表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

【短編版】モラハラ婚約者は私を夜会の引き立て役に使うつもりでしたが、恥をかいたのは彼の方でした

作者: セトガワ
掲載日:2026/03/12

モラハラ婚約者があまりにも酷いので、やり返すことにした【連載版】

https://ncode.syosetu.com/n6518lx/

設定やキャラクターはそのままで、短編版とは異なるエピソードで描く本編です!

 王都の春は過ごしやすい。


 ——なんて、誰が言った。


 春のはずなのに今日は妙に蒸し暑く、私は馬車の中でひっそりとハンカチを握りしめていた。

 目の前には、婚約者のアレジオ・ブスマン。

 顔立ちは95点のイケメンだが、口を開けば点数が下がる仕様である。


「いいかい、リナリー。今夜の夜会はルイーズ侯爵家主催だ。普段より上の家格の者も多く来る。くれぐれも余計なことはするなよ」


 はいはい。いつものやつね。


「君は僕の婚約者として、後ろで静かに微笑んでいればいい。……まっ、知性は期待していないが、見映えだけは悪くないからね」

「光栄〜ですわー」


 棒読みで返したら、アレジオがわずかに眉をひそめた。

 気に食わないなら、もっと丁寧に侮辱してほしい。

 どうせなら芸術点の高いモラハラにしてくれないかな。

 毎回テンプレすぎて飽きるんだよね。


 私はリナリー・フォルジア。

 貧乏男爵家の娘にして、転生者である。

 数ヶ月前に、死んだリナリーの体に魂を入れられた。

 前世では氷川梨奈、二十五歳。会社員だった。

 オタ活とネット小説と投資を愛する、ごく普通の現代人だった。

 貯金が三百万を超えて浮かれていた翌朝に死んでしまった。

 せめて買い込む予定だった漫画だけでも読ませてほしかった。

 誰か、私の貯金を推しの作家に全額寄付してほしい。


 さて、そんな私が異世界で手にしたのが、神様からのギフト——感謝ポイントだ。

 感謝されればポイントが入る。

 そのポイントで、地球の物を神様コピー版として取り寄せられる。

 便利。かなり便利。

 ただし今夜みたいな夜会では、あまり派手なことはできない。

 異世界貴族の皆さんに「それは何ですの!?」と詰め寄られる未来が見えるからだ。


「女は黙って、ニコニコしていればいい」

「ええ、わかっております。私は花瓶のように、殿方の後ろで静かに咲いておりますわ」

「花瓶ではない。置物だ」

「訂正ありがとうございます」


 どっちも嫌だわ!

 視界に収めないよう、アレジオとは逆の方に顔を向ける。

 馬車が揺れ、やがてルイーズ侯爵邸に到着した。

 大きな門をくぐった瞬間、夜でもわかるほど庭の花々が華やかで、玄関先にはいくつものランプが灯されていた。

 ランプは魔道具だ。

 ザ・金持ちって感じの屋敷だ。

 うちの男爵家が十軒くらい入りそう。


 エスコートを受けて中へ入ると、広間にはすでに多くの貴族が集まっていた。

 音楽隊の演奏、壁沿いに並ぶ果実酒と軽食、談笑する人々。

 貧乏人には圧倒される会場だね……。


「まずは主催者に挨拶だ。口を挟むなよ」


 アレジオはそう言って、私を引き連れて侯爵夫妻のもとへ向かった。

 ルイーズ侯爵は温厚そうな壮年の男性で、侯爵夫人はすらりとした美女だった。

 扇を持つ手元まで完璧に美しい。貧乏令嬢としては、こういう上位貴族の、生きた教本感に見惚れてしまう。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ブスマン家のアレジオでございます。こちらは婚約者のリナリー・フォルジアです」

