12 水たまり
坑道を出る準備を始める。
剣と食料は腰に装着。ついでに長髪の男が持っていた所持品もいただいておく。ここを出てから確認してみよう。
ローレルは宝石のついたブローチを大事そうに服のポケットへと仕舞い、それから思い出したように口を開いた。
「あ、ねぇねぇ、その前にちょっと聞いていい? さっきのあれ、何だったの? 途中で、誰かと喋ってたよね?」
戦闘中から、ベイルの存在がずっと気になっていたらしい。
早い口調でまくし立ててくるローレルに対して、俺は説明をしてやるために口を開きかけたが、直前で思い留まる。
待て。今まで、俺はあまりにも簡単に精霊のことを話してきた。だが、それはとても危険なことなんじゃないだろうか。
さっきの長髪の男とのやりとりを思い出す。精霊のことは知らなかったみたいだが、腕輪に吸い込まれる光を見たというだけで、あいつは腕輪を欲していた。きっと、自称神様が作ったこの腕輪は、魔物がいるこの世界にすら存在していない貴重なものなのだ。
腕輪のことを教えたら、ローレルはどんな反応をするだろう。
俺から腕輪を奪うだろうか。あの男と同じように、俺に剣を向けるだろうか。俺を殺すだろうか。
ローレルは目を輝かせながら、こちらを見上げている。子供のような好奇心にあふれた純粋な目を見ていると、何だか馬鹿らしくなってきた。
……いや、ありえないな。
考えれば考えるほど、馬鹿らしくなってきた。隠したところで何が変わる。すでに見られているのだ。
俺は話すことにした。
「さっき喋ってたのは、俺の精霊だ。魔法を使っていたのも俺の精霊」
「じゃあ、お兄さんは精霊使い?」
「……まあ、そんなところだな」
あながち間違ってはいないだろう。
「精霊かぁ……話には聞いたことあるけど、見たことないなぁ」
精霊は人にあまり姿を見せたがらないようで、精霊というものを目にする機会は少ないのだという。
「見たいか?」
俺がそう問いかけると、ローレルは首が取れんばかりの勢いで、何度も首を縦に振った。
話してやった限りは、見せてやるのが道理。俺はベイルを召喚する。腕輪から光が飛び出し、それが卵形の石へと変化する。
「これが……精霊?」
想像と違っていたのか、首を傾げている。
まあ、見た目はただの石だからな。
ベイルはローレルの前でくるりと宙を舞った後、感嘆の声を上げる。
『いやはや、これはまた、可愛らしいお嬢さんですな』
「あたしローレル。あなたは?」
『へい。ベイルと申します』
「口もないのに、どっから喋ってるの……」
ローレルはベイルを手に抱き、興味津々といった様子で眺めている。
『しかし、ボスも隅に置けませんね。いつもこんな美しい女性を連れて』
「そんなことないだろ」
と言いつつも、頭に浮かぶのはハイラの微笑み。いや、まあ、確かにハイラは美人だけどさ。
「……お兄さんって、女たらしなの?」
ローレルが冷たい視線を送ってくる。
余計なことを言うから、変な勘違いをされてしまっているじゃないか。
「違うよ、ローレル」
真顔で否定してやった。
そんなはずはない。そんなつもりもない。
ローレルの冷たい視線から逃げるようにベイルを腕輪に戻したとき、右足に違和感を覚える。何かが張り付いたような感覚。
視線を下に落として見れば、右の足首に水の縄のようなものが巻きついている。縄の先を目で追っていくと、背後にある水たまりに繋がっていた。
大蛇が溶けてなくなった際にできた水たまりだった。
……なんだろう、嫌な予感がする。
気持ちが悪いので、手で払い落そうと前かがみになった瞬間、右足が後ろに引っ張られた。
「……ぐへっ」
足をすくわれ前に倒れる。その拍子に、顎と胸をしこたま打ち付けた。
足に絡まる縄がとんでもない力で俺の体を引きずりこもうとする。
痛みを堪えながら近くの岩に手を伸ばすが、縄の引っ張る力が強く、すぐに手が外れてしまう。
「ちょっ、お兄さん!」
異変を感じ取ったローレルが伸ばした手は空を切り、届かない。
気が付くと、俺の体は水たまりに沈んでいた。
頭まで水に浸かり、上を見上げれば、どんどん水面が遠くなっていく。
水たまりがこんなに深いはずはない。魔法か。
深く落ちていく。
息が苦しい。まだ死にたくない。酸素不足になった脳が警鐘を鳴らし、耐えきれなくなって、息を吸い込んだ。だが、ここは水の中。口の中には水が流れ込んでくる……と思ったが、肺に入ってきたのは空気だった。
息が……できる?
