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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
36/100

#36:重荷を降ろせる場所

随分お待たせしました。

なかなか進まなくて、本当に申し訳ないです。

今回も楽しんで頂けたら嬉しいです。

 日曜日に行われた文化祭の翌日の月曜日は、振り替え休日だった。学童もお休みだったので、どうしようかと思っていたら、パートの仕事は休みを貰っているからと、由香里さんが拓都を預かってくれる事になった。

 

 仕事を終えて拓都を迎えに行くと、「カレーをたくさん作ったから、食べて行かない?」と由香里さんが夕食に誘ってくれた。「旦那は帰りが遅いから、気を使わなくていいわよ」と……。

 お言葉に甘えて夕食をご馳走になる。由香里さんがこんな風に誘ってくれるのは、きっと何か気付いたからに違いない。

 彼女はいつもそうだった。私の様子がおかしいと、さりげなく食事やお茶に誘ってくれて、私が抱え込んでいる重荷を降ろさせてくれる。

 やっぱり今回も何か気付かれてしまったのだろうか? 今朝、拓都を送って来た時、いつものようにふるまったつもりなのに……。


 由香里さんと出会ってから、最初は子育ての話ばかりをしていたっけ……。案外早く、拓都が姉の子供である事は話したけれど、彼の事だけはなかなか話せなかった。言葉にしたら、封印している想いが溢れ出してきそうで、怖かったから。

 でも、ある時、あまりに私の様子がいつもと違ったのか、今日の様に由香里さんは私を夕食に誘ってくれた。

 私は周期的に、彼の事を思い出して、それが止まらなくなって、どっと落ち込む事があった。

 彼を裏切ったという事実が、私の心を傷つけ追い込む。

 学生の彼を巻き込まなくて良かったと、私の不幸な人生に彼を引きこまなくて良かったと、ずーっと自分に言い聞かせていたけれど、彼を想う心が、あの時彼に真実を告げれば、今でも一緒にいられたはずだと、反対に私を責めて来る。

 これで良かったんだと言う肯定の気持ちと、それを後悔する気持ちがスパイラルの様に、私の心をどん底へと降下させる。

 そうなると自分でもなかなか浮上できなくて、周りのみんなには何とか笑顔を貼り付けて対応していたけれど、由香里さんの前ではフッと素の自分が出てしまったのだろう。

 由香里さんは私に言ってくれた。『一人で重荷を背負ってないで、私のところに少し降ろして行きなさい。受け止めてあげるから……』と。

 私は由香里さんの優しさに、今まで封印していた想いを全て解放して、話し出した。一度話し出した想いは、堰を切ったように溢れだし、私は彼女に全てを話していた。彼女は時々相槌を打ちながら、何も言わずに聞いてくれた。そして私が話し終えると『辛かったね』と一言ポツリを言ってくれた。

 それから由香里さんは、ずっと私の心の受け皿になってくれている。


「美緒、又何か抱え込んでるでしょ? また落ち込んだ時の顔してるよ」

 由香里さんは夕食後、子供達がテレビを見る為に離れて行ってから、私を真っ直ぐに見てそう言った。

 落ち込んだ時の顔って……って思ったけれど、私の心を見抜く彼女に勝てない事は分かっている。けれど、昨日の愛先生との会話は誰にも言わないと約束したし……。

 他の事ならこんなにも落ち込みはしないし、落ち込んだとしても復活する力はあるつもりだ。でも、彼の事になると、とたんに弱くなってしまう私がいる。由香里さんに聞いてもらう事で、何とか平静を保っているのだと思う。


「そんな事無いよ」

 私がそう答えながらも、昨日の事を話そうか、どうしようかと逡巡していた時、鞄の中の携帯がメールの着信を告げた。条件反射の様に鞄から携帯を取り出して開くと、送信者の名前を見て指が止まった。


「どうしたの? もしかして、守谷先生から?」

 由香里さんはするどい。しかたなく頷くと、彼女はにやりと笑って「また、写メール?」と訊いて来た。私は小さく息を吐くと、メールを開いた。

 それは、見覚えのある滝の写真だった。

 私がしばらくそのメールに見入っていると、痺れを切らしたようにまた由香里さんが口を開いた。


「どうしたの? 写メールじゃ無かったの?」


「ううん。写メールだった」

 そう答えると、私は携帯を閉じた。


「ふ~ん。なかなかいい感じじゃない?」

 由香里さんは私を見て、ニヤニヤと笑った。

 何がいい感じなのよ! 

