黒髪の彼女は「夢」を考える
「『夢』ってなんだろうね?」
彼女は唐突に言った。いつもそうだ。彼女はいつも唐突にものを言う。
「夢って、どの夢です?」
とりあえず聞き返すことにする。
「眠ってる時に見る夢。もっとも、この『夢』と未来に見る『夢』とは、近いものに思えるけど」
「近いかなァ」
「眠ってる時に見る夢の中で見る世界って、自分が心のどこかで望んでるものなんじゃないかって思うの」
「うーん、まぁ、だとすれば似てると言えなくもないか」
「受動的だね」
彼女は頬杖をついた。議論がつまらない時の彼女の癖だ。
「あらゆる意見に懐疑的であってほしいなァ」
「ちゃんと咀嚼してますよ」
俺は反論する。相手の話にただ頷くだけの人間を彼女が嫌っていることはよく知っているし、俺もそういう人間になりたいとは思わない。
「そう?」
「そうですよ」
「じゃあ、私の意見はいいから、君の意見を聞かせてよ」
「俺の?」
「そう」
彼女は頷いた。
「たまには君の方から主張しなよ」
「うーん……」
「君は『夢』ってどんなものだと思う?」
彼女は俺の目をじっと見つめて言う。なんだか心の中まで見透かされているような気がして、俺は目を逸らした。
「夢って言うと、眠りの浅い時に見るって聞きますね」
「客観的事実より、私が聞きたいのは君が夢について『何を思うのか』なんだけどなぁ……」
彼女は頬杖をついたまま言う。どうやら本日の俺は、彼女の議論の相手として不適切らしい。
「慣れないことやるもんじゃないですよ。いつも通りあなたの意見を俺が聞く。それでいいんじゃないですかね?」
「『これまで』を続けるのは楽だけど、たまには『これから』もやってみないとダメ。腐っちゃうよ」
「腐っちゃう」というのは俺の性根が、ということだろうか。
「……まぁ、お説教しててもしょうがないからね、私の意見言うよ」
彼女は脚を組みかえて背筋を伸ばした。
「私の考えではね、夢に見る世界っていうのは、別の『私』が生きてる世界なんだと思うんだ」
「『別の私』?」
彼女の言っている意味がイマイチはっきりしない。
「そう、別の私。……君は『パラレルワールド』を知ってる?」
「パラレルワールド。……ああ、あの、同じ時間軸にいくつもの世界が存在してるっていう」
「うん、うん。私たちはそのたくさんある世界の中の『ここ』にいる。でも、他の世界にも『私』はいるんだよ」
「そういえば、パラレルワールドに関する話にはそういうのもありましたね。例えばこの瞬間、俺はあなたとここにいるけど、そうじゃない世界もある、みたいな」
俺の頭は今フル回転している。彼女と会話する時、俺の頭は最も活発に働いているんじゃないかと思う。
「そうだよ。私だって他の世界では人生について語ってるかもしれないし、心について語ってるかもしれない」
「今語らずとも、そのうち語りそうですけどね」
俺が言うと、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「或いは、もっと全然違うことをしてるかもしれない。或いは、そもそも住んでいる環境が全然違うかもしれない。パラレルワールドは無限なんだよ」
「それで……その、限りない世界のどこかに、俺らは眠っている間に飛ばされてるってことですか?」
「大雑把に言うと、そういうこと」
俺の言い方は、彼女にしてみれば雑なようだ。
「ただ、補足すると、飛ぶのは意識だけ。眠ってる『私』の意識が、別の世界の『私』の意識に接続するんだ。もちろん、その逆もまた然り。ここにいる『私』に接続してるどこかの『私』がいるかもしれない。その世界の『私』に干渉できるのかどうかについては、もう少し深く考える必要があるんだけどね」
「でも、自分自身を客観的に見てるような夢もありますよ」
「あっ、そうだね」
彼女は足をぱたぱたと動かす。議論を楽しんでいる時の仕草だ。
「つまり、『私』の意識が『私』に接続するとは限らないってことだね。『私』が『君』に接続することもあるわけだ」
「うーん、俺の意識下に他の誰かがいるって考えると、ちょっと不気味だな……」
「あら、何を今さら」
彼女は本当に愉快そうに俺を見た。
「そうでなくても『君』の中には、得体の知れない狂気やらエゴやらがいっぱい詰まってるじゃない」
誠にごもっともな指摘だった。