13 ロリスと地下
坑道を出ると、夜の帳が下りていた。
当然だがこの世界には街灯なんてものはない。ほんのりと空から差す月明かりと、手に持ったランプだけが唯一の光源だ。
山道を下りる途中。後ろを歩いていたローレルが力のない声で呟く。
「お腹減った……」
さっきから言葉数が少ないなと思っていたが、腹が減っていたらしい。
「……食うか?」
袋からハイラが用意してくれた乾パンを取り出し、お腹を押さえてローレルへ渡す。
「いいの?」
表情がぱっと明るくなる。
「少ししかないけどな」
二人なら一食分しかない量だ。今日の夜はしのげるはずだ。
「やっぱり優しいね、お兄さん」
「だろ? 感謝しろよ」
胸を盛大に張って言ってみた。少し恥ずかしい。
「……うんっ」
ローレルは満面の笑みを浮かべながら、保存のために水分を飛ばした硬い乾パンを少しずつかじる。食べ方がリスみたいだ。
「……そういえば、さっきのあれって何だったの?」
思い出したようにローレルが問いかけてくる。
「さっきのあれ?」
「ほら、水たまりに吸い込まれたとき、何かあったんでしょ?」
「あー……あれか。正直、俺にもよくわからんが、新しい精霊と契約できた」
「えっ、ほんと? 見せて!」
オモチャを欲しがる子供のように目を輝かせる。
今は疲れているから後にしてほしかったんだが。仕方ないな。
「……わかった」
俺は歩みを止めて、ロリスを召喚する。
腕輪から飛び出てきた空色淡い光が、ふわふわと宙をまいながら近くの岩場に降り立つ。光が消え、そこに現れたのは、空色の髪をたずさえた美しい女性だった。
モデルかと思うほどのスマートな体を包んでいるのは、水を薄く伸ばしたような瑠璃色のドレス。病的なほど純白な肌と血のように赤い唇。大きな瞳も、腰まで垂れている長い髪も青くて、触れたら消えてしまいそうなほどの透明感がある。背は高く、俺と同じ170センチ前後といったところだ。
なんだろう……思ってた感じと違う。
ロリスはゆっくりと岩場から降り立ち、丁寧な動作で頭を垂れる。
『こうしてお会いするのは初めてですね、主様。改めまして、これからよろしくお願いします』
艶のある声と腰を折る仕草は、まさに貴婦人を思わせる美しさがあった。
「あ、ああ、そうだな……よろしく」
あまりにも丁寧な挨拶に、俺は苦笑いする。
「綺麗な人……」
ローレルは、ロリスの美しさに見惚れている。
まあ、わからないでもない。顔も小さいし、スタイルも抜群と言える。艶やかなハイラとは違う、異色な美しさがある。
『ここが外の世界なのですね……』
ロリスは興味深そうに山の中を見回す。
「外の世界を知らないのか?」
『はい。ずっと蛇の中に閉じ込められていたので、外の世界に出ることができなかったのです』
あの大蛇、初めは小さな白い蛇だったのだが、精霊ロリスを飲み込んだことによって力を得たために、あそこまで大きくなったのだとロリスは言った。
それを聞いたローレルは眉を八の字にして同情する。
「そっか……災難だったね」
『いいえ、災難なんかじゃありませんよ』
「そうなの?」
『はい。おかげで主様に出会えましたから……』
そう言いながら、ロリスは俺の手を取り、きゅっと強く握った。水のようにひんやりと冷たい手だ。さらに青い瞳が熱のこもった視線を送ってくる。頭がクラクラして、心臓が早鐘を打っている。
別に恋をしているではないと思う。しいて言うならば、熱に浮かされる感覚に似ている。
動揺を隠すため、俺はサッと手を引いてロリスに背中を向ける。
「さ、さて、話は終わりにしよう。まだ寝る場所も決まってないんだからな」
