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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
58/100

#06:新しい年

お待たせしました。

季節外れの……もしかしたら季節先取りの

お正月の話題です(笑)

急に寒くなってきましたので、温かくしてお読みくださいね。

どうぞよろしくお願いします。

「あけましておめでとうございます」

 新しい年の元旦の朝、私は起きてきた拓都と共に仏壇の前で並んで座った。

 両親と姉夫婦に新年の挨拶をして、心の中でそっと願う。

 ――――慧と二人で拓都を守って行きます。どうぞ、見守っていてください。


 新しい年は、穏やかに始まった。

 生まれ育ったこの家で新しい年を迎えるのは、何年振りだろうか?

 法事以外で、戻る事の無かった実家。

 この家には姉達の思い出が多すぎて、辛すぎて、帰って来れなかった。

 でも、拓都のためにも、この家に戻らなきゃと思った。この家で拓都も大きくなって行って欲しかった。拓都の両親の思いの残ったこの家で、拓都の成長を見守ろうと決意して戻ってきたのだった。

 やっぱり私はこの家にずっといたい。慧は私の願いを受け入れてくれるだろうか?

 

 私は横に首を振って、不安を振り払った。

 今は結婚に関する事は考えない。3学期が済むまでは、いろいろな事に心悩ませない。いずれ、考えるべき時がやって来るのだから、今はこの甘い幸せに浸っていたい。

 先案じしたって、ろくな事にならない事は、身をもって体験したのだから、今だけの事を考えていよう。

 私はもう二度と同じ間違いをしないと心に誓った。




 今朝起きたら、千裕さんから新年メールが来ていた。

『あけおめ~! 今年もよろしくね。今年こそは美緒ちゃんの恋が成就しますように!』

 千裕さんったら……。

 友の想いに胸が熱くなった。けれど、そんな友に真実を告げられない自分が、酷い裏切りをしているようで辛い。

 ごめん。ごめんね、千裕さん。

 でも今の私には、拓都にまだ何も告げられない理由も、彼とプライベートで会わない理由も、上手くごまかす自信が無い。彼と想いが通じ合った事だけでも話したい気持ちはあるけれど、千裕さんの事だから、いろいろ訊きたがるだろうと思うと、それらを上手くやり過ごす自信がない。だから、待っていて欲しい。3学期が終わったら、真っ先に千裕さんに言うから……。


 相手に伝えられない言い訳をしながら、ポツポツと返信のメールを打つ。

『明けましておめでとうございます。今年もよろしくね。西森家にとって幸せな一年で有りますように!』

 メールを送信してから気付いたけれど、殆ど年賀状と同じ内容だったと思い出して苦笑した。

 それでも、続けて良く似た内容で、美鈴と由香里さんにも新年メールを送った。そして、慧にも今年最初のメールを送る。床の間に飾ったお供え餅の写真を添付して、あけましておめでとうと……。

 私はニンマリとして送信ボタンを押したのだった。


「拓都、お餅何個食べる?」

 仏間での新年のあいさつの後、台所で朝食の準備をする。朝食と言ってもお正月の朝はお雑煮を作るぐらいで、前日に作ったおせち料理がメインだ。


「んとね、僕もう小学生だから、2個食べる」

 去年まではお雑煮のお餅は1個しか食べられなかったのに、拓都の言い方に笑ってしまった。


「はーい、それじゃあ、ママも2個にしようかな」

 笑いながらそう言って、4個のお餅をオーブントースターに入れた。

 お餅が焼ける間、リビングのテーブルの上に拓都がお皿と箸を並べる。いつもならダイニングのテーブルで食事をするが、今日はお正月なので、テレビを見ながらのんびりしたい。

 2段の重箱に入ったおせち料理を並べ、お茶の用意をして、テーブルに並んだそれらを見て、去年までのお正月の朝を思い返して、小さく息を吐いた。

 去年までの3年間は、実家に帰れない母子家庭3家族で一緒に年越しをして、持ち寄ったおせち料理等の食べ物を所狭しとテーブルに並べ、ワイワイ騒ぎながら新しい年を迎えていた。だから、淋しいなんて思わずに済んだのだ。それなのに、テーブルの上の並べた食器や料理の少なさに淋しさを感じてしまった。


「陸君達、どうしてるんだろう?」

 陸君と言うのは由香里さんの次男だ。拓都と同級生で、去年までの3年間、イベント事はいつも一緒に過ごしてきた。拓都にしたら、陸君達もこちらの市へ引っ越してきたのに、一緒に年越しをしなかったのが寂しかったのかもしれない。


「陸君も今頃、おせち料理やお雑煮を食べてるんじゃないかな?」

 一瞬、陸君家は新しいパパが来てくれたから、家族でお正月を迎えているんだよと言いそうになって、思いとどまった。今の拓都にパパと言う言葉は禁句だ。クリスマスに担任から諭されて、泣きそうになりながら私に謝ってきた拓都を思い出すと、胸が苦しくなる。

 3ヶ月経ったら、春になったら、拓都は受け入れてくれるだろうか?