 心の中で悪態を付きながら、由香里さんを(にら)むと、からかったせいで(にら)んでると思ったのか、「美緒、素直に喜ばなくちゃ。もしかすると、守谷先生も……」と言いかけたところで、私は首を左右に振って「違う。何もいい感じなんかじゃない!」と、由香里さんの言葉をさえぎった。


「どうしたの? やっぱりなんか変だよ? 守谷先生と何かあったの? 写メールのやり取りするようになったんでしょう?」


「彼の送って来る写メールなんて、何の意味もないの!」

 私は思わずそう言い返していた。その言葉を聞いた由香里さんは一瞬驚いた顔をした後、怪訝な顔で私を見た。


「ねぇ、美緒。美緒はいったい、どうしたいわけ?」


「どうしたいって……」

 私はその質問の意味を計りかねて、由香里さんの問いかけに戸惑ってしまった。


「そうでしょう? 守谷先生の事が好きなくせに、彼女がいるから自分の想いは伝えられないって言ってたのに、急に誕生日のお祝いを言いたいって写メールを送るから、美緒もやっとその気になって一歩進んだのかと思ったのよ。だけど、何? 送って来た写メールが、愛先生も一緒に行った山の写真だったから気に入らないの? それとも、やっぱり彼女がいるかもしれない人に写メールなんて送ってしまった事を後悔してるの?」

 由香里さんの言葉に驚いたけれど、その通りだと思った。

 後悔、なのかな、やっぱり……。

 今更ながら、彼の優しさや誕生日のお祝いの言葉、以前の様に「美緒」と呼ぶ彼の甘い声に、昔に戻ったような気になって浮かれ、何かを期待して、何かを勘違いして、彼に写メールを送ってしまった自分が恨めしい。

 彼は今の彼女と幸せだからこそ、元カノの私の心配までして幸せを願ってくれていると言うのに、イタイ勘違い野郎の私は、二人の間に横恋慕した揚句、今カノを不安にしてしまっているなんて……。


「そうだね。後悔してる。愛先生と幸せな彼に、裏切った私が写メールを送るなんて……なんて恥知らずで図々しい奴なんだろうって……彼があまりに優しいから、ちょっと勘違いしてた。昔に戻ったような気になってたんだと思う。それに、愛先生がいる事、見ないフリしてた。私、横恋慕してるようなもんだものね……」

 私は由香里さんの手前、苦笑いしながら言った。そんな私を、由香里さんは驚いた様な顔をして見ている。


「ちょっと、美緒。どう言う事? 横恋慕なんて……それに、まだ守谷先生と愛先生が付き合ってると決まった訳じゃないし……」


「ううん。二人は付き合ってるよ。キャンプの時もとてもいい雰囲気だったし、愛先生も彼の事を見つめる目が違ってた。それに、千裕さんが言ってたけど、彼は愛先生との事否定しなかったって……」

 それに……二人は写メールのやり取りをしてるし、私の名前と間違えて呼ぶって、きっと二人きりの時の事だろうし……。

 私は心の中で、二人が付き合っている理由を続けながら、胸に苦い物が広がって行くのを感じた。


「そんなの……愛先生が一方的に思ってるだけかもしれないじゃない。それとも、前は付き合っていても、今は別れたかもしれないじゃない?」


「彼が裏切った私にこんなに優しいのは、自分が幸せだからよ。あんなに酷い事したのに、私の事を心配してくれるのも、自分が幸せで心に余裕があるからでしょう? 由香里さんだって言ってたじゃない? 今は自分が幸せだから、前のDVのご主人でも幸せになって欲しいって思うって……」

