10 あいまみえる
ハイラは瓦礫の上に立っていた。
「どうかしたんですか!」
駆け寄って声を掛けると、ハイラは腕を伸ばして指差した。その指の先を目で追う。
三十メートルほど先、村の入り口に立つグスグスの姿。引き締まった漆黒の体に、長い手足。こちらに気付き、銀色の目を光らせる。首を捻る仕草には嫌悪しか感じない。
瓦礫の山から降り立ち、ハイラが剣を抜いた。
「レオさん、戦いましょう」
かの有名な戦乙女のように剣を構え、グスグスに向かい合う。
「えっ、ちょっと待ってください。冷静になりましょう。ここで戦っても何の意味もありませんよ」
俺はすぐに制止をかける。家の中に逃げ込めば、なんとかやり過ごせるはずだ。
ハイラがこちらに身を寄せ、小さな声で言う。
「ダメです。一度標的を定めた獲物をグスグスは絶対に諦めません」
キッパリと否定される。戦う以外に方法はないと、ハイラは決意を決めていた。
冗談だろ……。
恐怖に怯える脳を落ち着かせる為、俺は大きく深呼吸をした。脳に酸素が回り、曇っていた脳が少しだけ晴れた気がした。
そこで、俺はふと疑問に思ったことを小声で聞く。
「あの、ハイラさん。ちなみに、グスグスと戦った経験は?」
「いえ。一度もありません」
ハイラは首を横に振った。
よく見れば表情に余裕はなく、握っている剣は小刻みに震えている。
白くて細い腕が、余計に頼りなく見えた。
見るからに緊張してる。こんな状態じゃ戦えないだろ。
緊張しているハイラを目の当たりにすると、なぜか心が落ち着いた。冷静な自分に驚く。
「……わかりました。じゃあ、ハイラさんは下がっていてください。俺がやります」
最初にグスグスを見たときは少し驚いたが、よく見ればたいしたことはない。あんな小さな奴にいつまでもビビッているわけにはいかない。
「だ、大丈夫なんですか? 剣は使えないんですよね?」
ハイラが不安そうな表情で言う。
「大丈夫です。俺には秘策がありますから」
俺が笑顔で首肯してみせると、渋々といった様子で頷いてくれた。
ハイラを戦わせるのは危険だ。独身の俺とは違って、彼女にはユノという子供がいる。守るべきものがあるのだ。
あのグスグスがさっき俺を襲ってきたのと同じやつなら、あいつは俺を追ってこの村にきたということだ。責任くらい取るさ。
無駄に恐れなければ大丈夫。心を落ち着かせれば、きっと俺一人でも絶対に戦える。
俺が覚悟を決めるのを待っていたかのように、グスグスが両手足で地面を蹴った。
犬のようなバタバタとした走り方で、一直線にこちらへ向かってくる。グスグスの気持ち悪さに一瞬俺の体が強張るが、恐怖を精神力で抑えみ、体の前で剣を構える。
真っ直ぐに突進してくるグスグスが目の前まで迫ってきた。俺は慌てて剣を振り下ろすが、グスグスは真横に飛び跳ねて避ける。
思ったよりも動きが早いっ!
後ろに下がって距離をとる。すぐに剣を構えなおすが、グスグスは俺の隙を見逃さず、狡猾に殴り掛かってきた。
飛んでくる漆黒の腕を、反射的に剣で受ける。ずしりと重い腕が剣と当たり、その衝撃で脳が揺れ、いとも簡単に俺の体が吹き飛ばされる。車に撥ねられたかと思うくらいの鋭い衝撃。
「ぐうっ……」
背中から地面にたたきつけられ、小さく悲鳴が漏れる。
くそっ、ちょっと油断した。
俺は剣を支えにして立ち上がり、腕輪に向かって叫ぶ。
「召喚!」
腕輪が淡い光を放った。
『ボス!』
声と同時に腕輪からベイルが飛び出す。
辺りの砂がグスグスの脚に纏わりつき、瞬く間に『砂の足枷』を作り出す。足を絡められたグスグスはバランスを崩し、豪快に転倒した。
俺はすぐにグスグスとの距離を詰め、倒れているグスグスに剣を突き立てた。
剣先がグスグスの黒い皮膚を突き破り、内にまで達する。肉をえぐる独特の感触が手に伝わってくる。
しかし、心臓部分に剣が刺さったにも関わらず、グスグスは手足をバタつかせて抵抗。さらに俺の剣を掴み、無理矢理にでも剣を引き抜こうと試みる。
「……ごめん。おまえに恨みはないんだけどな」
俺は剣に体重をかけて、さらに押し込んだ。剣がグスグスの体を貫通する。
グスグスは抵抗をやめ、やがてピクリとも動かなくなった。
辺りに静寂が響く。
グスグスが絶命したことを確認してから、俺は剣をグスグスから引き抜く。剣先に黒い血がついていた。今更ながら、生命を奪ってしまったことに吐き気を覚え、軽くめまいがする。
いや、違う。これは生き物じゃない、動物とは違う。魔物なんだと自分に言い聞かせた。
助けてくれたベイルが地面に転がっていたのを見つけて、すぐさま腕輪に戻す。
一人でやれると思ったけど、助けられてしまった。これからは、あまり調子に乗らないことにしよう、と俺は心に誓う。
