 顔を回し、

「ないのなら、このまま連絡に入る。本日は第二演習場で実機訓練を行う。集合は1030に第二演習場だ。エリシェはクリス・エヴァとともに支援車両に乗って見学」

 以上、の合図で、各々が返事を投げて立ち上がる。













「エリシェ、だよね、名前。エリシェは私達と一緒に来る? 演習場の場所わかんないでしょ」

 着替えがあるのでお先に、と名残惜しそうにキャロルと退室するラヴィニア。クローディアは、テレサと名乗った技術士官と何かを話しあっている。ラヴィニアと入れ替わりに、クリスが駆け寄ってきた。

「はい。お願いします」

「よっし。――ああそう、私、さっきも言ったけど、クリスティアン・エルドレッド――長ったらしいからクリスでもいいよ。あっちのエヴァとは双子ね。よろしく」

「エリシェ・コスです。よろしくお願いします」

 のばされた手を掴むと、腕が抜けるかと思うほどに振り回される。クリスの背後から、エヴァもこちらに近づいてきて頭を下げた。

「エヴァンジェリン・エルドレッド。よろしく、エリシェさん」

 見透かすような瞳に見つめられ、アニスは委縮するように軽く頭を下げる。人形のような顔が、小さく笑った。どうやら悪印象を持たれているわけではないらしい。

「エヴァはあんまり感情とか出さないけど、いい子だから。誤解しないようにね」

「クリスが出過ぎなだけだと思うけれど?」

 それは――アニスも同感だ。

「そっかな。キャロルもこんな感じじゃない?」

「キャロラインさんも――まあ、そうかもしれないけれど。他人は他人、クリスはクリスでしょ」

「つまり、みんな違ってみんないい、と」

 だいぶ都合のいい解釈だが、少し幼げな悪意のない笑みは個人として見れば、アニスは嫌いではない。長い間アニスの周りを固めていたのは厳格な軍人が多かったから、キャロルやクリスのような少女は良くも悪くも印象的だった。

「ま、とりあえず、テキトーに行こうか」

 クリスが笑うと、口の端から小さな八重歯が覗いた。


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