「ごきげんよう、侯爵様、侯爵夫人様」


 カーテシーをすると、夫人がにこりと微笑んだ。


「まあ、なんて可愛らしい方。フォルジア家のお嬢様でしたのね」

「恐れ入ります」


 そのときだった。

 夫人の後ろを、侍女が慌ただしく横切っていく。

 しかも一人じゃない。飲み物を持った給仕まで妙にせわしない。なんだか空気が慌ただしい。

 私がちらりと視線を流すと、夫人がごくわずかに表情を曇らせた。


「……なにか、あったのですか?」

「いえ、大したことではありませんの。ただ、少し準備に手違いがあって」


 夫人は穏やかに答えたが、その声色には明らかな焦りが混じっていた。

 鈍感なアレジオは何も気づいていない。

 侯爵に自分の家の近況を喋り始めている。

 こういうところ、本当に視野が狭い。

 この男、自分の声しか聞いてないのでは?

 挨拶を終えて少し離れると、私は会場全体を見回した。


 ——あ、そういうこと!?


 まず、飲み物の置かれた卓。結露が少ない。つまり十分に冷えていない。

 次に中央の装花だけど、花弁の端が少しだけ反っている。

 暑さで水分が飛びかけている。

 さらに奥の氷飾りは、表面の輪郭がわずかにだれていた。


 今日は暑い。

 たぶん予定より、会場の温度が上がっている。しかも客が増えて、熱気もこもってるんだ。


「……あー、地獄かも」


 裏方の人、今ごろ大変だろうなぁ。

 現代日本でも、イベント会場って表から見えないところで修羅場だったりするもんね。

 ライブ物販とか即売会とか、段取りひとつ崩れると一気に地獄になるし。


「なにをキョロキョロしている」

「会場が素敵だと思いまして」

「君には過ぎた場所だ。変な真似はするなよ」


 はい頂きました、過ぎた場所。

 便利だよね、その言葉。自分が上に立ってる気になれるもん。

 私は内心でため息をつきつつ、壁際に下がった。

 すると、すぐ近くを若い侍女が通りかかった。

 手には空の銀盆。とにかく顔色が悪い。


「どうしよう、氷が足りないなんて……」

「花もだめだわ、控え室の方なんてもう最悪——」


 小声で交わされた会話が耳に入る。

 なるほど、やっぱり。

 その瞬間、会場の一角でざわめきが起きた。

 どうやら冷製果実酒の一部が、ぬるいまま客に出されてしまったらしい。

 年配の貴族夫人が、給仕に文句をつけている。

 まずいね……。

 こういうの、貴族社会だと『味が悪い』だけじゃ済まない。

 主催の格、もてなしの質、家の管理能力まで全部見られて評価が下がるやつだ。


「ほうほう」


 そこでアレジオが、いかにも出番だと言わんばかりに口元を上げた。

 嫌な予感しかしない。


「どうやら困っているようだね」

「ええ、そうみたいですわ」

「ならば助けて差し上げるとしよう。こういう場で恩を売れば、あとに響く」


 うわ、やっぱり……。

 アレジオはすたすたと夫人のもとへ戻っていった。


「侯爵夫人、もしや準備にお困りですか?」

「え……いえ、その……」

「遠慮なさらず。僕の婚約者はこういう雑事には慣れております。後学のため、使用人まがいのこともしておりますのでね」


 言い方……。

 夫人の眉がわずかに動いた。

 いまの、普通に印象悪いよね。


「リナリー。君、こういう裏方仕事は得意なんだろう? 役に立つところを見せてみたらどうだ」

「まあ、私がですか?」

「そうだよ。君のような家柄の娘は、こういうときに働いてこそ価値がある」


 あーもう、すごい。

 社交界でここまでナチュラルに失点を重ねられるの、ある意味才能だよ。

 『失点のアレジオ』って二つ名授けたい。

 でも私は、そこでふっと微笑んだ。


「承知しましたわ」


 アレジオは少し驚いた顔をした。

 たぶん、私がムッとすると思ったんだろうね。しないよ。だって、こういう時って勝ち筋が見えた時だから。

 私は夫人へ向き直った。


「もし差し支えなければ、状況を見せていただけますか? 完璧とは参りませんが、見栄えを整えるくらいならお力になれるかもしれません」

