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異世界と破壊された村  作者: 天片
第一幕 旅と乳白色の仮面
18/30

6 不安

「ああ、ハイラさん。こんなところにいたんですか」


 倉庫にてハイラを発見する。


 荷物の整理をしていた。


 なぜハイラを探していたかというと、さきほどのオズワルドとの話を伝えるために他ならない。


「どうかしたんですか?」

 と小首を傾げるハイラに、オズワルドと話した内容を伝えた。


 ハイラは何も言わずに俺の話を聞いた後、少し考え込む仕草を見せた。


「……明日ですか」


 動揺しているのか。ハイラは目を泳がせ、俯いた。


「勝手に決めてしまって、すみません。どうしてもオズワルドさんが諦めそうになかったので、つい……」


 仕方ないだろう。あんなに必死になられたら。


「大丈夫……ですか?」


 上目遣いでこちらを見上げるハイラ。その視線で、俺を心配してくれているのだと分かった。


「多分。俺にはベイルもいますから」


 右腕の腕輪を軽く撫でてみせる。


 不本意だが、ベイルがいるだけで、かなり安心できる。まあ、一度調子に乗って失敗しているから、二度と調子には乗らないけど。


 ハイラは何かを言いたそうに口を開き、何も言わずに閉じる。その動作を何度か繰り返した後、蚊の羽音ほどの小さな声で言う。


「……私、心配なんです。レオさん、帰ってきますよね? この家に帰ってきてくれますよね?」


 まるで神に懇願するように、ハイラは言葉を繰り返した。


 何が彼女をこんなに不安にさせているのだろう。


 俺にはわからない。


「帰ってきますよ、もちろん。オズワルドさんと約束しましたし」


 娘のジュリアの安否を告げてあげるという使命がある。戻ってこないわけがない。


「……私にも約束してください」


 顔を伏せたまま、ハイラがぼそりと呟いた。


「えっ?」

「絶対戻ってくるって、約束してください!」

 そう言いながら、ハイラがこちらに飛び込んできた。


 胸元に飛び込んできた華奢なハイラの体を、俺は優しく受け止める。


 倉庫の中で、抱き合う形になった。


 なんだ、この状況は。


「ちょ、ちょっと、ハイラさん? さっきから、おかしいですよ」


 俺はただただ戸惑う。


 これじゃあまるで、今生の別れのようじゃないか。


「心配することが、おかしいですか? それとも、私はレオさんのこと心配しちゃいけませんか? そんなの、あんまりです……」


 俺の胸に顔をうずめるハイラの目から、水が滴った。


 泣いている。


 状況が把握できない。傷つけるようなことを言ったつもりはないのだが。


「いや、あの……心配してくれるのは嬉しいですけど」

「約束してくれますよね。レオさん」


 下から見上げるハイラの大きな瞳が、水気を帯びて潤んでいた。憂いを纏った表情は、俺を捉えて離さない。


 約束をするのは基本好きじゃない。だけど、そんな表情をされて、断れるやつがいるのか。


 ハイラの白くて細い腕が俺の体を締める。体重がこちらに掛かってきた、俺はバランスを崩して後ろに倒れこむ。ふわりと、荷物に体が受け止められた。


「ちょ、ちょっとハイラさん……」


 俺は起き上がろうとするが、上にハイラが乗っかっている状況で立つこともできない。


「約束するまで離しません」


 俺の胸にぴたりと顔をつけ、決意を込めた強い口調でハイラは告げた。


 それは脅しですよ、ハイラさん。


 狭い部屋で人妻に抱き着かれている今の状況は、かなり異様であることは間違いない。とにかく、一刻も早く解放してほしい。


「わ、わかりました。わかりましたから」


 これ以上の抵抗を一旦諦め、俺は観念してみせた。


 もう何なんだ、この人は。


 だが、これでもう解放してくれるはず……。


「ついでに、もう一つ約束してください」


 ハイラが、ここぞとばかりに攻めてくる。


「まだあるんですか……」


 さっきから胸元に息がかかってくすぐったいんだけど。


「……ハイラ、って呼んでくれませんか」

 恥ずかしそうに頬を赤く染める。


「はっ?」

「いいじゃないですか。減るもんじゃないですよね。別に」


 下から咎めるような視線が飛んでくる。


「……まあ、そうですね」


 俺が承諾すると、ハイラは心底嬉しそうに顔をほころばせた。


「呼んでください」

「い、今ですか?」

「駄目ですか? 嫌なんですね、私の名前を呼ぶのが」

「……嫌じゃないです。ハイラ」


 年上の女性を名前で呼び捨てにするのは、どうも気が引ける。嫌な気持ちになるのだ。


 しかし、名前を呼ばれたハイラは嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。これで少し安心しました」

「少し?」

「はい。少しだけです」


 少し、とはどういうことか。


 俺にはわからない。


「……あの、そろそろ退いてもらっても」

「仕方ないですね、名残惜しいですけど……」


 ようやく解放されるのかと息を吐いたとき、部屋の扉が開く。


 扉の向こうに立っていたユノと目が合う。


「……二人で何してるの?」


 荷物の上で抱き合っている俺たちの状況を見て首を傾げている。


 ハイラは慌てて起き上がり、至極冷静に言う。


「倉庫の整理をしてただけよ」


 そして何事もなかったかのように微笑む。


 俺は何も言えない。


 俺には何もわからない。



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