9 瓦礫
「村の探索ですか。なるほど」
ハイラのお願いとは、村の瓦礫を調べて、物品を回収することだった。放置しておいて盗賊に漁られるのは嫌なのだとハイラは言う。
家に泊めてもらえるのだから、それくらいは手伝わなければ、俺は快諾する。
しかし、今外に出ても大丈夫なのだろうか。問題はグスグスのような魔物が村に侵入してくる可能性があるということ。そのために村の周囲には丸太の壁があるんだろうけど、それもミナーヴァのせいで一部が破損していて意味を成さなくなっている。
「レオさん、剣は使えますか?」
と問われたので、俺はすぐに首を横に振った。
運動神経にはそれなりに自信があるが、本物の剣なんて持ったこともない。
「では、私が持っていきますね」
ハイラは居間の壁に掛かっていた剣を壁から外し、自分の腰に差した。動物の皮か何か出てきたさやに入った刀身50センチほどの小振りな剣。彼女は剣術ができるのか。
「……いってらっしゃい」
と手を振るユノに見送られ、俺たちは外へ向かう。
ハイラは出入り口の扉を少し開けて顔を出し、外の様子を入念に確認してから外に出た。
瓦礫がいたるところに散乱している村を見回す。
どこから調べればいいのか、大きなため息が出そうになるのを必死で堪えた。
まずハイラが向かったのは、家から一番近くにある小高い瓦礫の山。おそらくここに何らかの建造物があったのだろうと推測できる。
ハイラはその瓦礫の山を見つめながら、何かを思案している。
「ハイラさん。この瓦礫、どうするんです?」
俺は周囲を警戒しながら、ハイラに問いかけた。
「地道に、片づけていくしかないですね。とりあえず今日のところは瓦礫は後にして、何か貴重品など使えそうな物を探して家に持ち帰りましよう」
ハイラの提案に、俺は首を縦に振った。復興までの道のりは、かなり遠いようだ。人の手だけで瓦礫を片づけるのに、どれだけかかるのだろう。
機械なんて、この世界にないよな。魔法で片づけられたりするのかな。
「ここには何があったんですか?」
「家ですよ。私の親戚の家でした……ちょっとそっち持ってもらっていいですか?」
大きな廃材を持ち上げようとしたハイラだったが、一人では持ち上がらなかったようだ。
二人がかりでなんとか廃材を退かせる。その下から出てきた薄汚れた物体をハイラが拾い上げる。
「何ですか、それ」
「干し肉です。ちょっと汚れちゃってますけど」
どう見ても泥まみれの雑巾にしか見えないのだが……食べ物だったのか。
ハイラは泥を軽く払い落とし、持っていた麻袋に泥まみれの干し肉を押し込んだ。しかし、その表情はどこか暗い。
どうしてだろうと、よくよく考えてみれば、ハイラは今亡くなった親戚の家を漁っているのだ。顔色も悪くなるよな。
俺のいた日本も災害は多かった。特に地震は、頻繁に起こっていた。
俺は今までの人生の中で、大きな災害に遭ったことはない。だから、彼女の気持ちの全てを理解することはできない。ただ、途方もなく辛いことだろうことだけは、理解ができる。
「……ハイラさんは強いですね」
心の声がポロリと、口をついて出た。
「え?」
俺の呟きが聞こえたらしく、瓦礫を物色していたハイラが不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ。なんでもありません。あ、ちょっと俺、向こうのほうを探してきます」
「あ、はい。お願いします」
できるだけ平然を装いながら、逃げるようにその場を離れた。
ハイラから少し離れた場所で、俺はポケットからベイルを取り出した。
「……おい。ベイル、ちょっと話したいことがある」
小声で問いかける。
『へい。なんでしょう』
すぐに手のひらに乗った丸石から声が返ってきた。
「今日はここに泊めてもらえることになった。でも、長い間世話になるわけにもいかないから、明日にでもここを出ようと思う」
俺は考えていたことをベイルに伝えた。
しかし、野外で夜を越えるのは怖いよな。理想としては早朝にこの村を出て、暗くなる前に村へたどり着きたいところだが、ハイラがいうには王都まで歩いて一週間かかる。移動手段があればいいけど、ここには何もない。
『明日ですか? ずいぶんと早いですな。隣のカルフェまでは歩いて一日かかると聞きましたが、大丈夫ですかい?』
俺はベイルに問う。
「……この村を出るのは危険だと思うか?」
『言うまでもなく、危険ですな。グスグスが出ますし。何より夜は魔物の活動が活性化しますから。野宿なんてことになったら、もっと危険ですな』
それはそうだけど、一番近くて俺の足でも行けそうなところが東のオルフェ村であることは間違いない。
「おまえの魔法で何とかならないのか?」
そう俺が提案してみると、ベイルは慌てたように言う。
『いやいや、無茶ですぜ、ボス。僕が使えるスキルは三つしかありませんですし。MPが尽きるとワシは何もできませんので』
そうか。MPというのは厄介だな。ベイルの魔法がなければ俺は無力になってしまう。グスグスや盗賊と戦闘になった場合、自分の身を守る方法を考える必要がありそうだ。
「……そうだよな。何か考えないとな」
戦える方法か。
平和ボケしている日本人には似合わない言葉だな。
『あー……ボス。ちなみに忠告しておきますが、この村と同様に、カルフェ村もミナーヴァにやられてる可能性もありますぜ?』
「ん? どういうこと?」
意味の分からない俺に、ベイルは淡々と説明する。
『ミナーヴァは過去に人々の村も襲っていますんで。そのときはかなりの広範囲の村がやられたと聞きます。ここから東にあるカルフェも瓦礫の山かもしれないってことですな』
「カルフェ村も? じゃあ王都は?」
『さあ、どうでしょうな』
つまり、たとえ何日もかけて歩いて行ったとしても、その村がここと同じような状況にある可能性が高いということか。
「そんな……だったら、俺はどうすれば?」
『ここで生活するしかありませんな』
ははは……いや、ありえないから。無理だから。
「無理だろ」
『ですが、ボス。あの美しい女性はこの村で暮らしていくようですぜ』
ベイルが向こうの瓦礫に登るハイラを示す。
細い体で瓦礫を登っていく、たくましいハイラの姿を見ていると、考えていることが情けなく思えてくる。
「……ま、考えても仕方ないか」
俺は無駄な思考を放棄して、瓦礫の山に向かい合う。
この村には木造建築の家が多いようで、瓦礫の大半は木材だった。
木を退かしている途中で、壊れたチェストのような箱から、銀のコインが一枚出てきた。細工が細かいから、おそらくお金だろう。一応ポケットに押し込む。もう一つ、チェストの中に小さな緑色の石を見つけた。これも貰っておこう。
さらに探索を続けていると、瓦礫に剣が突き刺さっていた。勇者の剣みたいだ。刀身が泥で汚れてしまっているが、刃こぼれはしていない。
剣か……使えないけど、素手よりはマシだな。
そんなことを思いながら剣を手に取ったとき、
「……レオさんッ!」
とハイラの甲高い声が耳に飛びこんできた。