「本当に?」

「ええ。ただ、いくつか人手をお借りしたいんです」


 夫人はすぐに侍女へ合図を出した。

 私は会場を離れ、控え室と給仕の動線を確認する。

 うん、予想はだいたい当たっていた。

 冷やしておくべき果実酒の一部が、運搬の遅れでぬるくなっていた。

 氷も足りないっぽいし、装花も暑さで弱っている。

 しかも給仕係が慌てて卓を行き来しているせいで、ミスが目立つ。


「全部は無理かな……」


 私は小さく呟き、ウインドウを開いた。

 私にだけ見える、神様仕様の便利画面。


 総ポイント 11240P


 よし、多少は使える。

 検索欄に、必要そうなものを次々と思い浮かべる。


 保冷バッグ 1200P

 保冷剤セット 900P

 スプレーボトル 100P

 吸水クロス三枚組 250P

 小型ハンドファン 1800P

 ヘアクリップセット 180P


 ……うん。これくらいなら許容範囲。

 私は必要なものを選択して、取り寄せた。

 次の瞬間、控え室の隅に、見慣れた現代の品々がぽんぽんと現れる。

 異世界の皆さんには不思議な道具に見えるだろうけど、説明は後回しでいい。

 いまはスピード優先だ。


「皆さん、少しだけ聞いてください」


 侍女と給仕係たちが、一斉にこちらを見る。

 最初は怪訝そうだったが、夫人付きの侍女が「この方に従って」と言ってくれたので、空気が少し変わる。


「全部を立て直す時間はありません。ですので、客人の目に付きやすいところだけ先に整えます。中央卓と、侯爵夫妻に近い席の飲み物を最優先。ぬるいものは一度下げて、冷たいものだけを先に回してください」

「ですが、氷が……」

「代わりにこれを使います」


 私は保冷バッグを広げ、保冷剤を入れて果実酒の瓶を寝かせた。

 これで一気に冷えるわけじゃない。でもいまある中で一番ましに持っていける。


「こちらの花は?」

「茎の切り戻しは無理ですから、霧吹きで花弁と葉にだけ軽く水を。かけすぎは駄目です。表面が生き返れば遠目には保ちます」

「と、遠目……」

「社交の場は遠目が大事です」


 現代イベント現場でも、近くで見たら雑なのに全体だと綺麗って普通にあるからね。

 舞台セットもコスプレ衣装も写真映え重視だし。

 異世界夜会も似たような感じでいける……はず!


 私は吸水クロスで卓の結露やこぼれを素早く拭き取り、花器の位置を微調整した。

 しおれかけている花は見えにくい側へ回し、元気な花を正面に出す。

 崩れたリボンはヘアクリップで裏から仮留め。ハンドファンで最低限の湿気を飛ばして整える。

 そして給仕には、運ぶ順番まで指定した。


「中央から右回りではなく、こちらの列を先に。年配のご婦人方の卓へ冷たいものを優先して届けてください。その後で若い方々へ」

「なぜです?」

「味にうるさい人ほど先に満足させた方が、空気が落ち着くからです」


 給仕係がぱちぱちと目を瞬かせた。

 うん、我ながら嫌な知恵だと思う。

 でもクレーム対応ってそういうところあるんだよね。 

 学生の頃のバイトで経験済みだ。

 作業を始めてしばらくすると、少しずつ空気が変わっていった。

 侍女たちの手が止まらなくなる。

 給仕の足取りも揃ってくる。目に見えて混乱が減っていくのがわかった。

 そのとき、ウインドウの端に文字が浮かんだ。


 チャリーン♪

 感謝ポイント 80P


 おーっ。

 さらに——


 チャリーン♪

 感謝ポイント 120P


 これは地味に嬉しい。

 侍女たちが感謝しだしてくれたのだ。

 働いた分だけ返ってくるの、やっぱりいい制度だよね。

 現代日本にも導入してほしい。


「そちらの瓶、まだ出さないでください。先にこちらを」

「は、はい!」

「花瓶の水が濁っているものは客から見えない位置へ。卓布の皺はこの方向へ伸ばして」


 私はてきぱきと指示を出しながら、会場に戻った。

 中央卓の見栄えはだいぶ戻っている。

 よし、いける!


