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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
38/100

#38:友の帰郷と虹の写真

『美緒、俺が守るから思いっきり泣けよ』


 彼が言ってくれた言葉が、一晩中、頭の中でリプレイされ続けていた。

 聞かなかった事になんて、できない。


 拓都はあれから、本格的な眠りに入ったのか、落ち着いた寝息に変わっている。それでも不安は消えてくれず、心のどこかで彼の言葉に(すが)り付いている自分がいた。

 あの時、あの腕に(すが)っていたら、どうなっていたのだろう?


 私は首を横に振った。

 こんな事を考える事は、間違ってる。

 選ばなかった方の事を考えてみたって、結局はそちらを選べなかったのだから……。



 翌日、拓都はケロリとして目覚め、どうして自分が病院にいるのか、よく分からないようだった。そして、「お腹が空いた」と、朝食をキレイに食べたのだった。

 午前中の内に医師の診察を受け、退院許可が出た。この土日安静にして異常がなければ、月曜日から学校へ行ってもいいと言われて、やっと安心できた。


 自宅へ帰って来て、シャワーを浴びて着替えると、やっと人心地つき肩の荷が下りた気がした。すっかり元気になった拓都を見て、改めて無事だったと心の底から安堵すると、思わず拓都を抱きしめていた。


「拓都、無事で良かったね」


「ママ、どうしたの?」

 あまり記憶のない拓都にしてみれば、私のこの行動は不思議に思ったのかもしれない。


「病院から元気に帰って来れたから……」

 両親も姉夫婦も、無事に帰ってこれなかったから……。


「うん。ママ、ごめんね?」


「拓都が悪いんじゃないんだから、謝らなくていいのよ。拓都が元気になってくれて、ママ嬉しいんだから」

 私はそう言うと、大きな欠伸が出た。安心した途端に睡魔が襲って来たようだ。


「拓都、ママ少し寝てもいいかな?」


「うん、いいよ。僕が本を読んであげる」

 

 布団を敷いて横になると、拓都が本を持って部屋へやって来た。その本は『にじのおうこく』だった。


「この前、朝の会の時に、守谷先生が『にじのおうこく』を読んでくれたんだよ」

 嬉しそうに話す拓都の顔がぼやけ始めた。拓都のたどたどしい朗読を聞きながら、私は夢の世界へ入って行く。

 

 


 夢を見た。

 慧が私の元まで架けた虹の橋を渡ってやって来ると、私を抱きしめて言った。

 『美緒、もう何も心配しなくていいんだよ』

 彼の優しい声が私を包み、彼の温かさに包まれて、幸せに微笑んだ。


 目覚めた途端、夢だった事が悲しかった。

 寝る時に拓都が『にじのおうこく』なんか読むから……。

 それに昨夜の彼の言葉のせいだ。

 

 携帯の待ち受けの虹の写真を見ようと携帯を開くと、真っ暗な画面を見て電源を切っていた事を思い出し、慌てて電源を入れてみると、メールを受信した。

 由香里さんと西森さんからのメールだった。子供から拓都の事を聞いたのかもしれない。

 開いてみると、やはり心配のメールだった。電話をしようかと思ったけれど、二人ともこの週末は出かけると話していたのを思い出して、拓都の怪我の経過と自宅に戻ってきた事をメールで送った。 

 二人からはすぐに安心したとメールが返って来た。ずいぶん心配かけてたんだろうな。

 

 私はもう一人、退院の連絡をしなければいけない事を思い出した。

 やっぱり報告しないとダメだよね?

 自分の中にそう問いかけて、また昨夜の彼を思い出してしまった。

 今は彼の声を聞くのが辛い。私はメール作成画面を開いた。


 『昨日はご心配をおかけしました。拓都は元気になりましたので、退院して自宅へ戻ってきました。このまま異常が無ければ、月曜日から学校へ行ってもいいそうです。いろいろとお気使い頂き、ありがとうございました』


 もう保護者モードのメールしか送れない。それが本来の関係。

 溜息を付きながら携帯を閉じ、しばらくするとまたメールを受信した。


 『連絡ありがとうございます。拓都が元気になって安心しました。でも油断せずにこの土日、ゆっくり休んでください。お母さんも体に気を付けて下さい』


 彼からの返信は全くの担任モードで、よそよそしい。

 これが現実。夢はやっぱり夢で、選ばなかった答えに未来は無い。


 

 翌日の日曜日の夜、懐かしい友から電話があった。


「美鈴、久しぶり。元気にしてた?」


「美緒、私、帰って来たの」

 テンションの低い声で話す美鈴に、いつもと違う雰囲気を感じた。


「そうなんだ。それで、いつまでいるの?」


「私、仕事を辞めてこちらへ帰って来たのよ」


「ええっ? それって……」

 結婚準備のためとか……その割には元気がないけれど……。


「私、直也と別れたの」


「えー! 別れたって……また喧嘩しただけじゃないの?」


「彼ね、結婚するのよ。他の人と」


「ど、どうしてそんな事になってるの? 美鈴達、一緒に住んでたんじゃないの?」


「うん、最初は上手くいってたんだけどね。彼の方が仕事が忙しくなって、すれ違う事が多くなった頃に彼の友達の彼女の相談に乗る様になったみたいで、その友達が二股かけてるとか心変わりをしたとかで、彼女の相談相手になっている内にお互いどちらとも無く関係を持っちゃったみたいなの。それで、彼女が妊娠してね。責任取りたいから別れてくれって……何が責任よね? 私の方の責任はどうしてくれるのよって話よね」

