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第8章 お茶会という名の女性達の同志会(クリスタル視点)


 エルリック様は私を王宮のサロンまでエスコートしてくれた後、ブロード卿に稽古をつけてもらってくると言って離れて行った。

 ブロード卿とは私の三番目の兄で、近衛騎士をしている。四か月前から私や従兄達と共にエルリック様を鍛えてくれているので、二人は今では子弟関係のような間柄だ。

 この兄と私達は二つしか年が違わないけれど、上の二人の兄同様に体力オバケなので、エルリック様は正しく師匠のように畏敬の念を持って接しているのだ。


 こじんまりした王妃殿下専用のサロンの中には、すでに王妃殿下やルビア様、そして結婚されて臣籍降下されている元王女様方が揃っていた。


「遅くなりまして申し訳ありません」


 カーテシーをしながら謝罪をすると


「あら、約束通りの時間よ、問題ないわ。私達がたまたま早めに集まったから、先に始めていただけだから。

 それより体調はどう? 無理はしていないわよね?」


 眉を下げて心配そうに私の顔を見ながらそう訊ねてきた王妃殿下に、私は安心させるように微笑んだ。


「ご心配をおかけしました。一日半も休ませてもらったので、すっかり元気になりました」


「そんなことを言ってまた無理をしたら駄目よ。貴女が倒れたら、悲しむ人が大勢いるのだから。今回のことで貴女もそのことに少しは気付いたのではなくて?」


 王妃殿下の慈しむような目を見て、心が温まる思いがした。子供の頃から私を真の意味で愛してくれていた大人は叔母である王妃殿下だけだったと、改めて思い出した。

 そして今はその叔母以外の人々の優しさにも気付けている。兄や従姉の王女、そしてルビア様やエルリック様以外にも、グルリッジ公爵夫妻や公爵家の皆さん、母方の伯父一家だって私が手を伸ばせばきっと助けてくれるだろう。だからこそ、無理をするのはもう止めようと夕べベッドの中で思った。

 この国を去る前に何かをやり遂げて結果を残して去ろうと意地になっていたけれど、そのために心優しい人々を傷付けたのでは何の意味もないもの。だから、私は妃殿下の言葉に素直に頷いたのだった。


「ねえ、クリス。もうそろそろパルルやシャンディア、そしてルビア嬢にも、あの日の会合の内容について教えてもいいのではないかしら。

 貴女の意向を聞かないうちに私が勝手に話してはいけないと思って、まだ何も伝えていなかったのだけれど、ルビア嬢がもう我慢の限界なのですって。貴女の手助けをすることができなくて」


「あらお母様、それは私達も同じだわ。これまでもクリスは少しも私達を頼ってくれないから、すごく寂しい思いをしてきたのよ」


「特にパルルお姉様は最愛の旦那様を紹介してもらった恩があるから余計歯痒い思いをしているのよね」


 シャンディア様が姉をからかうようにクスクス笑いながら言った。

 実は第一王女だったパルル様は二月ほど前に結婚式を挙げて、子供のいなかった王弟である公爵様の後継者となった。そしてそのお相手が、私の友人で、留学先のオイルスト帝国の第三皇子であるマリウス様だったのだ。


 大国の皇子と縁を結べたことに、王家を始めとして国の重鎮達は諸手を挙げて歓迎した。

 ああそうか。私にエルリック様との婚約の解消を要求してきたご令嬢達が何故全員下位の貴族令嬢ばかりだったのか、その理由にようやく思い至った。

 高位貴族は皆、結婚式に参列していたから知っているのだ。エルリック様の婚約者(仮)であるオイルスト帝国の伯爵令嬢である私が、第三皇子であるマリウス様の友人であることを。何せ結婚式に招待されて、お二人からはかなり親しげに話しかけられていたから。

 あれって、私のためにわざと仲良しアピールしてくれていたのね。私が留学生としてこの国で肩身が狭くならないよう。そしてエルリック様の婚約者として恥ずかしくない令嬢なのだと周りに知らしめるために。


 私の両親は何故私が帝国の皇子と知り合いなのかと驚愕していた。しかし私達は無関係だという設定だったので、彼らは聞くに聞けなくてそわそわとしていた。

 そんなに知りたいのなら兄達にでも聞けばよかったのに、息子と娘が連絡を取り合うくらいに仲が良いことさえ知らなかったのだろう。四人も作ったくせに、まともに子供とは接してこなかったのだから、それもまあ当然のことかもしれないけれど。