 拓都が大好きな守谷先生を受け入れないはずが無い。そう思い直し、来年の3人で迎えるお正月を想って、フッと目を細めた。


「あー、早くみんなと遊びたいなぁ~」

 お雑煮を食べ終わった拓都が、箸を置いてテレビの方を向いたまま声をあげた。年末の12月29日からずっと、私と二人きりで過ごしてきたから、そろそろ退屈になって来たのかも知れない。何となく申し訳ないような気持ちになって、慰めるように声をかけた。


「4日の日は、朝から陸君家へ遊びに行くよ。ママは仕事があるから、拓都は陸君達と一緒にお留守番していてね」

 私の仕事は1月4日が仕事始めだけれど、学童は5日からなので、去年の内から由香里さんに頼んでおいたのだった。


「ホント?! 陸君ね、サンタさんに新しいゲーム頼んだんだって、一緒にさせてもらおう」

 拓都は嬉しくてたまらないと言う顔で笑った。ほんの些細な事で、喜びMAXになれる拓都が羨ましいなと思いながら、この笑顔をいつまでも守って行かなくてはと、改めて胸に刻んだ。


 しばらくすると年賀状が届いた。いつもと同じ顔ぶれに、今年増えたのは千裕さんと新しい職場の同僚ぐらいだった。学生時代の友人、わずかな親戚、保育園時代のママ友、以前の職場の同僚……。

 拓都には、毎年送り合っている陸君と保育園の年長の時の担任の先生、そして、今の担任からの年賀状。

 慧の名前を見た途端、ドキンと心臓が跳ねた。思いもしなかった所から彼の名を見つけて、ドギマギとしてしまった。保育園時代だって担任の先生から年賀状をもらっていたのに、どうして考え付かなかったかな……慧もそんな事一言も言って無かったし……。


「あっ、守谷先生から来てる!」

 担任からの年賀状を目ざとく見つけた拓都は、嬉しそうに「ママ、見て見て」と私の前に差し出した。さっき私が見つけた時に、他のと一緒に拓都の前にさりげなく置いたのだ。

 担任からの年賀状は、教室で撮ったクラス全員の写真で、『あけましておめでとう』の他に『今年もいっぱいえがおの花をさかせよう!』と文字が入っていた。おそらくクラス全員に出したのだろう。それでも宛名は手書きで、担任としての彼の想いが感じられた。


 この後ものんびりとテレビを見て過ごし、午後から近くの神社へ初詣に行った。この神社へ来るのは何年振りだろうと思い返しながら、変わらぬたたずまいの神社の杜に、子供の頃ここで遊んだ思い出が蘇る。拓都に思い出話をしながら、高く伸びた杜の木々を見上げる。自分も周りもどんどんと変わっていく中で、あの頃と同じ姿で迎えてくれるこの杜に、常に張りつめていた何かが、ゆっくりと解けて行くように、癒される思いがした。

 鎮守の杜の神様に、拓都と慧と私の健康と幸せを祈る。笑顔で一年が過ごせますように……今年はいつもの年よりずっと真剣に願いを唱えた事に、私は自嘲気味に苦笑した。


 元旦の一日は穏やかに過ぎて、日付が変わる頃まで慧からの電話かメールが来ないかと待ち続けたけれど、携帯はまるでお正月休業とでもいうかのように、ピクリとも音を奏でる事は無かった。

 他の人も一緒にいるんだから、連絡できなくても仕方ないと思うのに、なんとなく面白くなかった。朝送った新年メールの返事さえ無い事が、今頃皆と楽しく過ごしていて忘れているのだろうかと、蓋をしたはずの不安な思いまで飛び出して来そうになって、ハタと気付いた。

 私ってこんなに心が狭かったのか……。

 昨夜だって、みんなの目を盗んで電話をして来てくれたのに、その前の夜は家まで会いに来てくれたのに……たった一日連絡が無かったぐらいで、ありもしない想像で不安になってしまうなんて。以前の私なら思いもしなかった不安や嫉妬の感情が、ネガティブな妄想に翻弄されてしまう。 