 淡々と話す美鈴の話に、私はただ絶句するばかりだった。


「美鈴……」


「美緒、私は大丈夫だから。もうそれも一ヶ月前の事なの。もう吹っ切れたから。それで何もかもリセットして一からはじめようと思って……」


「何よ美鈴。一番辛い時に、どうして話してくれなかったの? 私じゃ何もしてあげられないかもしれないけど、話を聞いてあげることぐらいはできたのに……」


「ありがとう、美緒。あの時はね、惨めな自分を誰にも見せたくなかったの。結局は自分でしか乗り越えられない事でしょう? だから、さんざん泣いて、吹っ切ったのよ。これもね、美緒のお陰なの」


「私の? 私は何もしてないじゃない」


「美緒だって、辛い別れを乗り越えてきたでしょう? だから、私も乗り越えなくちゃって……」


「私は……そんな事言ってもらえる様な立派なものじゃないのに……」

 今だってまだ乗り越えていないのに……

 でも、今の美鈴にそれは言えない。


「ううん。美緒の辛かった気持ちはよく分かる。それも自分から別れを言いだすのは、本当に辛かったと思う。そんな辛い中、拓都君をちゃんと育てて……美緒はよく頑張ってるよ」

 違う、違う。私はそんな褒めてもらえる様なものじゃない。

 今だって、拓都が大変だったのに、彼の事で心乱してるし……。


「私、そんな風に言ってもらえる程、頑張ってないから……」


「もう~美緒は……そんなところが美緒らしいんだけどね。それでね、私、絶対あいつより素敵な人と結婚してやろうと思ってるの。だから、美緒も一緒に婚活しよ」

 美鈴は、傷ついた分、対抗意識を燃やす事でぽっかり空いた心の穴を埋めようとしてるんだ。


「婚活って……私、結婚する気無いから……」


「美緒、何言ってるの! もう27歳でしょう? あっという間に30代になっちゃうんだから……」

 

「美鈴、そんなに焦らなくても……まずはこちらで就職しないの?」


「その事なら、ちゃんと考えてるわよ。私、やっぱり初心に戻って、養護教諭を目指そうと思うの。まずは来年の試験を受けるために勉強をしようと思ってるんだけど、それまで遊んでる訳にいかないから、県と市の養護教諭の臨時採用を申し込んできたの。それに、大学の方にも根回ししておこうと思って……そうそう、今度の土日、M大の大学祭なのよ。ゼミの教授に挨拶に行きたいし、付属の学校の採用や臨時の募集なんかも聞いてこようと思ってるの。折り紙サークルの展示も見たいから、一緒に行かない?」

 私は美鈴の話に相槌を打ちながら、これだけ仕事に対して真面目に考えているのなら、もう大丈夫なんだなと安堵した。10年近く付き合ってきた彼と別れたのに、前向きに行動している美鈴を誇らしくさえ思った。

 ……今の私と大違いだ。


「M大の大学祭か……懐かしいね。行ってみようかな? 拓都も一緒に行ってもいい?」

 大学祭なんて、何年振りだろう?

 もう私の知っている人はいないけど、久々に行ってみるのも気分転換になるかもしれない。


「もちろんOKよ。それじゃあ、土曜日の午後でもいい? 時間はまた連絡するわね」

 美鈴の最初の暗い雰囲気はいつの間にか消えていた。彼女も話しながら、吹っ切れたのかもしれない。



 *****


 11月19日金曜日夜7時。広報の2学期2回目の会議の日だ。

 今回も1学期の時と同じように、私は記事の入力作業をしていた。他の人はそれぞれ担当の箇所のレイアウトや写真選びをしている。隣で記事の文章チェックをしていた西森さんが、ニコニコと私に携帯の待ち受け画面を見せた。


「あー、ミッキーと一緒に写真撮れたんだ」

 そうそう、先週末は西森さん家族、ディズニーランドへ行ってたんだった。

 携帯の待ち受け画面には、ミッキーマウスと子供たちが一緒に写っていた。西森さんは嬉しそうに、その時の様子を話しだした。


「西森ちゃん、何々? 私にも見せて」

 他の広報のメンバーが、西森さんの携帯を覗き込む。みんなそれを見て、ディズニーランドの話で一盛り上がりしている。


「ねぇ、ねぇ、私の待ち受けも見て」

 また別のメンバーが自分の携帯をみんなの方へ向けた。そこにはかわいい猫の姿が写されていた。そこにいたメンバー全員にその携帯が回され、またひとしきり「かわいい」と盛り上がると、今度は、携帯の待ち受け自慢が始まった。

