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格納庫にて

クローディアとラヴィニアの話。久々の戦闘回?

 エリシェを残し、二人が向かったのは基地の端にある駐屯所だ。わざわざ田園地帯の一部を潰して更地にした場所に、何機ものフレームがビニールを被せられただけの野ざらしで並んでいる。その奥に、整備用の格納庫があり、隣には土の露出した演習場がある。

 格納庫といっても部品を運んで組み立てただけの、鉄骨で骨組みしたプレハブ造りだ。雨風がしのげるだけ屋外よりはましだが、碌な空調もなく天井には雨漏りを塞ぐための板が無造作に打ちつけてある。基地の居住区からは離れた場所にあるためか、防音もあまり考慮されておらず、耳を叩くような甲高い作業音が鳴り響いていた。

 踏み固められた土は歩きやすいが、格納庫の中は埃が漂っている。長くいたら肺が悪くなりそうだ。ツナギ姿の作業員たちはもはや慣れているのだろう、気にせずに作業を進めているが、その脇を通るクローディアとラヴィニアはなるべく口を開かないようにしながら広い格納庫で視線を巡らす。

「おう、中尉殿!」

 二人が探していた人物がこちらを見つける方が早かったようだ。かけられた声の主を探して首を振る。こっちだ、という声は頭上から聞こえた。

 膝をついても四メートルはあるフレームの、肩の高さまで上げられた作業台。そこに、こちらに向けて手を振る人影があった。逆光で顔は見えないが、声だけでそれが誰かを判断したクローディアは、作業台の元へ近寄った。

「テレサか?」

「すみません、今降りますんで」

 ゆっくりと高度を落とす作業台。徐々に、人影がはっきりとした輪郭を帯びてくる。他の作業員と同じようなツナギ姿の、クローディアより二三年上の若い女性。軽い動作で作業台から降りると、外にはねた茶色の髪と『テレサ・ヘルトホフ』という名札が、きつそうに内側から圧力をかける大きな胸の上で踊った。

「ご足労いただきすみませんね、中尉殿」

「気にするな。修理の状況は?」

「昨日からフル稼働してますけどね。申し訳ないけど、こっちばかりに人員割けないとかで、中尉殿の機体は後回しになってるのが現状です」

 申し訳なさそうに頭を振るテレサ。ラヴィニアが視線を回しながら口を開いた。

「わたくしの機体は?」

「そちらはメンテナンスだけで済んでるんで、もう外に出してあります。よかったら見てきたらどうですか? 私はちょっと中尉殿とお話があるんで」

「そうですね。では、失礼いたします」

「E-54にあると思いますんで。詳しくはそっちにいる誰かに聞いてください」

 では、と騒がしく忙しい格納庫に不似合いな優雅な一礼をして、ラヴィニアは格納庫の出口へ向かう。すぐに作業員を乗せた車が近付き、ラヴィニアを乗せた。広い駐屯所では、徒歩の移動よりも車両を使う方が多い。

「ここは騒がしくていけませんね。こちらに」

 近くで機体をいじっている作業員に何かを伝言し歩き出すテレサとともに、壁に取り付けられた落下防止の柵で囲われただけの簡素なエレベーターで格納庫の上階へあがる。格納庫からつき出るように、外付けの休憩所があった。あるのはソファと机、それに電気式のポットとティーバックくらいだ。広さもそれほどではなく、十人も入れば満杯だろう。

「一応防音ですんで。ちょうどティータイムですし、一杯いかがです?」

「いや、いい。先ほど昼食を取ったばかりだからな」

 そうですか、とカップのティーバックを垂らして湯を注ぎこむテレサ。油のにおいの染み込んだツナギを上半身だけ脱ぐと、胸を囲う黒いサポーターを付けただけの白い肌があらわになる。思わず視線をさまよわせるクローディアに、テレサは後頭部を掻いて笑った。

