闇と心
えー。締切りギリギリです。(ですよね?)
もー、本当についさっきまで書いてました。
テーマは恋愛。 しばりは、結があって、起承転。
そして、告白と涙を絡める。 うーん。涙はおざなり、になってしまったかなぁ……。
よろしくお願いします。
私の微笑みは、一瞬後には凍り付いていた。
怒りに我を忘れ、逆襲する力を手に入れたことしか頭に無かったけれど……。
その場に僅かに残っていたお兄ちゃんの想いを感じた瞬間、悲しみが心を覆い尽くした。
その想いは、私を包み込み、そっと囁くと、やがて静かに消えていった。
その想いも、温もりも、お兄ちゃん自身も……。 その全てどれも、もう感じることはできないんだ。そう思うと、涙がこぼれそうだった。
許されない恋。 そんなことは分かっていた。
兄妹だから? 確かにそう育ってきた。 けど、本当の兄妹って訳じゃない。 血が繋がってる訳じゃない。いえ、そもそも、私には本当に血が流れていたんだろうか?
私は何処まで人間になれていたんだろうか?
そんな私が涙?
私に涙なんて零せるんだろうか? 心があるのだろうか? 人間じゃないのに……。
闇を統べ、光の中に生きるものを闇に引きずり込む。 それが、それだけが生業の私に。
でも、惹かれてしまった。
止めることはできなかった。 温かな笑顔で、私に向かって無防備に手を伸ばすお兄ちゃんを見て、私はありもしない心をときめかせていた。
お兄ちゃんが私を救ってくれた。
滅せられる。そう覚悟した私を、お兄ちゃんは、最初は勘違いかもしれないけど、結局は全てを感じた上で救ってくれた。
どうしてか、お兄ちゃんは、私を心ある存在として認めてくれた。
だから、お兄ちゃんといることができれば、私は自分に心があることを信じられた。 人間でいることができた。
けど、お兄ちゃんはもういない。
そんなお兄ちゃんが、最後に残した想いが囁いてくれた言葉。
「自分を信じろ。 おまえは人間だよ」
そして最後に、本当に囁くように、消える寸前の想いから感じられた言葉は。
ずっと待ち望んでいた言葉。
「好きだよ」
そう聞こえた。
私の想いは届いていた。 けど、叶わなかった。
いつからだろう?
いつからお兄ちゃんを好きになっていたんだろう?
きっと、出会ってすぐからかも知れない。 まぁ、出会った瞬間ってことはないだろうけど。
そう。 私が初めてお兄ちゃんに会ったとき。
出会った、なんていう様なロマンチックな状況じゃなかった。戦いの最中だったし、私とお兄ちゃんは敵対していた。 それも当然。私は闇の存在だし、お兄ちゃんは陰陽師で人間。
当時、お兄ちゃんはまだ中学生だったけど、陰陽師としてはその資質を高く評価され、幼い頃から訓練も受けていて、既に十分に戦力となっていて、私を狩る戦いに参加していた。
そして、彼こそが、その時の陰陽師の仲で最も強力な敵だった。
既に、私たち闇の存在たちは、その戦いに勝ち目が無いことを悟り、引き揚げ始めていた。私は、私たちの住むべき闇へと続く通り道を作り、そこに逃げ込もうとしていた。
そこに、彼がやってきた。
もう、ほとんどは闇の世界へと逃れたあとで、残っていたのは私だけだった。
そして、私にはもう戦う力などほとんど残っていなかった。 けど、せめて刺し違えるくらいのことはしたい。そんな思いで彼の出方を窺っていた。
けど、彼の行動は私の予測の範囲を完全に超えていた。
「大丈夫かい?」
彼はそう言いながら、温かな笑顔を浮かべ、無防備に私に向かって手を伸ばしてきた。
その時の私の姿が、小学生くらいの少女の姿だったせいか、私が闇の存在ではなく、闇に引きずり込まれそうになった人間だと勘違いした様だった。
まぁ、実際にその体は人間のものだった。何日か前に偶然見つけた少女だった。私が見つけたときには、既に意識もほとんど無く、それに、微かに残っていた彼女自身の思いには、誰だか他人に対する恐怖、恨み、の様なものがあり、私の様な闇の者にとって、乗っ取るのがとても楽だった。 それでも、ほんの僅かだったけど、心の真ん中に、彼女を支えていたと思われる部分があった。まぁ、その部分の防壁は高く、その内部を覗くことはできなかったけど、私が彼女の体を乗っ取ることには何の支障もなかった。
そう。どちらにしろ、その時すでに、彼女は死んでいたのだから。
とにかく。
そんな容姿だったせいか、彼は何かを誤解し、私を助けたと思い込んだ様だった。
無防備に私に向かって手を伸ばす彼を、私は呆然と見詰め返した。