探索を再開するか、もしくは一旦家に戻るか。相談しようとハイラに視線をやると、彼女は真剣な表情でこちらを見ていた。
「ハイラさん、どうかしました?」
不審に思って問いかけてみると、ハイラは何かを言いたそうに何度か口を開閉させた後、大きく深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。
「……あの、もしかしてレオさんは、魔法使いなんですか?」
「え?」
「さっき、何か石のようなものが腕輪から飛び出してきたような……」
あ、なるほど。ベイルのことか。
まあ、これも想定内だ。戦うと決めたときから、ベイルのことを知られるのは仕方がないことだと思っていた。
一度見られてしまったからには、言ってしまった方がいいだろう。無駄に隠しても変に不安を煽るだけだ。
それに、ハイラは信頼できそうな人だと思う。言ってもなんら問題はないはず。
俺は小さく息を吐いてから、どこまで話すかを考えながら言葉を紡ぐ。
「いいえ。違います。俺は魔法使いなんかじゃありません。えーっと……今からお見せしますね」
ここでベイルを取り出して魔法を使わせるのが一番手っ取り早いが、魔法を使うならMPを無駄遣いしたくない。
うーん、何かいい方法は……あ、あれにしとくか。
村の入り口を見た俺は、あるアイデアを思いついた。
「ハイラさん、こちらへ、ちょっと一緒にきていただけますか?」
ハイラを引き連れて、俺は村の入り口へと向かう。
破損した村の入り口の扉。その前に立ち、ポケットからベイルを取り出す。ベイルがふわりと浮き上がる。
「浮いてる……これはなんですか?」
「こいつは精霊です。名前はベイル」
『よろしくお願いしますぜ。お嬢さん』
というベイルの声はハイラにも聞こえているらしく。
「しゃ、喋れるんですね……」
目の前に浮いている石を、ハイラは興味深そうに見つめる。
「魔法を使っていたのは、この精霊です。ベイル、ここ砂で塞いでくれないか?」
そう言って破損した大きな扉に向き合う。ベイルの魔法なら、この扉を砂で修復することも可能かもしれないと思ったのだ。
観音開きの扉の片方は辛うじて残存しているので、破損している片方を砂の壁で埋めてしまえばいい。魔物の侵入を防ぐ為の壁の役割をするには十分なはずだ。
『砂で扉を修復するんですかい?』
「いや、片方はまだ使えそうだから、片側を埋めるだけでいい。できるか?」
『まあ、埋めるだけなら砂の壁で何とかできますがね……』
「できるだけ、きっちり塞いでくれ」
ベイルが魔法を使う、周囲の砂が扉のほうへと集まり始める。観音開きの扉の破損した片側を見る見るうちに砂の壁が埋めていく。壊れていない片側は開閉できるので、出入りはきちんとできる。
ふむ、悪くない。
「ほ、本当に精霊なんですね……」
目の前で繰り広げられた光景が信じられないのか、ハイラは砂の壁を見て感嘆の言葉をこぼした。
どれほどMPを使ったのか確認する為、ステータスを開く。
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ステータス
名前:ベイル クラス:ノーム
レベル:2 フェアリーランク:B
MP:46/62 知性:41
魔法:『砂の壁』『砂の足枷』『砂の嵐』
特性:『主への忠誠』
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想像していたよりMPが減っていないな。
MPが減っていないことをベイルに聞いてみると、レベルが上がるとMPが全回復するらしい。
「だったらまだ余裕があるな……。ベイル、他のところの壊れた壁の修復も頼めるか? できるだけ手早く」
『またですかい? MPがなくなっちまいますよ』
「別にいいよ。腕輪の中に入れておいたら回復するんだろ?」
明日までには回復するだろう。
『ギリギリまで働かせるんですかい……』
まさに鬼畜の所業ですな、と愚痴をこぼしながらも、ベイルは宙を飛び回りながら壊れた外壁の隙間を正方形の砂の壁で塞いでいく。
ずいぶんと雑な補修に見えるが、まあ外から入ってこられなければ多少雑くてもいいか。
そんなことを考えながらベイルの仕事っぷりを見つめていると、ハイラが優しい声音で語り出した。
「昔、祖父から聞いたことがあります。東の大陸には精霊と仲の良い民族がいて、精霊と共存して暮らしているって……レオさんは、東の大陸の出身だったんですね?」
東の大陸。そんなところがあるのか。残念ながら盛大な勘違いだ、と言いたいところだが、否定する必要はないと俺は判断する。
「……ええ。まあ、そんなところです」
俺はやんわりと言葉を濁した。
それから壁の修理に全てのMPを使い果たしたが、外壁をすべて埋めることはできなかった。