 それは、永遠と信じた関係でも、簡単に壊れてしまう事を知ってしまったから。

 それでも自分の手で壊してしまった罪悪感があるから、もう二度と同じ間違いは繰り返さないともう一度自分に言い聞かせたのだった。


 翌日は、風の無い穏やかな快晴で、朝晩は冷えるものの、今年は暖かいお正月だなと思っていると、拓都が「キャッチボール日和だ」と言い出した。私は笑って「絶好のキャッチボール日和だね」と答えた。早速にサンドウィッチと温かいお茶とスープを用意して、近くの芝生公園へ出掛ける。だんだんと上手に投げられるようになってきた拓都を頼もしく思いながら、暖かな冬の日差しを心行くまで堪能した一日だった。

 昼間しっかり遊んだせいか、拓都は早く寝てしまい、一人きりの時間を持て余してしまう。以前なら、自分の時間として楽しめたひと時だったのに、慧からの連絡を待ってヤキモキしている今の自分は、どこか余裕が無くて、嫌になる。

 今日帰って来るって言ってたよね。

 でもスキー帰りは渋滞して帰り着くのが深夜になる事もあるらしい。

 今夜も連絡は来ないかもしれない。

 時計の針はもう夜の10時を回っていて、私は小さく溜息を吐いた。頭の中で彼が連絡できない理由をあれこれ想像して、仕方が無い事だからと期待する恋心に言い聞かせる。そんな事をもう何度も繰り返した時、携帯が鳴りだした。

 上蓋の小さな窓を見ると、『K』の文字。

 発信者の名を確認した途端、さっきまでの鬱々(うつうつ)とした思いは、すっかり霧散してしまった。


「もしもし」

 焦ったように上蓋を開けて通話ボタンを押し、上ずった声で第一声を上げた私の慌てぶりが分かったのか、「美緒? 大丈夫か?」と心配されてしまった。


「慧、おかえり」


「ああ、ただいま。昨日は連絡できなくてごめんな。あっ、メールもありがとう。」


「あっ、そうだった。慧、あけましておめでとう」


「あけましておめでとう。俺も忘れてたよ」


「そうそう、年賀状ありがとう。こちらからも拓都の顔写真入りの年賀状で自宅の方へ出しておいたよ」

 慧からの年賀状は、学校の住所しか記載されていなかった。その上、慧と別れた時に慧に関するものをすべて処分したから、すぐには自宅の住所は分からなかった。でも、大掃除の時に、押入れの奥から大学時代のサークルの名簿が出て来たのを覚えていたので、その住所に出したのだった。住所が変わっていなくて良かった。


「エー、こっちにも年賀状を出してくれたんだ? ありがとう。子供達からの返事は期待してなかったんだけど……嬉しいよ」

 慧の声が胸に染み込んで行く。

 何気ない会話なのに、頬が緩むのが分かる。

 昨日声が聞けなかっただけで、こんなに渇望してたなんて……。

 自分のあさましさを嫌悪しながら、話題を変えた。


「帰り、渋滞しなかったの?」


「ん……渋滞する前に帰ってきたから……早い目に出てゆっくり帰ってきたんだよ。こちらに来てから夕食を食べたぐらいの時間だったから」


「へぇ~そんなに早く帰ってきたんだ? スノボは楽しめた?」

 慧は子供の頃からスキーをしていたから、ずっとスキーばかりをして来たらしいけれど、去年一緒に行った人がスノーボードをしていて、少しさせてもらったら面白かったらしい。それで今年はスノボを本格的に始めるのだと行く前から楽しそうに話してくれた。


「まあまあ滑れるようになったかな? 楽しかったよ」

 慧の話す声に違和感を感じた。

 行く前はあんなにテンション高く、スノーボードの話をしていたのに……本当は楽しくなかったのかな?


「ねぇ、慧、疲れてる?」

 きっと長時間運転してきたから疲れているのかもしれない。


「えっ、ああ、そうだな。ごめん。疲れてるみたいだよ」


「こっちこそごめんね。疲れてるのに電話してもらって……ゆっくり休んでね」


「美緒、悪い。また連絡するから……本当にごめんな」


 電話を切った後、いつもと違う元気の無い慧の声に、心配と落胆をしながら、私の気分もどっと疲れてしまった。こんなに疲れ切ったような慧は初めてだと、訳のわからぬ不安が又私の心を(むしば)み始めたのだった。

    

 



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