 由香里さんは自分の言った事を思い出したのか、少しバツの悪い表情をした。それでもすぐに、私を心配気な目で見つめてまた口を開いた。


「ねぇ、美緒。どうしたの? 美緒が言ってる事は分かってた事ばかりでしょう? 昨日、文化祭であの写真を見たから? 彼が送ってくれた写メールが、愛先生も一緒に行った場所の写真だったから? でも、他の人も一緒だったんでしょう? それなのに、今更なぜ? それとも他に何かあったの?」

 やっぱり由香里さんは勘がいい。誰にも言わないと約束したけど、由香里さんにだけはやっぱり聞いて欲しくなった。彼女は口が堅いから、なんて自分に言い訳しながら、私は話し始めた。


「あのね、昨日ね、バザーの後片付けが済んで帰ろうとしていた時に愛先生に声をかけられたの……」

 私は心の中で愛先生に手を合わせながら、昨日の愛先生との会話を由香里さんに話す。由香里さんは驚いた顔をしたけれど、口を挟まずにただ相槌を打って聞いてくれた。そして、最後まで聞き終わると、私を見て少し呆れたように笑った。


「美緒らしいね。愛先生の素直な想いにほだされちゃった?」

 由香里さんの笑いと言葉にムッとなったけれど、由香里さんに話した事で、気分は少しづつ浮上しているような気がする。


「そんな訳じゃないけど……」

 あの時の不安げな愛先生の表情を思い出すと、胸が苦しくなる。それは自分にも覚えがあるから……。

 やっぱりほだされてるのかな?


「それにしても、恋する女性の勘って、(あなど)れないね。愛先生の勘が美緒に行き着くなんて、すごい! と思ってしまったよ。普通だったら、保護者だし、疑わないでしょ? 近くにいる千裕ちゃんでさえ、気づかないのに」

 そう言って由香里さんは又クスクスと笑い出した。

 笑い事じゃないんだけどな……でも、こんな風に笑ってやり過ごしてしまえれば、楽なのかもしれないね。

 由香里さんはいつもこんな風に茶化して、私の悩みを笑い飛ばしてくれる。

 私もつられて笑いながら「千裕さんは、想像もできないだろうね」と返した。


「ねぇ、美緒。今回の事は美緒が責任感じる事は無いんだよ。美緒の事だから、自分が悪いなんて思ってるんだろうけど、悪いのは全て守谷先生だからね! だいたい女性の名前を間違えるって、たいがいよ! その上、付き合っているんだとしたら、そのフォローはしっかりしなきゃ。彼女を不安にしたまま放っておくって、酷いじゃない!」

 さっきまで笑ってたと思ったら、いきなり真面目な顔で彼を糾弾する様な事を言いだした由香里さん。

 相変わらず、彼と愛先生が付き合っている事を認めていない様な口ぶりだし……。

 でも、彼だけのせいじゃない。私もいい気になって浮かれていたのだから……。


「美緒、そんな情けない顔しないの! 美緒は彼を庇いたいかもしれないけど、私は女性として守谷先生を許せないよ。もしも本当に愛先生と付き合ってるなら、元カノの名前と間違えるのもそうだけど、元カノに昔の様に馴れ馴れしく呼びかけたり、写メールを何度も送ってきたりして勘違いさせる事こそ、腹が立つの!」

 由香里さんは言っている内にだんだんと怒りのボルテージが上がって来たのか、怒気を込めて言った。

 それは違う、と思ったけれど、今の由香里さんに何を言っても、聞き入れはしないだろう。

 彼が勘違いさせたんじゃ無くて、私が勝手に勘違いしてるだけ。

 全ては彼が優しいから。私と二人きりになると、昔の雰囲気に戻ってしまうのだと思う。でもそれは、懐かしさゆえの事。何年かぶりかに会った友達とだって、最初はよそよそしくても、話している内に昔に戻った様に話してる事ってあるもの。

 

 それにしても、私の為にこんなに怒ってくれる友達に、改めて感謝の気持ちが込み上げた。いつも私の事を心配して、真剣に考えてくれる年上の親友。彼女と出会えた事は、私にとって人生の宝物かもしれない。