 子供の写真、ペットの写真、好きな韓流スターの写真等々……結構みんな待ち受けに思い入れがあるんだなと感心していると、西森さんがニコニコとこちらを向いた。


「美緒ちゃんのは、どんな待ち受けなの?」


「いやぁ~、私のはそんな自慢するような待ち受けじゃないから……」

 確かに思い入れはあるけど、単なる虹の写真だし……。

 

「何々? 気になるじゃないの?」

 私は仕方なく西森さんに携帯の待ち受け画面を見せると、「何だ、拓都君の写真じゃないんだ」とがっかりされてしまった。

 だから、見せるの嫌だったのに……。


「ねぇ、守谷先生の待ち受けの写真って、何だと思う? 私この間、覗いちゃったんだ」

 急にそんな事を言い出したのは、本部役員もしている広報メンバー。いつもは昼の部会議に出ているが、2学期は昼の部に出れなくなったからと、夜の会議の方に出席していた。

 守谷先生の話題に、西森さんが食いつかないはずはなかった。それは、周りのメンバーも同じだけれど。


「わー、何々? もしかして、彼女の写真とか?」


「守谷先生が、誰に見られるか分からない待ち受けを彼女の写真にすると思う?」


「じゃあ、なんだろう? クラスの子どもたちの写真とか? 多すぎて無理か……」


「守谷先生なら、この間の文化祭の時に展示されてた写真みたいな風景写真じゃないの?」


「あー、勘が良いねぇ。そうそう、風景写真だったの。虹の写真だったのよ」

 えっ? 虹の写真?

 周りで「な~んだ」と言う声が飛び交っているけれど、私の心臓はドキドキとスピードを早めた。

 隣の西森さんが驚いた顔をして、私の方を見たけれど、私の意識は虹の写真に飛んでいた。


 あの虹の写真だろうか……。

 そんなはず無いと思いながらも、心が震える。

 それとも……一番考えたくない事だけど、他の誰かとも私と同じように『にじのおうこく』の話をして、虹の写真を交換し合ったとか……それは、嫌だ。

 でも……3年以上たった今でも、彼があの虹の写真を残しているなんて、考えられない。それも待ち受けにしてるなんて……単に変えるのが面倒で、そのままにしていたとか……そんな事はあり得ない。

 でも、もしかすると、私と同じようにあの写真だけは残してくれたのだろうか?

 

「美緒ちゃん」

 西森さんに呼ばれて我に返ると、にやりと笑っている。


「な、なに?」

 何か気付かれてしまったのだろうか……。


「ふふふ、美緒ちゃんって、守谷先生と趣味合うみたいね~折り紙も好きだったし」

 西森さんの好奇心に輝く瞳が怖かった。

 何か、勘ぐってる?


「ぐ、偶然だから」

 こんなに動揺してたら、何かありますって言ってるようなものだと思うのに、どうしようもない。


「分かってるわよ~ちょっと驚いただけよ。でも、いいじゃない? 守谷先生と趣味が合うなんて」

 西森さんはフフフっと意味深に笑って、そんな事を言った。

 ちっともいい事なんてない!


 まだ回りで携帯の待ち受けの話題で盛り上がっていたので、私と西森さんの会話は誰にも聞かれることは無かった。

 

「ねぇ、この間の本部役員とPTA担当の先生達との文化祭の打ち上げの時、池田さんが守谷先生に迫ったんだって?」

 広報委員長が、先ほど守谷先生の話題を披露した本部役員さんに、新たな話題を振った。


「ちょっと、池田さんって、去年離婚したって噂の人でしょう?」

 他のメンバーが口を挟む。


「そうそう、その池田さんよ。彼女独身時代にローカルテレビだけどアナウンサーをしてた事があってね。若く見えるし美人だから自信があるんじゃないのかな? 酔った振りして、守谷先生に携帯番号を教えてくれって迫ってたの。私は独身だから不倫じゃないですよって……」


「若く見えるって、あの人確か34歳のはずだよ。守谷先生よりずっと年上じゃない?」

 西森さんも、守谷先生の噂となれば、口を挟まずにいられないのか。


「そうそう、守谷先生より10歳ぐらい年上だよね。だいたい守谷先生が保護者に対して本気になるはず無いよね。去年のトラウマもあるだろうし……」


「そうだよ。いくら美人だって、独身だって、子供もいるのに守谷先生に迫るなんて、身の程知らずだよね。教師と保護者なんてタブーでしょ。教育委員会に知れたら、怖いよね」

 母親達の辛辣(しんらつ)な噂話に驚きながらも、自分の想いに釘を刺されているようで、胸が痛くなった。

 教師と保護者……私達の今の関係は、乗り越えてはいけない壁があるのだと言われた気がする。

 そして、虹の魔法はその壁に阻まれて、彼の元へは架けられないのだと、心の中に芽生えた彼の虹の写真への期待を、粉々に打ち砕いたのだった。


 

 


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