5 提案
「とりあえず、納得してもらったみたいですね」
リビングに戻った俺は、椅子に腰を落ち着かせて、小さく息を吐いた。
「そうですね」
ハイラも安堵の表情を浮かべていた。
「しかし、あんな傷で歩くなんて……絶対無茶ですよ」
腹から内臓が飛び出たらどうするつもりだ。
「いつもは冷静な人なんですけど。娘のジュリアちゃんのことになると、無理してしまうんですよ。親として、その気持ちはわかりますけどね……」
とハイラは困ったように笑う。
親として、か。子供のいない俺には分からない感覚だ。
「……オズワルドさんって、カルフェ村の出身なんですよね?」
俺が問うと、ハイラさんは頷く。
「はい。この辺りの村では一番腕のいい大工さんですから、色んなところに出稼ぎに出ていますね。ちなみに、この家もオズワルドさんが建ててくれました」
建築には詳しくないが、信頼されるほどの腕を持っていることだけはわかる。この家を見ても、二階が壊れたのにまだ家としての機能を失っていない。とても頑丈な造りになっているのだろう。
「……レオ」
名前を呼ばれて視線をやると、廊下からひょこっと顔を出していたユノと目が合った。くるりとした丸い瞳が俺を捉えている。
「ああ、ユノちゃん」
「……おじさんは?」
眉を八の字にして、ユノは心配する。
「もう大丈夫だよ」
駆け寄ってきたユノの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
ハイラが優しく微笑みながら言う。
「よかったわね。レオさんが助けてくれたのよ」
「あ、いや……ユノちゃんが教えてくれたからですよ」
「ユノが?」
首を傾げて不思議そうなハイラ。
あれっ、ユノちゃんに伝えておいてくれって頼んだはずなんだが……忘れてたのかな。
仕方なく俺は説明する。
「誰かが村の入り口にいるから、見てきてほしいって言われたので。俺は見に行っただけですけど」
「そう、なんですか……」
何か思うところがあるようで、ハイラの表情が険しいものへと変わった。
ふと視線を落とすと、ユノがこちらをじーっと凝視していた。
この家に来てから思っていたのだが、この子はやけに人の顔色を窺ってくる。
改めて見てみると、8歳にして、どこか人間離れした美しさだ。基本的に無表情で、口を開くこともほとんどない。だがしかし、それは達観しているとも言えるのではないだろうか。
自分の子供じゃないけど、こんな子が危険にさらされていたら、俺はきっと冷静じゃいられない。
「カルフェに子供がいるのか……」
心配する気持ちもわからなくはないかな、と俺はユノを見ていて思う。
「レオさん、どうかしたんですか?」
向かい合うようにして、ハイラが椅子に腰を落ち着かせる。
「えっ、あ、いや、少し考え事を……」
家族の愛、というものを俺はあまり知らずに育った。俺の両親は体面や世間体を気にする人たちで、表向きはとてもいい両親に見えていたと思う。実際、俺のクラスメイトは俺の両親を羨ましがっていた。
だけど、それは表面的なもの。実際は無関心で、俺よりも自分たちの仕事が優先だった。だから、二人を羨ましく思った。自分の命を顧みずに、娘のことを心配するオズワルド、そしてハイラのような優しい母親がいることを。
別に妬むわけじゃないし、壊れてほしいとも思わない。むしろ、このまま幸せであってほしいと純粋に願っている。
だから、そんな二人の力になりたい。俺なんかが、何かの役に立てるかわからないけれど。
☆ ☆ ☆
天高く昇った太陽がゆっくりと落ちていく。太陽の光がオレンジ色へと変わった頃、ようやく雨が止んだ。
俺はベイルと相談して、村の外壁の修理を終わらせることに決めた。
コートを着て外に出る。さっきまで雨が降っていたせいで地面がかなり湿っていたが、魔法に影響はないらしい。
ベイルが壁を塞いでいる間、俺は周囲の警戒と瓦礫の中に何かないかと目を凝らす。たまにステータスを確認することも忘れない。
ふと空を見上げると、夕焼けに照らされたオレンジ色の雲が天を覆っている。
「早めに終わらせないと、また降ってきそうだな」
雨が降ったら中断しないといけない。
『心配しなくても、もうすぐ終わりますぜ』
村をぐるりと囲む外壁はそこまで損傷が激しくなかったので、そこまで時間はかからない。
淡々と修復を終え、ベイルが戻ってくる。
これで何とか村の中の安全は確保されたはずだ。
ベイルのMPが残り少ない。腕輪に戻し、家に帰った。
漆黒が空を覆い、夜がやってきた。
「レオさん、ご飯ができましたよ」
ハイラに呼ばれ、リビングで夕食をごちそうになった俺は、ハイラに許可を得て寝室に向かう。オズワルドさんの様子を見たかったからだ。
寝室に続くドアを開けると、オズワルドはベッドに腰を掛けていた。
「動いて大丈夫なんですか?」
「ああ。おかげで」
多少投げやりな言葉が返ってくる。オズワルドの仏頂面を見ると機嫌が悪そうに見えるが、元々そういう顔なのかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後、オズワルドが口を開く。
「……今朝は助かった」
「え?」
「小僧が助けてくれたのだろう?」
「ああ……そうですね。まあ、偶然ですけど」
なりゆきです。
「世話になるのは明日までだ」
「明日、ですか?」
「ああ。明日の朝、すぐに出ていく」
オズワルドは頷いた。
「えっ、いや、それはちょっと……厳しいと思います」
医学がなくとも、この傷の深刻さはわかる。たとえ明日になっても、絶対に無理だ。
「……さっきも言ったが、儂には娘がいる。今は一分一秒でも惜しい」
聞く耳持たず、といった感じでオズワルドは言った。
だが、無理やり出ていこうとしていた今朝とは違い、今は少し冷静に見える。冷静に考えたうえでの決断ということか。
俺は諭すような口調で優しく言葉を投げかける。
「その気持ちはわかりますけど、急いでも何もなりませんよ」
「わかっておる。だが、小僧に儂の気持ちはわからん。明日になったら出ていく」
そう言って、窓の外に視線をやったオズワルドの目には決意がこもっていた。
命を懸ける決断をした男の目、とでも言えばいいのか。どこか死を覚悟しているように見えて、俺は内心焦った。
このまま放っておけば、この人はきっと、無理をしてでもカルフェへ向かおうとする。
仕方ないな。ここまで必死になられたら、手を貸したくなってしまう。
「……わかりました。そこまで言うなら、俺が行く」
オズワルドが眉間にしわを寄せ、険しい顔でこちらを見た。
「小僧?」
何を言っているんだ。オズワルドの顔がそう問うている。
「オズワルドさんの代わりに、俺が明日カルフェに行きます」
別に突然思い立ったことではない。ずっと考えていたことだ。どうせこの村を出てどこかへ行かなければならないと思っていた。なら、明日カルフェに行ってみるのも悪くはない。
「儂の代わりに?」
「娘さんの無事を確認するくらいなら」
連れて行ってあげることはできないけれど、俺だけなら可能なはず。
対して、オズワルドは腑に落ちない様子だった。
「……小僧。どうしてお前がそこまでする?」
言われて考えてみる。
どうしてだろう。
同情してる?
恩を売るため?
娘さんの安否を心配しているから?
いや、どれも違うような気がした。
「……さあ。俺にもわかりません」
俺は力なく笑う。
けれど、この人には死んでほしくないと思っていることだけは確かだと言える。