「ああ、すみません。ずっとあそこに居ると熱が籠るんですよ」

 再びツナギの袖に手を通そうとするテレサを、クローディアは手を出して止めた。

「いや、気にするな。楽にしていい」

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

 無遠慮にソファに背を投げ出し、まだ色の出きっていない紅茶を啜る。テレサ・ヘルトホフ少尉――厳密には、少尉相当官という現場指揮権のない階級だが――は、クローディアの部隊の専属整備兵で、一応は部下に当たるのだが、ずいぶんなくつろぎようだった。クローディアが個人間ではそこまで厳密な上下関係を強要しないというだけでなく、貴族でないクローディアに親近感――べつに疎んじられているわけではない――があるのも原因だろう。彼女は平民出身であり騎士でもないが、技術を買われて「特殊技能兵」として士官待遇を受けているのだ。

「で、まあ、とりあえず現状の説明をしますとですね」

 白湯に近い紅茶を置き、身を乗り出す。布からこぼれそうな肌色の半球が揺れ、目のやり場に困ったクローディアは眉をひそめる。テレサはくすりと笑みをこぼした。

「別に、そう深刻ってわけでもないですから、堅い顔しないでくださいよ」

「……これは生まれつきだ」

「そうでしたね。で、まあ、ガーフィールド少尉とカークランド少尉の機体は、元々が大した傷もないのでメンテナンスだけで復帰できてます。ただ、中尉の機体は少々傷が深いので――」

 先日から昨日にかけて、ファイレクシア軍は敵の一角に対して攻勢を仕掛けた。動員されたのは第三機甲連隊所属の二個大隊。対しておよそ一個大隊と想定された敵軍は、こちらの半数とは思えないほどに巧妙かつ勇敢に戦った。

 ハミルトンの指示によって、クローディア達は敵の抵抗が激しいとされた旧市街地に投入され、敵のフレーム隊との交戦に入ったが――結果は芳しいものではなかった。

 半数以上の味方が行動不能となった。キャロル・ラヴィニアの機体は放棄されたビルに装甲をかすめた程度で済んだが、クローディアの機体は敵の自爆に巻き込まれる形で半壊してしまっていた。敵の腕も相当ながら、見たことのない機体の機動力は異常というのも生易しいものだったのが印象に残っている。目撃情報の総括をした技術部は『新型だろう』ということしか分からないという。

 あれが大量に前線に投入されれば、場所によっては面倒になる。それを想定した訓練も行わなければならない。眉を立てたまま、クローディアは問うた。

「修復は難しいか?」

「大抵の損傷はパーツの切り替えだけで済むんですがね。フレームの根幹、中央部の損傷が激しいのでいっそのこと機体を変えた方が早いでしょうね」

「愛着がないわけではないが、仕方ないな。出来れば今と同じ『マイア』が好ましいが……兎にも角にも機体がなければどうしようもない。卿への忠義を示す剣なのだからな」

 クローディクスが挙げたのは、ファイレクシアにおける一般的なフレームの通称だ。フレーム開発のかなり初期から改良を続けられ、バリエーションも多い。拡張性と扱いやすさから現場での評価が高い機体だった。

「そう言うと思って、実はもう手配してあります。見に行かれます?」

「ああ」

 飲みかけの紅茶を一気に飲み干し、ツナギに袖を通してテレサが立ち上がった。軽くゆすいだカップを伏せ、格納庫の縁に沿った廊下を進む。何機もの改修中のフレームが並び、騒音と油のにおいが天井まで漂っている。延々と続く廊下を歩き、いい加減耳と鼻がおかしくなりそうだとクローディアが顔をしかめたころ、テレサがようやく立ち止まり、柵に寄り添うようにして下を指さす。

「この子です、中佐殿」

 手を伸ばせば届きそうな所に黒に近い紫で塗装されたフレームの頭頂部がある。『マイア』系列の機体の特徴である丸みを帯びた横倒しの三角錐の形状の頭部には、見覚えのない左右から延びる長い耳のようなブレードアンテナが二本。無人であることを表すように、頭部を横に回るように入れられた溝の中のカメラアイには光が入っていない。その下に見える肩を覆う装甲や背中から上下に延びる放熱板の形状もクローディアの知るものとは僅かに違っている。