多分、その瞬間こそが、それまでの闇の敗北を大逆転する最初で最後のチャンスだったのだと思う。それは、後になればなるほど、確信となった。
けど、どうしてだろう。
私はそうしなかった。 素直に彼の手を取り、立ち上がった。
その疑問の答えは、直後に判明した。
「みつき。 大丈夫かい?」
何の因果だろうか。 私が乗っ取った少女は、彼の知り合いだった様だ。その瞬間、私はほくそ笑んだ。もっとも強力な陰陽師のふところに入り込めたのだから、笑いが止まらない、とはこのことだった。
けど、次の瞬間に私の口から飛び出した言葉に、私自身が驚愕した。
「うん。 お兄ちゃんが来てくれの分かってたから。 だから、みつきは大丈夫だよ」
そう言い、彼を見上げると、私の顔は思いっきり甘い笑顔を浮かべた。
油断していたのは私だった。
乗っ取った、と思っていた。 確かに、もう、はっきりとした思考は、意識は残っておらず、少女の体の自由は完全に私の意のままだった。その一瞬だけが違っていた。そう。その言葉が、行動としては、彼女の最後のものだった。
けど、その時、私は悟っていた。私の根幹の部分変わってしまっていることに。
いつの間にか、彼女の想いに、私の一番基本的な部分を乗っ取られていた。
気が付けば、彼を見上げる私の頬は上気していたし、つないだ手の熱さは、その少女が彼に寄せていた想いの熱さそのものだった。
表面上の思考、記憶などは変わらなかった。 けど、基本的な考え方、方向性、というだろうか、嗜好というのだろうか。そう。心、と呼ばれる部分なのかもしれない。その大部分が、どう考えても、それまでの私とは違うものになっている、そう考えざるを得なかった。
その変化に戸惑い、その時は、私はそれ以上何も言えなかった。
ただ、私の手を引くお兄ちゃんを、その手の温もりの心地よさだけを感じていた。
なす術がなかった。というのは、概ね間違ってはいなかった。直前の戦いと、最後の逃げ道の確保などで、私の妖力というか、力はほとんど使い尽くしていたし、たとえ力が残っていたとしても、その時の私では、お兄ちゃんには敵わなかっただろう。
まぁ、何ていうか、皮肉なことに、真の意味で陰と陽の部分を持つことになった私は、あっという間にお兄ちゃんの持つパワーを越えてしまうのだけど、それはまだ先のことだった。
それでも、とにかく、私の目は日々彼を、お兄ちゃんを追うことしかできなかった。
次第に、彼をお兄ちゃんと呼ぶことへの抵抗は消えていった。
彼を見て、頬染めてしまう自分への抵抗も同じように消えていった。そのどこまでが、昔からの自分で、どの程度が、かつてその少女の体に宿っていた心から引き継いだものなのか、もう、区別は付かなかった。
お兄ちゃんを見て、高鳴る胸を意識するたびに。
お兄ちゃんに見詰められて、その微笑に、頬を染めるたびに。
彼に告げたい言葉が口からこぼれそうになった。
けど、私はみつきじゃない。 そう考えると、私の正体を隠したまま想いを告げるなんてできない。そう感じた。 何を律儀な、そう言うかもしれない。けど、筋は通さないといけない。それは、闇を統べている間に学んだことで、それはどんな世界でも変わらないはず、そう思った。
だから、お兄ちゃんと目が合っても、すぐに目を逸らすしかできなかった。
そうやって、想いを秘めたまま暮らすのは、もどかしく、切なかったけど、でも、甘い喜びに満ちた日々だった。
そうする間にも、日々は過ぎ、気が付けば、私は中学を卒業する日を迎えていた。
その頃は、私も陰陽師としての修行を受けていて、気が付けばお兄ちゃんを超える勢いで力をつけていた。
春休み、近くの川原に出たとき、もう何度か見慣れた光景ではあったけど、川原の敷地に作られた花壇を見下ろしながら、春の陽を満喫していた。
春の光の中で、陰陽師の男と並んでまどろむなんて、かつての私ではとうてい信じることなどできない状態には違いなかった。
けど、もう、その時の私は、その安らぎを楽しんでいたし、その安らぎを手放すなんて信じることができなかった。
けど、その為には、ずっと先送りにしている課題があった。
私の想いを彼に告げること? それもある。確かに、その告白のハードルも高いと思った。
言わなくても、彼には、お兄ちゃんにはその想いは十分に伝わっている様にも感じられたし、お兄ちゃんからの想いも感じられる様には思えた。
けど、そんなのは勘違いかもしれない。
いえ、だからそれ以前に、私自身の秘密を打ち明けなければいけない。
私が『みつき』などではない、という秘密を。
もう、そのことで何年悩んでいるんだろう?