 そこへ、アレジオが得意げな顔で近づいてきた。


「ずいぶん時間がかかったね〜」

「応急処置ですもの」

「まあいい。夫人には、僕の助言で立て直したと伝えておくから」

「……は?」

「君一人の手柄になるわけがないだろう。婚約者の僕が機会を与え、君を動かしたんだ」


 へぇ。

 そうくるか。

 さすがに言い返してやろうかと思った、そのときだった。


「まあ、そうでしたの?」


 静かな声が割り込んだ。

 振り向くと、そこにはルイーズ侯爵夫人がいた。

 いつの間にか、こちらの会話を聞いていたらしい。


「では、アレジオ様があの道具の使い方や、卓の優先順位をすべてお考えになったのですね?」

「え、ええ……その、概ねは」

「でしたら教えてくださる? なぜ右奥の卓を後回しにして、正面の列を優先なさったのかしら」

「それは……」

「装花の傷んだ花を、なぜ外側ではなく内側へ回したのかも」


 アレジオの口元が引きつった。

 うわぁ、詰められてる。

 夫人、静かな顔してわりと容赦ないかも。

 いいぞ、もっとやれ〜!


「そ、それはもちろん、社交上の配慮で——」

「具体的には?」

「……」


 沈黙。

 アレジオさん?

 大丈夫ですか?(笑)


 その空白だけで、もう十分だった。

 近くにいた数人の貴族が、ちらりとこちらを見たのがわかる。

 私は心の中でそっと合掌した。

 さようなら、アレジオの見栄。

 夫人は小さく息を吐くと、今度は私へ微笑みかけた。


「フォルジア嬢。本当に助かりましたわ。あの短時間でここまで整えてくださるなんて」

「とんでもありません。皆様が動いてくださったおかげです」

「謙遜なさらないで。働いていたのが誰か、ちゃんと見ておりましたもの」


 おお、これはアレジオに効く。

 鼻の穴を膨らませたり、縮めたり、動きが激しい。

 夫人のその一言で、近くの使用人たちが一斉に頭を下げた。


「ありがとうございました、フォルジア様!」

「本当に助かりました……!」


 チャリーン♪

 感謝ポイント 260P

 感謝ポイント 290P

 感謝ポイント 400P


 連続で来た!

 笑いそう。いけないいけない、顔を作れ私。


「皆様が優秀だったからですわ」

「まあ、口までお上手なのね」


 侯爵夫人がくすりと笑う。

 それを見て、周囲の空気も少し和らいだ。

 アレジオだけが、面白くなさそうに歯を食いしばっている。

 でも、まだ終わりじゃなかった。

 しばらくして、整え直された果実酒が卓へ運ばれた。

 先ほど文句を言っていた貴族夫人が口をつけ、満足げにうなずく。


「今度は、きちんと冷えているわね」

「お気に召していただけて何よりです」


 侯爵夫人が応じる。その一連の流れを見て、周囲の緊張がほどけていく。

 夜会は完全に持ち直した。

 私は壁際へ下がろうとした。

 するとアレジオが低い声で囁いた。


「しゃしゃり出るなと言ったはずだ……!」

「お困りのようでしたので」

「僕より目立ってどうするつもりだ」

「目立つ予定はありませんでしたわ。けれど、立っているだけでは片付かなかったものですから」


 そう返すと、アレジオのこめかみがぴくりと動いた。

 でもここで怒鳴れないのが社交界。

 ざまぁである。

 さらに追い打ちのように、ルイーズ侯爵がこちらへやってきた。


「フォルジア嬢」

「はい」

「今夜は世話になった。礼を言おう。見事な機転だった」


 侯爵がわざわざ、お礼にきてくれた。


 チャリーン♪

 感謝ポイント 1500P


 桁違いに多い。

 当事者なので、感謝が特に大きいのだろう。

 

「恐れ入りますわ」

「君のように、場を見て静かに動ける者は貴重だ。若いのに大したものだな」


 褒められるのは嬉しい。

 嬉しいけど、隣のアレジオの空気が真冬なんですが。

 気温下がった? 魔法? ただの圧かな。

 侯爵はアレジオにも視線を向けた。


「婚約者を見る目は、あるようだ」

「……は、はは。ありがとうございます……」


 違う。

 それ、たぶん褒められてないやつ!


