10 圧倒
突然現れた仮面の子供に、その場にいる三人の視線が釘付けになる。
どこか奇怪な雰囲気を纏う仮面をかぶった人物。150センチほどの身長に、線の細い体。決して強そうには見えない。黒髪のショートヘア、胸には微かな膨らみが服の上からでもわかる。
「……女の子?」
確信は持てないが、おそらく女性だろう。
長髪の男が叫ぶ。
「おい、そこの仮面の女! 僕の部下に何をした?」
少女は微動だにしない。
目と口の部分に三日月の穴が開いている仮面は、どこか微笑んでいるようにも見える。膝上丈の短パンから延びる長い脚は動く気配を見せず、敵の出方を伺っているかのようだ。
「……俺がやる」
体格のいい男が剣を抜き、仮面をつけた小さな少女に近づいていく。
徐々に近づく二人の距離。
五メートルほどの距離まで近づいたとき、仮面の少女が動いた。地面を蹴り、短刀を振り上げて飛びかかる。
振り下ろされる短刀に合わせて、男は力任せに剣を振り上げる。小さな短刀と剣が交差男の剣から伝わってくる力を受け流すように、少女は空中で身をよじりって回転し、同時に男の腕を切りつける。
「ぐっ……」
男の口から声が漏れ、血が滴る。
刹那ともいえるほどの攻防。瞬きをすれば見落としてしまいそうなほどの速さに、俺は目を見開くしかなかった。
こいつら、本当に人間か。あの女の子も化け物みたいな速さをしているが、男の剣を振る速度も目に見えないほど速い。
重力を無視するかのように、ふわりとした動作で地面へと降り立った仮面の少女。凛とした佇まいで男と真正面で対峙する。
少女は無傷で、息一つ上がっていない。
対して、男の方は腕を切られたこともあって、かなり表情は険しい。
「うへぇ。やばいな……あの女、かなり強そうだ」
二人を見ていた長髪の男が焦ったように言う。そして、なぜか周囲を見回し始めた。
「……おい、あんたは行かなくていいのか? 仲間がやられてるぞ」
どう見てもあの子の方が強そうだ。俺としては、長髪の男も参戦してもらって、同士討ちというのが嬉しいシナリオなのだが。
「あいつは戦うのが好きなのさ。僕はあいつほど強くないからねぇ……おっ、なんか飛んできた」
剣を打ち合わせる二人のほうから、何かが飛来してきた。俺の目の前に落ちる。それは緑色の大きな宝石が埋め込まれた綺麗なブローチのような装飾品だった。あの宝石は……確か、俺がミエイで瓦礫の中から拾った宝石によく似ている。
長髪の男はブローチを手に取り、嬉しそうに目を輝かせる。
「お、今日は運がいいな……あははは」
そう言いながら長髪の男は服の中にブローチを押し込み、周囲の荷物を手早くまとめる。
「ちょっと待てよ。それ持っていくなら、俺の袋と剣は返せ」
「……さっきも言ったけど、今のキミに従う理由はないよ、世間知らずのお坊ちゃん」
やはり、と言うべきか俺の言葉は聞き入れられず、長髪の男は荷物を手にそそくさと外壁の隙間を潜って村の外へと姿を消した。
追いかけたくても動けないじゃないか。縄くらい解いて行けよ……くそっ。
一方、二人の戦いは終結を迎えていた。少女は素早さを生かした戦い方で、じわりじわりと男を追い詰めていく。男の大ぶりな攻撃は避けられ、同時に腕を切りつけられる。腕を何度も切りつけられ、明らかに男の剣速が遅くなった。
「こ、こいつ……」
悔しそうに、男が吐き捨てる声が聞こえた。
自分よりも一回りも二回りも大きい敵に臆することなく、むしろ凛然としている。まさに戦闘巧者とも言える仮面の少女の美しい戦い方に、俺は自然と目を奪われていた。
ひらりひらりと舞い、相手の隙を見逃さずに短刀を突き立てる。
力を振り絞り、男は剣を横に振り払うが、仮面の女は上体を後ろに逸らして避ける。風に舞う木の葉のようだ。
剣をいくら振っても、少女には届かない。掠る気配もない。
血を流しすぎた男は気を失い、糸が切れたようにどさりと地面へと突っ伏した。
仮面の少女は倒れた男の服で短刀の血を丁寧に拭ってから、手早く腰のさやに収める。
いつも通りの業務をこなすかのような手慣れた手つきを見て、俺はこの女がどれだけやばい人間か再確認することとなった。
だが、それと同時に、さきほどの美麗とも言える戦いを見ていると、恐れを抱くというよりも、神聖な生物を見ているような気にさせられる。
後始末を終えた少女は、こちらに身を向けた。
俺はただただ地面に横たわりながら見つめることしかできない。
