9 目を覚ます
ここはどこだ。
ぼんやりと見える景色。夢の中の様な感覚。
遠くで男の声が聞こえる。
「……こいつどうします?」
「連れて行くしかないねぇ。奴隷として売れば金になるだろうし」
奴隷? いったい何の話をしてるんだ。
徐々に意識が覚醒していく。
そうだ。俺は気を失っていたのか。確か、首を絞められて……。
そこまで思考が巡り、俺はようやく事態を思い出し、はっきりと意識を覚醒させる。
俺は地面にうつ伏せになって倒れていた。立ち上がろうとしてみると、手足が背中で縛られていることに気付く。
状況を確認するために、首を動かして周囲を見回す。見渡す限り瓦礫。
ここはまだカルフェだよな。
空はまだ夕暮れ。気絶してから、それほど時間は経っていないと推測される。俺の周りには、薄汚れた服を着た男が五人。
さっきの会話をしていた二人と思われる男は、俺の目の前にいた。
一人は見覚えがある。肩まである長い茶髪に釣り上がった目。気絶する直前に俺が発見した男だ。
もう一人は体格のいい筋肉質の男。こちらは地面から見上げているので正確な数字はわからないが、190センチくらいありそうだ。腕が太くて、見るからに強そう。
どちらの男も腰に剣を差して、顔の頬に同じ赤い紋様を書いている。
「……お、生きてた」
長髪の男が俺の視線を感じ取ったのか、こちらを向いた。
長髪の男は人のことを小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべ、軽い足取りで近寄ってくる。意地の悪そうな顔が目の前に迫ってきた。
俺は怒りにまかせて口を開く。
「……首を絞めたのはあんたらか。死んだらどうしてくれる」
この状況でそんな言葉が自分の口から出たことに驚く。小心者の俺がこんなことを言うなんて。でも、ほんとに死ぬかと思ったんだ。頸動脈を圧迫されて失神すると、血が止まって死んでしまう可能性もあると聞いたことがあるし。
長髪の男は感心したように息を吐く。
「へぇ、言うねぇ……キミ、今の状況わかってる?」
周りを見てみなよ、とでも言いたげに長髪の男が両手を広げた。
「村の人間じゃないな」
「もちろん。僕たちの格好見ればわかるだろ?」
格好……率直な感想は、汚い。肩に巻かれた獣の毛皮は泥まみれで、服の生地は全体的に薄汚れてボロボロ。腰に差した剣のさやは使い古されて色が落ちている。
こんな格好をするのはどんなやつだろう、と思考を巡らせ、俺はすぐに答えを導き出した。
「……盗賊か?」
「違う。山賊だ」
それまで口を噤んでいた屈強そうな男が突然声を発し、俺の言葉を訂正した。
「ま、そういうわけだから。キミのやつも貰っていくよ」
そう言いながら、長髪の男が手で示した物。それは俺がずっと腰に下げていた麻袋と剣。
「……あ、おい! そ、それは駄目だ」
くそっ。あれにはハイラが用意してくれたなけなしの食料が入っている。失うわけにはいかない。
しかし、手を縛られているので、奪うこともできない。体をよじるだけだ。
腕に巻きつけられているものを力で引きちぎろうとするが、なかなか切れない。両腕は背中で拘束されている。太いロープのようなものなら、ちぎれるわけがないか。
必死になる俺の姿を、長髪の男は不思議そうに見下ろす。
「ん? これがそんなに大切なものなのかい?」
「……剣はやるから。だからその食料は返せ」
「食い意地が張ってるみたいだねぇ」
あははは、と長髪の男は細い目をさらに細めて笑う。
「それは大事なものなんだ。だから、返してくれ」
「いやいや、返すわけないでしょ。キミ、常識ないね。あ、もしかして、どっかのお坊ちゃん? そういえば、高そうな服着てるねぇ……」
品定めするように俺の全身を舐めるように見回す。
おいおい、服を剥ぎ取るつもりじゃないだろうな。
「……この服は高くない」
こんな場所で全裸にされたりしたら恥ずかしすぎる。服を奪うのだけは勘弁してほしい。
俺の願いが通じたのか、長髪の男はつまらなそうに唇を尖らせる。
「ふーん、残念。じゃあ……その腕輪は?」
「これは……ただの腕輪だ」
「嘘だね」
こちらをじーっと見据える男の瞳の奥が、ぎらりと鈍く光って見えた。