 夜会が終わるまで、私は何度か侯爵夫人や使用人たちに礼を言われた。

 一方のアレジオは、最初こそ得意げにしていたものの、後半は妙に無口だった。

 社交の輪に入ろうとしても、なんとなく空気が薄い。

 そりゃそうだよ。

 さっきのやり取り、見ていた人は見ていたろうし。


 帰りの馬車に乗り込んだ瞬間、沈黙が落ちた。

 嫌なやつ来るなぁ……と思った次の瞬間には、案の定だった。


「……余計なことをしてくれたな」


 ほら来た。


「余計、ですか?」

「そうだ。僕が助力を申し出た場で、単独で前に出た。そのせいで僕が無能に見えただろうが」

「見えた、ではなく」

「なんだって?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 危ない危ない。

 つい本音が出かけた。

 アレジオはさらに続ける。


「だいたい、君のような家の娘が目立っていい場ではないんだ。身の程を弁えろ。僕がいなければ、あの夜会に入ることすらできなかったくせに」

「ええ、それはそうですわね」

「なら感謝すべきだ。婚約者の功績は、婚約者たる僕の功績でもあるのだから」


 すごい理論。

 もはや感心するレベルだ。

 この人、私が命かけて世界救っても手柄を余裕で持っていきそう。

 私は少しだけ視線を落とし、自分の膝の上で指を組んだ。

 ここで喧嘩しても私にいいことがない。

 立場的にも私はかなり弱い。

 フォルジア男爵家は、ブスマン伯爵家に経済支援してもらっている立場だから。

 ただ、やられっぱなしは、ね。


「……そうですわね」


 にこりと微笑む。


「では、今夜の失態も半分はアレジオ様のものになりますわね」

「は?」

「婚約者の功績は貴方の功績なのでしょう? ならば、婚約者の失敗もまた然りでは?」

「君は失敗していないだろう!」

「私はそう思っておりますけれど、先ほど貴方は『僕が無能に見えた』と仰いましたわ。つまり無能に見えたのは事実なのですね」


 アレジオが口を開き、閉じた。

 よし、刺さった。


「……屁理屈だ」

「社交界では理屈が大事だと、いつも教えてくださるのはアレジオ様ですのに」

「君……ッ」


 馬車の中で、アレジオは顔を赤くしていた。

 怒りと恥とで、たぶんいま人生で一番みっともない表情をしている。

 鏡があったら見せてあげたいくらいだ。

 そのとき、馬車がブスマンの屋敷の前で止まった。


 降りると、ちょうど家の者が慌てて門の方へ走ってくるのが見えた。

 こんな時間に何事だろうと思ったら、使用人の一人が目を丸くした。


「お坊ちゃま! 先ほどルイーズ侯爵家から使者が……!」

「なに?」

「お礼状と贈り物を預かっております!」

「ほう」


 こんなに早く届くもの?