「由香里さん、ありがとう。私の為にそんなに怒ってくれるのは嬉しいけど、血圧上げないでね。大丈夫だから、私は本当に大丈夫だから。私には拓都もいるし……」

 私は、まだ怒り冷めやらぬ由香里さんに、苦笑いしながら感謝の言葉を言った。そんな私に拍子抜けしたのか、彼女の怒りのボルテージは一気に下がり、今度は情けない顔をして「美緒、ごめん。一人興奮して」と反対に謝って来たので、「私の方こそ、ごめんね」と謝ると、お互いに顔を見合わせて、笑いだした。


「ああ、そう言えば……あのね、ウチの陸がね、拓都君にパパ自慢をしてたの。今日、二人の会話を聞いてたら、陸ったら得意になってパパ自慢をしてるのよ。あの調子だといつもしてるかも知れない。それでね、拓都君が『ウチにもパパが来ないかな』なんて言ってるから、びっくりしちゃって……ごめん、美緒。陸には後で言い聞かせるから……本当にごめんね」

 

「ううん、大丈夫だよ。この前皆で森林公園へ行った時にキャッチボールが楽しかったのか、同じような事を言ってたのよ。キャッチボールをしてくれるパパが欲しかったみたいで……だから私がキャッチボールをしてあげるって言ったら、満足してたから……でも、今度は何をしてくれるパパが羨ましかったのかな?」


「あのね、ゲームなの。あの人結構、ゲームが得意みたいでね。子供達がなかなかできない所でも、楽々クリアするから、もう子供達、尊敬のまなざしよ。今日、拓都君とゲームをしながら、一生懸命にパパはゲームがすごく上手いんだって、自分の事の様に自慢してたのよ。でも、拓都君がパパを欲しいみたいに言うから、責任感じちゃって……ごめんね、本当に」

 うなだれる由香里さんに私は、「気にしないで、私もゲームの練習するから」と笑った。


 ゲームと言って思い出すのは、初めてテレビゲームなる物をした時の事。アウトドア好きの彼の部屋に、テレビゲームが置いてあるのを見て、『やっぱり男の子なんだな』って思ってそう言うと、『学童の子供達と仲良くなるのに必須アイテムなんだよ、ゲームは』と、今時の子供達と親しくなろうと思ったら、流行りのゲームぐらい知らないと子供達と会話が成り立たないらしい。やってみると結構面白いよと彼は笑いながら『やってみる?』と訊くので、少し興味のあった私は頷き、早速にゲームをする事になった。

 それは、キャラクター達がゴーカートに乗って競争するゲームだったけれど、ハッキリ言って見るのとやるのは大違いだった。

『美緒って意外と不器用なんだな』

 彼のこの言葉が私の負けん気に火を付けた。それから彼の部屋を訪れる度、私は練習した。そんな私に彼は呆れていたけれど、ついに彼を負かした時には『美緒には参ったよ』と言わせ、私はやっと満足したのだった。

 あの時の様に、今度は拓都の為にゲームの特訓でもするかな。

 私はそんな事を思いながら、懐かしいテレビゲームの記憶に、フフッと笑いが漏れた。


「なあに? 思い出し笑いなんかして……ねっ、それより、美緒は本当に結婚は考えてないの?」

 

「拓都も私も受け入れてくれて、キャッチボールとテレビゲームのできる人だったら、考えようかな?」

 私が笑ってそう答えると、由香里さんはふざけてると思ったのか「もう~真面目に聞いてるんだからね」と拗ねたように言った。


 私自身の結婚と言うより、拓都の父親となってくれる人がいるのならって、この間から少し考えてしまう。そんな私の頭の中は、彼と拓都と私が仲良くテレビゲームをしている姿を想像していた。

 



 

すいません。

お話は何の進展もないですね。

前回予告した大きな事件まで、たどり着く事ができませんでした。

次回は、必ず……

更新が遅れがちですが、どうぞ見捨てないでくださいね。

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