何だ、こいつ。気持ち悪い眼をしてる。
俺はできるだけ平然を装う。
「……嘘じゃない」
「いいや、キミは嘘を吐いている」
キッパリと、まるで確信を持っているかのように、長髪の男は俺の言葉を嘘だと断言した。そして男はさらに言葉を続ける。
「キミは純粋だなぁ。もっと嘘を吐くことになれないと、すぐに僕みたいな奴に騙されちゃうよ?」
そう言いながら長髪の男が、俺の腕に手を伸ばしてきた。
「何す……いたたたっ!」
腕が曲がらない方向に無理やり引っ張られ、肩が悲鳴を上げる。腕輪を奪おうとしているようだった。
長髪の男はぐいぐいと腕を引っ張った後、諦めて手を離す。
「……やっぱり取れないなぁ。何かの魔法が掛かっているみたいだね。さっきの光も魔法に関係しているのかな?」
不思議そうに首を傾げる。
「……光?」
肩の痛みを堪えながら聞き返すと、長髪の男は頷いて見せる。
「実は、さっき見ちゃったんだよ。キミの腕輪に丸い光が吸い込まれていくところ」
丸い光? ああ、なるほど。ベイルが腕輪に戻るときを見られていたようだ。
さっきのやりとり、まるでこちらの心が読まれているような気がしたが、この腕輪がただの腕輪じゃないってことを知っていたからだったのか。
「いっそのこと腕を切り落としたらどうだ?」
痺れを切らした体格のいい男が、後ろから妙な助言をしやがった。
「あ、いいね! そうしよう!」
名案だとばかりに、長髪の男が同意する。
いやいやいや。腕を切るとか、どんな理屈だよ!
「ちょ、ちょっと待て!」
俺の制止を無視して、長髪の男は剣を抜いた。心底楽しそうに、口元を歪ませて俺を見下ろす。
「あははは……待つわけないでしょ? さて、始めようか」
こ、こいつ……本気でやるつもりか。嘘だろ、ありえない。腕輪がほしいから腕を切り落とす? 頭のネジがぶっ飛んでやがる!
この男を、どうにかして止める方法はないか。どうすればいい。何をすれば止められる。ベイルを出すか? いや、待て、出したところでベイルに殺傷能力はない。せいぜい相手の足止めくらいだ。何もならない。MPが尽きて終わりだ。
脳を高速回転させ、この異常な状況から逃れる方法を探り出すが、恐怖と緊張が何も思いつかない。
「わ、わかった。い、一旦、話し合おう」
手足を動かせない俺は、言葉で時間を稼ぐしかない。
すると、長髪の男は肩を落とし、頭を抱える。
「はぁ……あのさ、さっきから何様のつもりだよ、キミ。さっきも言ったよね?」
「えっ?」
俺が間抜けな声を出した瞬間、真上から剣が落ちてきた。
剣は鼻先をかすめ、剣は地面に突き刺さる。
あ、あぶねぇ……。あと数センチ近かったら、鼻がなくなっていた。
嫌な冷や汗が背中をつたう。
死が、すぐそこで手招きしているように思えた。
長髪の男は、さきほどまでの笑顔とは打って変わって、表情を変える。目が充血し、眉尻が上がる。鬼と見まごうほどの鬼面で、詰め寄ってくる。
「この状況わかってんのかって話だろッ! 今自分が立たされてる状況が分かってねぇみてぇだから言っとくけどな……てめぇの命を握ってるのは、この僕なんだよッ! いいか? 死にたくなかったら、その口閉じてろッ!」
唐突に、沸点へと達した怒りを籠め、長髪の男は狂気をぶつけてきた。
怒り狂う、とはまさにこのことか。口調も、顔も、性格さえ変わったように思える。
やっぱり、こいつは……頭がいかれてやがる。
こいつを止めることなど、不可能なのだ。
こいつの言うとおり、この場での支配者は誰か、なんてわかりきっている。
俺は、こんなところで殺されるのか。
死を覚悟した、そのとき。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
村に大きな悲鳴が響き渡った。
「何の騒ぎだッ!」
長髪の男が顔を上げ、悲鳴が聞こえた方に視線を向ける。
村の入り口に、山賊の仲間だと思われる男が倒れている。一人じゃない、二人……いや、三人だ。全員、地面に突っ伏して倒れている。
そして、その傍らには、もう一人。片手に赤い鮮血の滴る短刀を握り、乳白色の仮面で顔を隠した子供が、凛と佇んでいた。