今日こそ告げたい。 中学卒業という区切り、ということで私自身を鼓舞し、今日こそはその秘密を伝えたい。お兄ちゃんの手になら、私自身の運命を委ねることに迷いはなかった。
そう思いながら、どれだけの時間躊躇っただろう。 そして、やっと言葉を搾り出した。
「ねぇ……」
「んー? なんだあい?」
私が一世一代の告白をしようと言うのに……。 なんだか、そのお兄ちゃんの間の抜けた返答に逆に緊張を高めながら、でも、この瞬間を逃すわけにはいかない。そう自分を叱咤し、私はとうとう私の真実を言葉に乗せた。
「わたし。 みつきじゃないの」
その瞬間、世界が止まったか、と思った。お兄ちゃんの次の言葉にまで、どれだけの時間があったのだろうか?
私にとっては何時間にも感じたけれど、ほんの一、二秒だったのかもしれない。
ゆっくりと私を振り向き、そして、全くいつもと変わらない、温かい、無防備な笑顔でお兄ちゃんは言ってのけた。
「知ってたよ」
「……!」
絶句する私を、変わらぬ優しい表情で見詰めながら、お兄ちゃんは言葉を続けた。
「何がどうなったのか、具体的には判ってない。 けど、おまえがかつてのみつきそのままじゃない、ってのは判ってる。 そして、それがどうにも致し方ないことの連鎖の結果なんだろうってことも感じてる。 それにな、かつてのみつきは、今のおまえの一部なんだろ? 人は変わっていく。 そして、おまえの変わり方は、今のおまえは……」
けど、何故だろう、そこまで言うと、お兄ちゃんは急に目どころか、顔まで私から背けてしまった。そして、何かを小さく呟いた。
その状況で、私はお兄ちゃんを追及できるほど度胸はなかったけど、でも、私は頬を染めてしまった。どうしてって、お兄ちゃんの小さな呟きが、風に乗って私の耳に届いたから。
「きらいじゃない……」
そう聞こえた。
好き、と言われた訳じゃない、嫌いではない、ってだけ。 でも、たったそれだけのことを顔を背けないと口にできない、そんなことを自分の想いに重ねてしまうと……。
私は、自分の頬の熱さが春の陽気せいだと思おうとした。 突然、暖かくなりすぎた。 だから、私も、きっとお兄ちゃんも顔が真っ赤なんだ、必死にそう考えようとした。
そうじゃないことを望んでいたし、知ってもいたけど、でも信じられなかったから。
その後も、私の生活は変わらなかった。
それでも、やはり何か大きく変化した部分があったと思った。
きっと、私は笑うことが増えたと思う。 その頃からだと思う、私が無防備に笑うことができるようになったのは。
お兄ちゃんといていいんだ。
お兄ちゃんになら、全てをゆだねていいんだ。
お兄ちゃんの願いなら、私は全力で叶えられる。
たとえ、それがどんなことでも。
それが、私の支えになった。
結局、前回の『私の闇』の登場人物をそのまま使ってます。シリーズ化できるかなぁ、ちょっと燃えてきた、かも。
ではー。