そう、そうだ。今は寝床を確保しなければ。今の時刻は夜、しかも鬱蒼とした森の中である。いつ魔物が襲ってきてもおかしくない状況。留まるのは危険だ。
「寝る場所ならあるよ」
手を挙げたのはローレルだ。寝床に心当たりがあるとのこと。
俺はその言葉を信じることにして、ローレルに案内を頼む。
「そうか。ならそこに……あれ?」
突然周囲が暗くなったことに驚き下を向くと、持っていたランプの明かりが消えていることに気付いた。
……燃料切れだ。
こんな森の中で明かりを失うなんて、運が悪いにもほどがある。
あ、そうだ。そういえば、長髪の男が残していた荷物があるじゃないか。
何か燃料の代わりがあるかもしれないと袋の中を漁ってみるが、中に入っているのは毛の抜け落ちた薄い毛布と水筒だと思われる木の筒。それと刃渡り十センチほどのナイフだけだ。食料すらない。あとは長髪の男が持っていた剣だけか。
全く役に立たないな。
『消えてしまいましたね……』
「歩くしかないな。ロリス、暗闇の中でも目は見えるか?」
『もちろんです、主様』
柔らかな声とは対照的に、頼もしい返事が返ってくる。
「よし。じゃあ着くまで周囲の警戒を頼む」
いつ魔物が襲ってきてもいいように殿を夜目の効くロリスに頼み、先頭はローレルが行くことになる。
「ほら、お兄さん」
先を行くローレルが小さな手をこちらに伸ばす。手を握れ、ということか。
ローレルの柔らかな手に引っ張られて、夜の山道を歩く。
今更なのだが、年下の少女に手を引かれて歩くというのは、ちょっと気恥ずかしい。
少し肌寒い風に頬を撫でられながら、足場の悪い道を下っていく
警戒をしていたのだが、何の問題もなくカルフェ村まで戻ってきた。遮る木々がないせいか、月の仄かな光が足元を照らしていて明るい。
外壁の隙間を通って、瓦礫の散乱する村の中へ。
「どこまで行くつもりだ?」
村にある建築物は全て破壊されていて、使えそうな家屋は残っていない。こんな場所でどうやって寝ろというのか。
「このあたりのはずなんだけど……」
ローレルは周囲を見回し、両手で距離を測るような仕草を見せる。それから、足元の瓦礫を退かし始めた。
瓦礫の下に何かあるらしい。
「手伝おうか?」
「うん。できれば」
協力して倒れた柱を何本か退かしていくと、現れたのはレンガ造りの四角い人工物。煙突の先端が地面から斜めに突き出したような感じ。だが、その四角い煙突には木製の扉がついていた。
ローレルが扉を開けると、真っ暗な穴が現れた。その奥は暗くて見えない。
『地下室ですね……』
後ろから覗き込んでいたロリスが柔らかな声で述べる。
なるほど、地下室か。
魔物に襲われる心配はないけど……また暗い場所なんだよな。さっき洞窟を抜けだしたばかりだというのに。
「マジか……」
肩を落とす俺に、ローレルは明るく告げる。
「ちょっと待ってて、中に食べ物があるはずだから、取ってくるね」
軽い足取りで扉の奥へと進んでいく。
地下室はワインなどの保管場所として最適だと聞いたことがある。
残念なことに、湿気の多い日本では地下室を見ることはない。そういえば、ここは湿気も少なくて乾いた空気だ。
横倒しになっていた柱を椅子の代わりにして腰を下ろし、空を見上げながら待っていると、ローレルが両手に食料を抱えて戻ってきた。
「こんなに?」
主に乾物や酒ばかりだが、二人で腹いっぱい食える量だ。
「放っておいても腐るだけだから、食べようよ」
隣に座り、あっけらかんと笑うローレル。
彼女の笑顔を見ていると、無駄に考えている自分が馬鹿らしくなるのはなぜだろう。
「……そうだな」
月明かりの下、俺たちは食事を始める。
いつもより遅めの夕食は、いつもと違う景色も相まって、いつもより美味しく感じられた。