「新型か?」

「マイナーチェンジですけどね。今までの『マイア』から見れば、バージョン1.2っていうところでしょうか。関節部の装甲の再設計と外付けのアンテナによる索敵能力の強化、いくつかのオプションのジョイント部の廃止――と、まあハード部分を色々細かく見直した機体ですね。後で資料渡しますから、目ぇ通しておいてください」

「改良機、か。それならまあ、いいだろう」

 現場の人間に一番大切なのは、機体の信頼性だ。たとえどれだけの新技術が使われていようが、『新型』というだけで忌避される傾向にある。生死にかかわるだけに、使い慣れた機体を選ぶのは当然ともいえる。技術が日進月歩だとしても、それが量産機までフィードバックされるのには時間がかかるのはそのためだ。敵の『新型』もそうであればいいのだが、と思いつつ、クローディアはテレサを振りかえる。。

「こいつは出せるか?」

「ほとんど非武装ですが、システムの初期構築は終わってますんで――中尉殿の操縦データだけインストールすれば一応動かせますよ」

「何分かかる?」

「パッケージもありますし、十五分もあれば」

「では、頼む」


















『どうです、中尉殿?』

「悪くはない。機体が軽くなったか?」

『全体的に、重量は5パーセントほど削減してあります。余分な肉を落としたようなものなので、防御力に変化はないと思いますが』

 演習場の土を巻き上げながら、クローディアの『マイア』が脚部ローラーで円を描くように駆けていく。演習場の端に作られた鉛筆のような細い塔から、テレサの声を乗せた電波が届く。

『稼働域とかも広がってますけど、無茶はしないでくださいね?』

「悪路でも障害物があるわけでもないのに、そこまでの無茶は出来んさ。もしくは戦闘でもしないとな」

『では、わたくしがお相手いたしましょうか?』

 通信に割って入ってくるのは、ラヴィニアの声。見れば、演習場の端に練習用のカラーリングがされた短機関銃を構えたフレームが立っている。

『わたくしでは中尉のお相手として役者不足ではありましょうが――中尉がこちらで騎乗練習をしているとお聞きして参りました』

「……というが、どうだ、テレサ?」

『いいんじゃないですか? その機体を受領するのであれば、慣れておくに越したことは無いでしょうし』

「わかった。そちらもメンテナンス明けだろうしな。ラヴィ、来い」

 クローディアの機体は両手に何も持たないまま、ラヴィニアに向き直る。困惑したような声が届いた。

『武器はいかがいたします?』

「素手で――と言いたいところだが、これがあればいい」

 右手の関節が回り、腰から引き抜くのはナイフ状のウィブロブレード。本来は超振動で金属の装甲を切り裂くための武器だが、そのまま振りおろしたところで装甲に凹みを付ける程度だ。よほど当たり所が悪くない限り機体を損壊させることもないだろう。

『わたくしは銃を使いますが……』

「別にハンデというわけではない。私は接近戦の方が得手だ。……全力で来い」

『では。参ります』

 一拍置き、ラヴィニアの機体がクローディアに向けて短機関銃を乱射しながら突進。射程距離ではないが、威嚇としては十分に効果的だ。ラヴィニアに向き合いながら――つまり後ろ向きのまま後退するクローディアは、機体を左右に振って撹乱するが、火薬式とは違い電磁式の短機関銃に反動はなく、銃身を切り詰めて射程を犠牲に取り回しを良くしているため、正確にクローディアの動きを追うような弾道で弾が抜けていく。

 ならば、とクローディアは機体を前後に半回転、さらに前傾になり加速。重心の傾きを利用し、大きくカーブを描く。

 ラヴィニアは、加速してそれを追うことはしなかった。足こそ止めないものの、細かな動きで機体を回転させ、距離を詰めようとするクローディアを牽制したのだ。

 二重の円を描くように演習場を回る二人だが、その半径は徐々に詰まってきている。必死でクローディアの動きを追うラヴィニアだが、その弾が機体を掠めることはない。後ろから追っているはずなのに、相手に追われている感覚に襲われていた。一度距離を離そうと後退するそぶりを見せるが、クローディアは対応するように的確に距離を詰めてくる。戦闘において最も大切な距離感を相手に支配されているようだった。

