6 不安
「ああ、ハイラさん。こんなところにいたんですか」
倉庫にてハイラを発見する。
荷物の整理をしていた。
なぜハイラを探していたかというと、さきほどのオズワルドとの話を伝えるために他ならない。
「どうかしたんですか?」
と小首を傾げるハイラに、オズワルドと話した内容を伝えた。
ハイラは何も言わずに俺の話を聞いた後、少し考え込む仕草を見せた。
「……明日ですか」
動揺しているのか。ハイラは目を泳がせ、俯いた。
「勝手に決めてしまって、すみません。どうしてもオズワルドさんが諦めそうになかったので、つい……」
仕方ないだろう。あんなに必死になられたら。
「大丈夫……ですか?」
上目遣いでこちらを見上げるハイラ。その視線で、俺を心配してくれているのだと分かった。
「多分。俺にはベイルもいますから」
右腕の腕輪を軽く撫でてみせる。
不本意だが、ベイルがいるだけで、かなり安心できる。まあ、一度調子に乗って失敗しているから、二度と調子には乗らないけど。
ハイラは何かを言いたそうに口を開き、何も言わずに閉じる。その動作を何度か繰り返した後、蚊の羽音ほどの小さな声で言う。
「……私、心配なんです。レオさん、帰ってきますよね? この家に帰ってきてくれますよね?」
まるで神に懇願するように、ハイラは言葉を繰り返した。
何が彼女をこんなに不安にさせているのだろう。
俺にはわからない。
「帰ってきますよ、もちろん。オズワルドさんと約束しましたし」
娘のジュリアの安否を告げてあげるという使命がある。戻ってこないわけがない。
「……私にも約束してください」
顔を伏せたまま、ハイラがぼそりと呟いた。
「えっ?」
「絶対戻ってくるって、約束してください!」
そう言いながら、ハイラがこちらに飛び込んできた。
胸元に飛び込んできた華奢なハイラの体を、俺は優しく受け止める。
倉庫の中で、抱き合う形になった。
なんだ、この状況は。
「ちょ、ちょっと、ハイラさん? さっきから、おかしいですよ」
俺はただただ戸惑う。
これじゃあまるで、今生の別れのようじゃないか。
「心配することが、おかしいですか? それとも、私はレオさんのこと心配しちゃいけませんか? そんなの、あんまりです……」
俺の胸に顔をうずめるハイラの目から、水が滴った。
泣いている。
状況が把握できない。傷つけるようなことを言ったつもりはないのだが。
「いや、あの……心配してくれるのは嬉しいですけど」
「約束してくれますよね。レオさん」
下から見上げるハイラの大きな瞳が、水気を帯びて潤んでいた。憂いを纏った表情は、俺を捉えて離さない。
約束をするのは基本好きじゃない。だけど、そんな表情をされて、断れるやつがいるのか。
ハイラの白くて細い腕が俺の体を締める。体重がこちらに掛かってきた、俺はバランスを崩して後ろに倒れこむ。ふわりと、荷物に体が受け止められた。
「ちょ、ちょっとハイラさん……」
俺は起き上がろうとするが、上にハイラが乗っかっている状況で立つこともできない。
「約束するまで離しません」
俺の胸にぴたりと顔をつけ、決意を込めた強い口調でハイラは告げた。
それは脅しですよ、ハイラさん。
狭い部屋で人妻に抱き着かれている今の状況は、かなり異様であることは間違いない。とにかく、一刻も早く解放してほしい。
「わ、わかりました。わかりましたから」
これ以上の抵抗を一旦諦め、俺は観念してみせた。
もう何なんだ、この人は。
だが、これでもう解放してくれるはず……。
「ついでに、もう一つ約束してください」
ハイラが、ここぞとばかりに攻めてくる。
「まだあるんですか……」
さっきから胸元に息がかかってくすぐったいんだけど。
「……ハイラ、って呼んでくれませんか」
恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「はっ?」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないですよね。別に」
下から咎めるような視線が飛んでくる。
「……まあ、そうですね」
俺が承諾すると、ハイラは心底嬉しそうに顔をほころばせた。
「呼んでください」
「い、今ですか?」
「駄目ですか? 嫌なんですね、私の名前を呼ぶのが」
「……嫌じゃないです。ハイラ」
年上の女性を名前で呼び捨てにするのは、どうも気が引ける。嫌な気持ちになるのだ。
しかし、名前を呼ばれたハイラは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。これで少し安心しました」
「少し?」
「はい。少しだけです」
少し、とはどういうことか。
俺にはわからない。
「……あの、そろそろ退いてもらっても」
「仕方ないですね、名残惜しいですけど……」
ようやく解放されるのかと息を吐いたとき、部屋の扉が開く。
扉の向こうに立っていたユノと目が合う。
「……二人で何してるの?」
荷物の上で抱き合っている俺たちの状況を見て首を傾げている。
ハイラは慌てて起き上がり、至極冷静に言う。
「倉庫の整理をしてただけよ」
そして何事もなかったかのように微笑む。
俺は何も言えない。
俺には何もわからない。