近づいてきた少女を見て、服がとても賑やかだと思った。動物の牙がついたネックレスや、装飾品などが輝いている。
少女はゆったりとした動作で、俺の手足に巻かれている縄を短刀で切った。何をするつもりだろう、と身構えていた俺だったが、それは杞憂に終わった。
「大丈夫?」
可愛い声と同時に、目の前に手が差し伸べられる。女性らしい美しい手だった。これが短刀を振り回していた手だったっけ、と疑いたくなるくらい綺麗だ。
敵対心がないことを知った俺は迷わず差し延ばされた手を取った。
「ああ……ありがとう」
近くで見ても、仮面の少女はとても小さかった。俺よりも二十センチくらい小さいのではないだろうか。ちょうど、俺の胸部のあたりに少女の頭頂部がある。
「お兄さん、旅人でしょ?」
そう言いながら、少女は手で仮面を外す。
そして、仮面の奥の素顔があらわになった。
健康的な小麦色の肌に青空色の瞳。ちょこんとした鼻は日本人に似ていて可愛らしい。ピンク色の小ぶりな唇が印象的だ。年齢は俺よりちょっと年下くらい。
美人、というよりは可愛いという言葉が似合うような女の子だ。
見つめる俺の視線に気付いたのか、明るく微笑む。少女の予想外な笑顔に、少し虚を突かれた俺は苦笑いを返す。
こんな華奢な体のどこにあんな力があるのか、不思議でならない。
「……キミ、何者?」
心の中で思った疑問が口をついて出た。
「そう言うお兄さんこそ何者なの? この辺りでは見ない顔だけど……どっからきたの?」
頭からつま先まで俺の姿を確認した少女は、かなり怪しんでいるようだった。
ハイラと出会った時もそうだったけど、俺ってそんなに怪しく見えるのかな。
この国の人間と比べて、明らかに顔のつくりが少し違うという理由もあるだろう。ハイラやオズワルドは欧州の人のような顔立ちをしているのに対して、俺はどこにでもいる純日本人的な顔だ。
怪しまれていることを払拭するために、俺は前にハイラが言っていた言葉を利用することにして手短に身の上を話す。
「もともと東の大陸の出身で最近この国に来たから、このあたりで見ない顔なのは当然だな。ここに来たのはミエイで頼みごとをされたからだ。名前はレオ。キミはこの村の人?」
そう問いかけてみると、少女はこくりと頷く。
「そう。あたしはローレル。生まれてからずっと、ここに住んでる」
ローレルか……オズワルドの娘は、確かジュリアという名前だったはずだ。
「他に生き残りは?」
続けて質問を投げかける。途端にローレルと名乗る少女から、笑顔が消えた。嫌なことを思い出したように、顔が青ざめる。
「……ううん。多分あたしだけ」
悲しそうに見えるのは、きっと間違いじゃない。あのときのハイラと同じだ。きっと彼女も誰かの死を目撃したのだろう。
「あ、悪い……。無神経なこと聞いたな」
辛いことを思い出させて申し訳ない。
ローレルは謝る俺に対して、あきれたように言う。
「……お兄さん、優しいんだね。優しい人は好きだよ」
僅かだが、ローレルに笑みが戻ったことに安堵した。
だが、他に生存者がいないとなると……オズワルドの娘は生きていないということになる。はたして、それをオズワルドに伝えられるだろうか。娘を思う強い気持ちを目の当たりにしている俺としては、心が痛い。
もう少し早く来ていれば、何かできただろうか。
そんなことを考えていると、ローレルが何かに気づいて周囲を見回し始めた。
「あれっ……ない。あれれ、ポケットに入れてたはずなのにぃ……」
犬のように地面を這いずり回る。よっぽど大切なものなのか、半べそをかいている。
「どうした? 何がないんだ?」
「あたしのブローチ……お兄さんも一緒に探して」
瞳をうるると潤ませて、子犬の様な顔で懇願するローレル。
ブローチと聞いて、俺はふと思いを巡らせる。
「……ブローチって、緑色の宝石がついたあれか?」
「そう……って、何で知ってるの?」
「さっき見たからな。山賊が拾って行ったけど」
「い、行ったってどこに!?」
悲壮な顔を近づけてくるローレルに、長髪の男が逃げて行った先を指し示す。すると、ローレルは弾かれたように走り出した。
「えっ、ちょ、ちょっと待て! 俺も行く!」
肉食動物が狩りを行うときのように、腰を折って飛び出していくローレル。その小さな後姿を急いで追う。
俺にも、取り戻したいものがあるのだ。