 クローディアが、大きく動く。『の』の字を逆に描くように、ドリフト走行を思わせる鋭い軌道でラヴィニアとの距離を一気に詰めたのだ。一瞬モニターから相手を見失ったラヴィニアは、足を止めずに反射的に後退する。その一瞬を持って、クローディアはラヴィニアの脇から直線移動での強襲を仕掛けた。

 短機関銃の銃口が向くが、無視。体制を低くした加速姿勢のまま弾丸の雨を背中に掠らせつつすり抜けて肉薄。左手で短機関銃を握る右腕を突き上げ、機体同士が近距離で向かい合う。

 互いの機体が速度を緩め始め、停止。

 ラヴィニアの機体の脇腹に、ヴィブロブレードが突きつけられていた。クローディアが止めなければ、コクピットが突き刺されている位置だった。

「勝負あり、だな」

『降参ですわ。やはり、わたくしではお相手になりませんでしたね』

 ラヴィニアが身体の力を抜いたのか、大きくため息が漏れた。クローディアは小さく唇を上げて笑う。

「まだ足りんな。悪いが、もう数度付き合ってくれるか?」

『あ――はい、よろしくお願いいたします』

















「中尉……あんなに激しくなされて……」

 パイロットスーツ姿のラヴィニアが、疲労からか頬をほんのりと赤く染めて格納庫の地面に降り立つ。実戦でのフレームの操縦は単純な体力の消耗以上に一瞬たりとも気を抜けないという精神的な消耗が大きい。上気した頬や加速度で溢れた目端の涙の跡が妙に扇情的だ。機体に近寄った作業員が遠慮がちに目を伏せて、点検の準備を始める。

「私もつい力が入ってしまったな。大丈夫か?」

 同じくパイロットスーツを纏ったクローディアが近寄ると、ラヴィニアは胸元に倒れこむように駆けこみ、上目遣いで見上げてくる。

「中尉のお役にたてるのでしたら本望なのです。けれども、少々疲れも溜まりましたし――ご一緒にシャワーを浴びに行きません?」

「そうだな。後でエリシェを浴室に連れていくと言ったが、軽く汗を流す程度なら」

 言いかけて、背後から近寄ってくるテレサに振り返る。

「と、いうわけだが」

「別にいいですよ? いつまでも汗かいたままじゃ気持ち悪いでしょうし。あぁ、軽く意見等は」

「全体的に運動性は向上したのが実感できるな。あとで資料に目を通して、所見を提出すればいいか?」

「お願いします。こっちに機体流してくれたのは技術部の顔見知りなんですけど、そっちも意見欲しがってたんで」

「了解した」

 作業員から脱いだ軍服を受け取り、車両で併設されたシャワールームまで送ってもらう。フレームの操縦で火照った身体にはゆっくりと走る車の向かい風でも心地よい。柔らかくなびく髪を抑えながらラヴィニアが言った。

「そういえば、中尉。機体の習熟というには、少々お力が入りすぎていた感がありますが」

「否定はしない。機体を失った直後だからな」

 早く新しい機体に慣れたいという焦りと、機体を中破させてしまったという己に対する失望は、クローディア自身も感じていることだった。敵のパイロットは機体を自爆させる前に脱出しているのを確認している。次に会うときには、きちんとした決着を付けたいという思いもある。

「気を張るのは結構ですけれど、焦りは禁物なのです」

「わかっている。訓練で怪我をするなどあってはならないからな」

「わたくしは中尉の足手まといとならないように頑張りたいと思います。……が、少々疲れました」

 ラヴィニアが力を抜いて肩を寄せると、薄い汗と香水の匂いが鼻をくすぐった。


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