鶏小屋にて
一
その小屋には、鶏たちがたくさん住んでいました。
ちょっとでも多くエサを食べるにはどうしたらいいだろう。エサの時間になるたびに、頭のいい鶏、スライが毎日考えていました。ニンゲンの気を引けばいいんだ。ある時、そう考えて、羽をバタバタさせてみたり、「コケコッコー!」と高らかに鳴いてみたりしました。彼より大きな声の出る鶏はいません。
だんだんと疲れてくるし、いつも多くもらえるとは限りません。しかし力づくだと負けてしまいます。それに危ない鶏と思われたらニンゲンに殺されてしまうかもしれないのです。
どうしたらいいんだろう。周りよく見てみると、少しだけエサ場にたどり着くのが遅れている鶏がいます。そのために時々、損をしていたのです。
それを見て、一匹の鶏に話しかけました。
「ねぇねぇ、いつもご飯を先に食べるじゃない?」
「うん」
「そこでお願いがあるんだ。足の悪い鶏たちへご飯を少し取っておいてくれないかな。そしてみんなにも伝えて欲しい。足の速い鶏たちも足の悪い人たちも同じだけ食べれるようにしておきたいんだ」
その鶏は感心してうなづきました。
「君の言うことはもっともだ」
「ありがとう」
スライはそう言って笑いました。
二
同じだけ食べられるようにしよう、という考えが広まり始めたころです。大きな鶏、ビッグがスライに詰め寄りました。
「おい、お前。どうしてくれる。お前のせいで力づくで飯を食えなくなった。俺はすぐ腹が減るんだよ」
これはチャンスかもしれないぞ。スライはそう思いました。
「それは申し訳ないことをした。お詫びに僕の分のエサをあげます」
思いがけない申し出にビッグは驚きました。
「え? いいのか?」
「うん。そうだ、僕と歩いたら? そっちの方が僕のエサをすぐに食べられるんじゃない?」
「そうだな。そうさせてもらう」
ビッグの答えを聞いて、小さな鶏のところへ行きました。彼とエサの取り合いをしていた鶏はビッグを見て逃げ出しました。
「ねえ、みんなが安心して暮らせるようにしたいんだ。体の大きいトリも小さなトリも」
「そりゃいい」
小さな鶏は喜びました。
「そこで僕が君を守るよ」
それを聞いて、驚いたのはビッグです。
「おいおい、何でこんな奴を守らなきゃいけないんだ?」
「いいから僕に任せて」
スライはビッグにそう耳打ちしました。
「そこで、どうだろう? 君にあの量は多すぎると思うんだ。守る代わりに僕たちへエサを少しくれないか?」
小さな鶏は考え込みました。確かに守ってもらいたいし、ケンカになると必ず負ける。でもエサを出すのは損じゃないのか……f。
「僕はどっちでもいいんだけどね。でも君が安心して暮らせるんなら安いと思うんだけどなぁ」
スライたちはそう言って踵を返そうとしました。
「その話、乗ったよ。ちゃんと守ってくれるんだったら」
「ちゃんとエサをくれたら守るよ」
スライはそう言って笑いました。
三
その後、スライたちは何羽にも同じ話を持ちかけました。最初はみんな渋っていましたものの、「安心」に負けて大半は彼に従ったのです。
ある日、たくさんのエサを前にビッグは言いました。
「もう食べられない」
「でもただ残すのはもったいないな」
スライは呟きました。そこで周りを見回してみると、エサにありつけなかった鶏がトボトボと歩いています。笑いながらスライはその鶏に話しかけました。
「食べきれなかったから、君にあげるよ」
「え、いいの?」
「うん、その代わりちょっとずつでいいから返してね。僕たちも今日、たまたま余っただけでいつもは苦しいんだから」
脇で聞いていたビッグが口を挟みました。
「いつも余るじゃねぇか。そんなまどろっこしい約束なんかいいだろ」
「いいから僕に任せて」
スライはビッグにそう耳打ちすると、腹を空かせた鶏に向き直ります。
「それに困ったときはお互いさまっていうだろ?」
「うーん……、返せるかなぁ」
「少しずつでいいんだ」
そう力強く言うと、スライは付け加えました。
「それに明日もご飯にありつけないかもしれないじゃないか」
それを聞いて、その鶏は顔を曇らせます。
「そ、そうだね……」
「大丈夫、また食べられなくなったらできるだけ分けてあげるよ」
スライはそう言って笑いました。
やがてスライのやり方に疑いを持つ鶏が出てきました。
「全然みんな同じだけ食べられないじゃないか」
しかしスライは涼しい顔をしています。
「イヤだったら群れを抜けりゃいい。ただし、飢えても助けてあげないし、他の鶏からも守ってあげない。どっちを取る?」
そう言われると、みんな黙らざるを得ないのでした。
四
「鶏小屋の外はきっとエサがいっぱいあるんだぜ。だって、エサはいつも外からやってくるじゃないか」
スライに疑問を持つ鶏の間でそんなウワサが流行り始めました。それを耳にした彼は鶏たちを前にして語ったのです。
「鶏小屋の外は危ないんです。イヌやキツネ……、私たちではとても敵わないケモノがいます。時々、不気味な声が聞こえるでしょう? あれがイヌです」
そして、イヌがどんなに危ないか、そしてこの中がどんなに「安全」かを訴えかけました。鶏がざわめくのを聞いて、さらに続けます。
「……ですから外に憧れを持っている仲間たちがいたら、このことを教えてあげてください」
「外って怖いわねぇ」
「やっぱり中にいよう」
他の鶏たちが震え上がっている姿を見て、こう付け加えたのでした。
「確かにエサはいつも外からやってきます。しかしながら、それは私が一生懸命、朝一番で鳴いているからです。つまり鳴き声が大きい鶏ほど偉いのです」
そう言うと、力いっぱい鳴いたのです。彼より大きな声の出る鶏はいません。