 それはともかく、道理で学園に入学後、高位貴族の令嬢からの嫌がらせがなかったわけだわ。いや、それどころか、積極的に話しかけてくれたおかげですぐにご令嬢とも親しくなれたわ。

 私って本当に鈍いわ。これって幼い頃から悪意に晒され続けて、無意識に他人の感情に気付かない振りをしてきた影響かしら。これはまずいわ。人の善意にまで気付かなくなったら人として最低じゃないの。

 近いうちに感謝の言葉を伝えないといけないわ。特にパルル様には。だって子供の頃から可愛がってもらっていたもの。それにそもそも結婚のことだって私が仲介したというより、親友というか好敵手だったマリウス様に頼まれて紹介しただけ。実際のところ大したことは本当に何もしていないのだ。

 まあ王女に悪口を吹き込まなかっただけでも感謝している、と彼には言われたけれどね。


「帰国した貴女を招聘したあの日から、この国は大きく変わったのよ。今はまだ気付いている人はそう多くはないけれど。

 だから貴女には深く感謝しているの。これまで私達女性がいくら声を上げても何も変えられなかったから」


 王妃殿下の言葉を私は否定した。


「私の両親はともかく、陛下や王太子殿下が以前とは変わられたというのなら、それは私というより妃殿下やグルリッジ公爵夫人のお言葉の影響の方が大きかったと思います。

 お二人の、女性として、母としての想いや覚悟には破壊力がありましたから」


「そうだったかしら」


「ええ、特に王妃殿下が吐き捨てるようおっしゃったお言葉に、陛下と王太子殿下は真っ青になって震えておられましたよ」


 それは大袈裟ではなく事実だった。だって王妃殿下はお二人を脅したようなものだったから。何故か鈍い私だけがそのことに気付いたみたいだけれど。


「あら、この国がいずれ消滅するかも知れないと言ったクリスの言葉の方が、よっぽどインパクトがあったと私は思うわよ」


 扇で口元を隠しながら王妃殿下は鷹揚に微笑んだが、私達二人の会話に三人がぎょっとしていた。そして、それまでずっと黙っていたルビア様が勢いよくこう言った。


「ずるいですわ。お二人だけがそんな重要な秘密を共有しているなんて。私達は同じ志を持った同志だというのに。その四か月前の会合で何が話し合われたのか、是非私達にも聞かせて下さいませ」


「「そうよ、そうよ」」


 

 ルビア様の言葉に残り二人も前屈みの態勢になってそれに同調した。


「クリス、同志三人がこう言っているけれど、どうする?

 実のところ、本当は貴女の本音を聞きたいと私もずっと思っていたのよね。あの場で発言したことって、全部が全部本当の気持ちではないでしょう? というより半分は建前でしょ。

 私は可愛い姪の貴女の正直な気持ちが知りたいわ。だって、貴女の幸せを心の底から祈っているのだもの。本当のことを今話さないと、貴女が大切に思っているルビア嬢やエルリック公子も不幸になるわよ」


 思いもよらない言葉に絶句していると、王妃殿下はこう言葉を続けた。


「大丈夫。貴女だけでなく、私も自分の秘密を明かす覚悟をしているから。本当はね、この秘密を私は墓場まで持っていく気でいたのよ。けれど、どうやらクリスがおおよその見当を付けてしまったみたいだから、一人にだけ重荷を背負わせるのも酷だと思うの。だからこの際、ここに居る私が愛する四人の娘達にも共有してもらうことにしたの。

 聞いた後で後悔しても遅いけれど、それでも貴方達は聞きたいのかしら?」


 そう聞かれた三人は迷うことなく頷いた。


「ここまで来たら私達は一蓮托生よ。聞かずに一生後悔し続けるなら、聞いて他の仲間達とその辛さをそれこそ共有できた方がずっといいに決まっているわ」


 パルル様のこの言葉に、私もシャンディア様やルビア様と共に強く頷いた。そしてこう思ったわ。 


 そうか。ここにいる方々は皆本当に私のことを心配して、私の気持ちを知りたい、寄り添いたいと思ってくださっているのだわ。しかもそのために、王妃殿下は現王家の闇まで明らかにしようとなさっている。 

 私は大きな深呼吸を一つした後で、四か月前の会合のこと、そして、自分のこれまでの過去について語り出したのだった。



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