第9章 私が選ばれた理由(クリスタル視点)
騎士に任命されるのだと思って登城してみると、何故か王宮のサロンに案内された。
中に入ると、そこには国王夫妻と王太子殿下だけでなく、私の両親であるスイショーグ辺境伯夫妻とグルリッジ公爵夫妻までいたので、私は瞠目してその場に棒立ちになった。
その後、王族を始めとする錚々(そうそう)たるメンバーに囲まれて、依頼という名のほとんど命令に近い要請をされ、さすがに腹が立たった。
ルビア様の護衛騎士にしてやるなどという餌をチラつかせて呼びつけたが、本当の目的はこっちだったのだろう。
学生の振りをしながらの護衛だって相当厳しいのに、さらに公子の面倒を見ろだなんて、そんなこと無理に決まっているのだから。
最初から私を騎士として士官させるつもりなどなかったのだろう。そう考えるのが妥当だ。
ふん。舐められたものね。
まあたかだか辺境伯の娘だし、しかもその親からも見捨てられたような人間なのだから、それも当然なのかもしれない。
けれど私の人脈の広さについては、愚かで世間知らずな我が親ならともかく、王家の皆様はよくご存じのはずなのに、何故こうも軽んじられるのか。正直よく理解できなかった。
それに私がこの国に戻りたがっていると思っていることにも呆れたわ。
そもそも私はルビア様との約束がなければ、隣国で仕官することも可能だったのだ。何せ座学も実技も学年一の成績を納めていて、首席で卒業予定なのだから。すぐに引き返そうと思った。
「生憎ですが私は不器用ですので、大切なルビア様の護衛をしながら、公子様のお世話もこなすという特殊能力は持ち合わせておりません。
かといってどちらかを選択しろと言われてもできかねますので、この際両方ともお断りさせて頂きます」
私が丁寧に断ると、その場にいた全員が慌てた。特にブルーノ王太子が。
「クリスタル、君はルビアとの約束を破りつもりなのか!」
「破りたくはありませんが、たとえ私がルビア様の護衛騎士になったとしても、中途半端な護衛となって到底お守りすることはできそうにないので、ご辞退した方が良いと思います」
「ルビアには君以外の護衛も付けるから心配はない」
「それなら初めから私など必要ないではないですか!
最初から公子様の件で私を呼び戻されたのでしょう? 馬鹿にしないでください。
私は留学先に戻ります。そしてあちらの国で騎士になります」
私がこう言うと、両親は不敬な発言をするなと怒った。両親はとにかく王家に対する忠誠心が強い。
辺境伯という地位にあるからかも知れないが、父は国王陛下の学院時代からの親友だ。しかも母の妹は陛下の元に嫁いだ王妃殿下なので王家とは姻戚関係になる。おそらくそのせいもあるのだろう。
ちなみにグルリッジ公爵も陛下や父の友人で、学生時代は金銀銅トリオと呼ばれる人気者だったらしい。
金銀銅とは彼らの髪の色だ。金はグルリッジ公爵、銀は陛下、銅は父だ。
そして母親と王妃殿下の髪色は淡い茶色だ。
ちなみに私とブルーノ王太子がそれぞれの両親と違う黒髪なのは、母親達の実家であるコックヨーク侯爵家の色を受け継いだからだ。
それにしても私が不敬だと? ふん! そんなのは当然でしょ。
私は、辺境伯だというのにほとんど王都で暮らす両親から、ずっと放置されて辺境の地で育った。
叔母でもある王妃殿下や従姉の王女殿下はともかく、王家そのものに対して強い忠誠心など持つわけがないじゃないの。
いや、王家だけでなく王都やこの国にもそれほど愛着はない。むしろ嫌な思い出の方が多いくらいだ。
大体、四人兄弟の末っ子の私は、両親からはいない者のように扱われて育った。たまに顔を合わせると、お前みたいなみっともないやつは我が家に不要だ。将来は好きにしろ!と一族の前でよく罵られたものだ。
今さらそんな両親の命令に従う義務などありはしない。好きにさせてもらうわよ。
私はジロリと父親を睨みつけてこう言ってやった。
「不敬だからなんだというのです?
スイショーグ家の恥だというのなら、さっさと縁切りでもなんでもしてください。私は構いませんよ。
隣国は進歩的でしてね、実力さえあれば外国人だろうと平民だと雇ってくれるのです。そして女性でもね。
言い換えれば、たまたまその家に生まれたってだけで、まともに訓練もせずに弟や息子達にその役目を押し付けて、当主面しているようなエセ辺境伯など、あちらには存在しないのですよ。
私の言っている意味がわかりますか?
もし今戦さが起きたら辺境の我が城はすぐに陥落するでしょう。いくら優秀な騎士が揃っていても、指揮官が不在では勝ち目はないですからね。
そうなれば王都だって安全な地ではありません。ですから私は、そんな国からはさっさと逃げ出したいのですよ」
「「「!!!!!」」」
サロンの中は一種のパニック状態に陥った。
父は喚き散らし、母は大声で泣き出し、グルリッジ公爵は呆然とし、国王はオロオロし、グルリッジ公爵夫人と王妃は真っ青になっていた。
そしてブルーノ王太子にいたっては私の前で跪き、両手を組んで懇願のポーズをとっていた。
そんな殿下を私は睥睨した。
留学する前の私は何も知らない子供だった。人の悪意も裏も読めない純朴な野生児だった。
しかし四年もの間他国で一人暮らしをしてきたのだ。少しは世間を知って擦れたし、人の心の機微もわかるようになった。
だから、この一見すると聖人君子のような従兄の腹黒さも、今ならよくわかるのだ。
いや、私に対する悪意は以前から感じてはいたのだが、まさかこれ程までだとは思わなかった。
貴方は自分の最愛を守るためなら何でもする男だわ。貴方はそのためにエルリック公子様を利用したのでしょう?
しかしそのせいで彼は壊れて使いものにならなくなった。それで慌てているのよね?
あと一年で三人は学園を卒業し、ルビア嬢は結婚準備のために城に上がる。
そうすればもうエルリック様を、ご令嬢方からの防波堤にする必要もなくなって、今度は自分の優秀な補佐役としてその役目に集中してもらわなければならない。
それなのに、側近になることが確定していたエルリック様は、二か月ほど前に腑抜けになってしまったというのだ。
彼は文武両道、才色兼備、眉目秀麗……いや、そんな言葉が陳腐だと思えるほど、その存在自体がまるで流麗で優雅な人間離れした人物だった。
幼少期は天使、成長してからはまるで女神かと見紛う神秘的な美貌の持ち主だった。しかしその体は、鍛え抜かれた痩せマッチョで傷だらけだ、ということを私は知っていたけれど。
彼ほど貴重な人材は他にいない。どうにか復活させなければと、彼の家族や王太子だけでなく、国の上層部はその対処に大わらわになったという。そして色々試みたがどれも上手くいかず、最後の手段として私に白羽の矢が立ったらしい。