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ」
大きく何度も吸うと、だんだん頭がクリアになってきた。
おかしい。水の中なのに、どうして息ができるんだ。目を開けても痛くない。いつの間にか、足に巻きついていた水の縄もなくなっている。
暗い闇に包まれていた。上を見れば、遠くに水面が見える。
『やっと出会えた……』
脳に直接語りかけてくるような声が聞こえた。
誰だ、どこにいる。
首を振って視線を飛ばすが、辺りには暗闇しかない。
『私と契約を……』
また同じ声。耳元で囁いているような気もするし、遠くから叫んでいるようにも聞こえる。脳内で反響しているような感じだ。
『主様……』
どこからともなく現れた空色の光の玉が、俺の前を通過した。光はぐるぐると円を描き、やがて目前で停止。
その淡い光は、どこかベイルの放つ光に似ている。
また、どこからともなく声が聞こえる。
『外の世界を見てみたいの……』
外の世界?
『そう。主様と一緒に……』
どうして俺と? 世界が見たいのなら、一人で行けばいい。
『ずっと一人だったから……』
寂しいのか?
『一人は、とても寂しい……』
一人の寂しさは知ってる。
誰だって、孤独を感じることはある。孤独は毒だ。だんだんと体を蝕んでいく恐ろしい毒。俺はそれをよく知っている。
いいだろう。俺でよければ、力になる。
『ありがとう……』
空色の光はふわふわと宙を舞ってから、俺の腕輪に吸い込まれた。足枷がなくなったかのように、俺の体はゆっくりと浮遊していく。
やがて水面に手が届く。
岩に手をかけて、一気に水たまりから顔を出した。
「……ぷはっ」
水面から顔を出すと、そこは坑道だった。水たまりから飛び出し、地面に仰向けで倒れこむ。隣にチラリと視線を向けると、ローレルは地面に座り込み、ぽかんとした表情を浮かべていた。
ローレルの顔を見て安心する。
どうやら戻ってこれたらしい。死ぬかと思ったが、何とか生きてた。だが、やけに体が重いな。
「な、何がどうなってんの?」
困惑するローレル。
「悪い。ちょっと静かにしてくれないか」
女性特有の甲高い声が耳に痛い。理由はわからないが、とても疲れているんだ。
仰向けに寝転がりながら、腕輪のステータスを確認する。
案の定、ベイルとは別に、精霊のステータスが追加されていた。
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ステータス
名前:ロリス クラス:ウィンディーネ
レベル:1 フェアリーランク:C
MP:27/27 知性:49
魔法:『水の縄』『微かな癒し』
特性:『類稀なる知性』
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魔法を見ると、水に関係する精霊のようだった。水たまりに俺を引きずりこんだのは、この水の縄とかいう魔法であると推測できる。
「大丈夫?」
ローレルの心配そうな顔が上から覗き込んでくる。
「ああ、心配かけたな。別に異常はない」
「そうなんだ。よかった……水の中に吸い込まれてから戻ってこないから、どうしようかと思ったよ」
そう言ってローレルは地面にへたり込む。
体はまだ重いが、これ以上心配をかけるわけにはいかない。俺は起き上がり、地面にへたりこんでいるローレルに手を差し出す。
「とりあえず、ここを出ようか」
遠足は、帰るまでが遠足。今はまだ、歩みを止めるわけにはいかない。




