隣の名探偵
ぼくの家の隣に、名探偵が住んでいる。彼が名探偵だってことを知っている人は少ない。だって滅多に家の外に出てこないし、どう見たって無精ひげを生やした普通のお兄ちゃんなんだ。でもぼくは彼が名探偵だって知っている。今日もぼくは名探偵の元へ事件を運ぶ。
「名探偵、たすけてぇ」
「どうしたのかね、和人くん。事件かね?」
名探偵はいつもの様に、ドッキリマンチョコのおまけシールを並べて遊んでいた。
「またモーリィがいなくなっちゃったんだ」
「また君の犬か。何回ぼくに探させれば気が済むんだ」
名探偵は顔も上げずに応える。おまけシールを並べて戦闘用デッキを組むのに夢中だ。室内は空のペットボトルやコンビニ弁当が散乱し、おまけシールだけが綺麗に整列されている。
「自分で探したまえ。そんな事では私の助手が勤まらんぞ」
「報酬ははずむからお願いだよ。金や銀なら少しは持ってるから」
「しょうがないな」
重い腰を上げて名探偵が立ち上がる。なんだかんだ言っていつも助けてくれるから、ぼくは名探偵が好きさ。
「いなくなったと気づいたのはいつだね?」
「ええっと、14時くらい。ぼくが学校に行ってる間に抜け出したらしいんだ」
名探偵は煙草をふかしながら、観察するように犬小屋の周りを眺めた。
「和人くん、モーリィはどうやって脱走したと思う?」
名探偵が、まっすぐな瞳でぼくに問うてくる。犬小屋の周りには背の高い柵があり、モーリィが抜け出す隙間はない。犬小屋の前に鎖につながれた首輪が落ちている。
「まずあの首輪を外したことは間違いないと思う。でもモーリィ一匹では外せないんじゃないかな。だとしたら、誰かモーリィを逃がした人がいるんだよ」
「それはどうかね。ぼくだったら首輪ごとモーリィを連れ出すがね。鎖を外す方が自然じゃないかい?」
確かにそうだ。いつもモーリィを散歩させる時は、首輪を外さず鎖を外し、手綱をつける。首輪なんか、体を洗うときくらいしか外さない。
「和人くん、おそらくこの脱走はモーリィ一人の…いや、一匹の仕業だよ。前から言おうと思っていたが、君の犬の首輪はちと大きすぎるよ。毛皮で太っているように見えても、やつらは意外に細いんだ。見てごらん、犬小屋の前に土を掘り返した跡があるだろう。前足を使って首輪から抜け出した跡だろうね」
「そうかな、土掘り返すくらいすると思うけど」
「土の盛り返しが、首輪に向かって一直線にのびているだろう。そう考えて間違いないと思うね。それから、この柵の前の石。今度からこれは除けた方がいい。きっとこれを使って柵をとびこえているよ」
あちっと言って名探偵が煙草を落とした。いつの間にかフィルターまで燃えていたらしい。さすが名探偵、すごい集中力だ。
「でも問題はモーリィがどこに行ったかだよ。どうしよう戻ってこなかったら」
「大丈夫、もうこの謎は大方解決しているよ。ぼくがモーリィを必ず連れてこよう」
「本当?」
「ああ。ただ君が以前住んでいた場所を教えてくれないか。隣町から越してきたと言っていたね」
「そうだよ、それがどうかしたの?」
名探偵はにやりと笑って、「このくらいの謎が解けないようでは君もまだまだ助手どまりだね」と言い残して行った。
次の日の夕方。学校から帰ると犬小屋にモーリィが眠っていた。名探偵が連れて帰ってきてくれたらしい。隣の名探偵の家に行き、モーリィを見つけてくれたお礼を言う。
「はい、報酬のドッキリマンチョコおまけシール。金銀それぞれ3枚ずつだよ。結構レアだから大事にしてね」
「和人くん、ありがとう。これで銀シールがコンプリートできたよ」
名探偵に支払う報酬はいつもこれだ。おまけシール以外にはあまり興味がないんだって。
「でもどうやってモーリィを見つけられたの?」
「君の犬は、亡くなったおじいさんに一番懐いてたと言ったろう。そしておじいさんが亡くなってから君はここに超してきた。モーリィがおじいさんに会いにいこうとするのは、至極当然じゃないかい?」
当然なのかな?名探偵がそう言うのなら、ぼくも納得することにする。名探偵の推理力は抜群で、今までどんな難事件も未解決で終わらせたことはないんだ。ただ惜しむらくは、彼が名探偵だってことを、ぼくや学校のこどもたちしか知らない事だ。
「お兄ちゃん、何してるの早く扉締めてよ」
玄関先で話し込んだぼくらを、名探偵の妹さんが注意する。名探偵の手にあるおまけシールを見て、妹さんは鼻で笑った。
「まだそんなものにハマってるの。いい加減職を見つけなさいよ、このニート」
ストールを背負いながら、妹さんが家の奥へと入って行く。
「ねぇ、ニートって何なの?名探偵の名前はニートじゃないよね?」
「それは…ぼくにも分からない謎なんだ」
名探偵とぼくは深く考え込む。ひょっとして、名探偵を意味する言葉なんだろうか。
ああ、ぼくも早く大きくなって、すごいニートになりたいな。