 夜会の最中に、すでに使いを出していたのかもしれない。

 玄関に入ると、確かに小さな箱と封筒が届いていた。

 アレジオの両親も驚いた顔でこちらを見ている。


「おいアレジオ、これはなんだ? リナリー宛てだぞ……」

「まあ……!」


 父と母がざわつく。

 アレジオの顔色が、見る見るうちに悪くなっていった。


「失礼します」


 私は封を切り、中の便箋を広げた。


『今夜は助力を賜り、誠にありがとうございました。あなたの落ち着きと機転に、夫婦ともども感心いたしました。ささやかではありますが、感謝の品をお受け取りください。

 ——ルイーズ侯爵夫人』


 わー。

 本当に私個人宛てだ。 

 もうアレジオのアすらない。


 箱を開けると、上質なレースのハンカチと、小さな香油瓶が入っていた。

 高そう。

 貧乏なうちじゃ買えないやつ。


「まずはよくやったなリナリー。侯爵からの高評価は、間接的にうちにも効果がある。だがアレジオ……」


 伯爵が息子を睨みつける。

 その横で固まっているアレジオの絶望顔がちょっと面白いけど、私はニヨニヨするのを我慢する。


「なぜ、リナリーだけなのだ? お前はなにをしに夜会にいったのだ?」

「ち、父上、これには深い事情が……」


 私は便箋を丁寧に畳み、にっこり微笑んだ。


「私、置物のつもりで参りましたのに。不思議ですわね」

「……ッォ!」


 アレジオの喉が引きつる。

 その顔を見て、私はさらに一歩だけ近づいた。


「安心してくださいませ、アレジオ様」

「な、なにがだ……」

「人の記憶なんて、すぐに消え去ります。今夜、皆様に役立たずだと思われたって、そんなの一時のことですよ」


 しん、と場が静まった。


 母が驚きで口元を押さえ、伯爵が青筋を浮かべる。

 アレジオは耳まで真っ赤にしていた。

 でも怒鳴れない。 

 ここで叫んでも惨めになるだけだからだ。

 便せんがある以上、私だけが評価されたのは揺るぎない事実。

 私は心の中でガッツポーズを決めた。

 婚約破棄はまだできない。

 家の事情もあるし、簡単にはいかない。

 けれど——やられっぱなしでいてあげる義理もないんだよね!


 ウインドウがふわりと開く。


 チャリーン♪

 感謝ポイント 420P

 感謝ポイント 400P

 感謝ポイント 550P


 えっと?

 誰の感謝だろう。

 ブスマンの両親ではない。

 ……わかった。 

 いま、このやり取りを聞いているこの家の執事やメイドたちからだ。

 アレジオ、嫌われてるねぇ……。


 うん。今夜の出費もある程度回収できたかな。

 神様、ありがとうございます。

 できれば次は『対モラハラ精神安定ポイント』とかも欲しいです!


 アレジオは最後まで何か言いたげだったが、結局なにも言えず、伯爵に怒鳴られまくっていた。


「人の顔に泥を塗るな! わかっているのか放蕩息子め!?」

「ひぃぃ…………」

 

 私は優雅に一礼して、踵を返す。

 目に涙を作るアレジオを横目で確認してから、玄関のドアを開いた。


「……さて」


 それは綺麗な満月を見上げる。

 残念ながら、婚約はまだ続く。

 アレジオもきっと懲りない。

 むしろ今日のことで、余計に面白くなく思うだろう。

 でもいい。

 今日わかった。


 この世界でも、ちゃんと戦える。

 前世知識も、感謝ポイントも、私の頭も手も、全部使えばいいのだ。

 にやけそうになる口元を、私はハンカチでそっと隠した。


「次も負けないからね、アレジオ」


 上品に微笑みながら、心の中だけで宣戦布告しておく。

 どうせなら次は、もっと派手に。

 もっと綺麗に。

 もっとぐうの音も出ないくらい、やり返してあげようじゃないの!


モラハラ婚約者があまりにも酷いので、やり返すことにした【連載版】


https://ncode.syosetu.com/n6518lx/


設定やキャラクターはそのままに、短編版とは異なる展開で描く本編です。

短編以上にスカッとする展開を用意しています。

よろしければお越しください!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
伯爵に「放蕩息子」と怒鳴られてるところを見るに、アレジオはこれまでもやらかしてて、同世代とその親に知られてるので婚約者が貧乏男爵家のリナリーしか出来なかったんであろうな、と予想
痛快w(*´艸`*)♪ 必殺!モラハラカウンター!!!
タイトルからすでに痛快ですが、読者がいちばん見たい“やり返し”の快感に一直線で向かっていそうなのがとても良いです。婚約者からの見下しやモラハラという不快感の強い状況を、ただ耐えるのではなく、夜会という…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