第72章 幸せな結婚(エルリック視点)
僕達はストーンキャスト王国の次期グルリッジ公爵夫妻だ。
母国の代表として、オイルスト王国、並びに周辺国家の将来有望な若者達と交流を持とうと留学してきた。
それなのにオイルスト王国が僕達を自国に取り込もうとする動きを見せてきた。
少し頑張り過ぎたかなぁ。
クリスのおかげで引きこもりから脱却した後も、彼女に相応しい男になりたくて、ずっと厳しい鍛錬を自分に課してきた。
今ではクリスを上回る剣の腕になった。
そのおかげというか、せいというか、危険な目に遭っている人を見ると騎士でもないのに、勝手に身体が動くようになっていた。
無意識に人助けなどをして新聞に載ることも度々あった。
そういえばクリスと参加した王城の夜会で、忍び込んだ他国の暗殺者から、二人で王族を守ったこともあったしな。
危ない、危ない。自重しないと。
わだかまりを残さず穏便に帰国したい。
結婚式の日取りはもう決まっているのだ。今度こそ本当の結婚式を挙げるのだから、絶対に邪魔をされたくない。
半年前に一足早く帰国していたルビア嬢に手紙を出した。
すると、すぐに返事が届いた。
「私は、私のお腹の子と二人の子を同級生にして、今度こそ同じ学園で学ばせたいのよ。
だから、ぜひ子作りに励んで下さいね! 今すぐ妊娠したとしてもあのドレスを着るのに差し障りは出ないから問題ないでしょ!」
一見すると相談事の返事になっていないようだが、ずばり解決方法が指し示されていた。
妊娠した騎士に無理矢理仕事を続けさせようとはしないだろう。この進んだ国でも、騎士団にはまだ産休制度はないのだから。
「そうか。もう、結婚式の日取りが決まっているのだから、避妊しなくてもいいんだな。
子供を利用するのは嫌だと思ったが、元々子供が欲しかったんだからそんなことを気にする必要なんてなかったな」
「私の頭の中では、もう何度も貴方そっくりの可愛い赤ちゃんを授かって、抱っこしているのよ。早く本当に抱っこしたいわ」
あの三年前の初夜から、本当はずっとエルリック様との赤ちゃんが欲しかった、と言ったクリスが愛おしくて堪らなくなった。
だから、あの日何度も彼女を抱いたのだ。
そのおかげで、天から宝物を授かることができたのだ。
無事に帰国して二人で王宮に出向くと、王太子夫妻が笑顔で歓迎してくれた。
「もし、私の大切な従妹と親友が帰国するのを阻むようだったら、我が国最強の辺境騎士団を迎えに行かせるところだったよ」
珍しくブルーノ殿下が冗談を言ったと思ったら
「彼は本気で言ってるのよ」とルビア王太子妃がくすくす笑いながら言った。そして真顔になって
「この国の至宝を二つも奪われたらたまったものじゃないもの」
と言った。すると、王太子殿下が
「ルビアのことも奪われるのではないかと、心配で心配で胃に穴があいたんだ」
「まあ! それは知らなかったわ」
「人には知られないようにしていたからな。君の同情を買うようで嫌だった。君の自由を奪った罰だと思ったし。
まさか予定よりずっと早く戻ってきてくれるとは予想だにしなかったよ。私にとっては僥倖だったが。
しかも結婚してくれると言ってもらえるなんて思いもしなかったから……」
「嫌ね。また泣き出したわ。私が帰国した日の話になるとすぐ泣くのよ。王太子ともあろう方が。というか、半年後には父親になるというのに」
ルビア王太子妃は呆れたように、彼の顔をハンカチで拭いながら言った。しかし、彼の気持ちはよくわかる。
楽しそうな彼女の留学生活を耳にして、彼は結婚を半ば諦めていたようだがら。
手紙にはそんな愚痴は一切書かれておらず、彼が進めている政策に対する意見や感想を求めてくるものだった。
けれど、行間には彼女への熱い思いが見え隠れしていたから。
でも、留学が一年過ぎた頃、ルビア嬢の様子が変化してきたことに薄々気付いていた。
学問に対しての関心は変わらなかったが、彼女に声をかけて来る男性達にうんざりしていたのだ。
「私がフリーならばまだわかるわ。でも今は仮にも、ストーンキャスト王国の王太子の婚約者なのよ。
それなのに平気でお茶しない? とかデートしようとか言ってくるのって何なの?
「婚約者はこの国にいないならいいじゃない。どうせ政略結婚なんでしょ! 独身時代くらい遊んだって問題ないよ」
って宣ったのよ。信じられないわ。問題有り有りじゃない。
婚約者持ちの人から誘われたこともあったし。
仮に真実の愛を貫くために一緒に逃げよう、というのなら、お断りだけど理解できるわよ。気持ちだけならね。
でもそんな気もなくて、ただ遊ぼうだなんてふざけているわ。
自由恋愛の国で、倫理観に問題がある人も多いとクリスには教えられていたけど、ここまでとは思わなかった。
呆れを通り越して軽蔑するわ。女性に対する思いが軽過ぎるわ。
何が進歩的で女性の権利を守っている国よ。私は絶対にこの国の男性とは結婚しない」
ブルーノ殿下の重い愛しか知らないルビア嬢からすれば、そう思うのが自然だろうと僕は思った。
王妃殿下が彼女の留学をあっさりと認めたのも、こうなる事を予想していたのかもしれないな、何となくそんな気がした。
彼女は次第に個人的な付き合いをしなくなった。人々と交流する時は必ず僕やクリスが同行させていた。
そして休みの日は一心不乱に勉強をし、予定より一年半も早く卒業資格を取得して、一人で先に帰国したのだ。
帰国の挨拶をしに王宮へ行った際に、ルビア嬢はにっこりと笑って婚約者にこう言ったという。
「ただ今戻りました。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
早速ですが、結婚式の日取りはいつに致しましょうか? 私としてはできるだけ早い方がいいですわ」
と。
そして彼女が帰国してからわずか一週間後、僕とクリスは一通の手紙を受け取ったのだ。
「やっぱり、自分だけを一途に愛してくださる方と結婚するのが一番幸せになれると、ようやく気付きました。
結婚式には絶対に二人揃って出席して下さいね」
それを読んだクリスはうんうんと頷いていたのだった。
そして、この幼なじみのカップルから三か月遅れて、いよいよ僕もクリスとの結婚式を迎えたというわけだ。
怒る義兄達に長々とこれまでの経緯を説明して、ようやく彼らの怒りを収めた僕だった。
まあ、クリスのおめでたは彼らにとっても最高の喜びだったみたいだし。
世界一美しくて、優しい、それでいて強く逞しいクリス。
その愛しい妻が父親代わりの兄と共に、真っ赤なヴァージンロードをこちらに向かって歩いて来る。それを僕は今、祭壇の前で静かに待っている。
ここに至るまでは波乱万丈だった。
しかし、たくさんの優しい人々のおかげで、この幸せな日を迎えられたのだ。
その感謝の気持ちを忘れずに、これからも二人、いや、三人で歩んで行こうと、天窓から見える澄み切った青空に誓ったのだった。
これで完結となります。
これまでお付き合いして頂きありがとうございました。
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誤字脱字報告も助かりました。
感想も嬉しかったのですが、皆様のご期待に応えるざまぁができないとわかっていたため、どう返信したらいいかわからず、そのままになってしまいました。申し訳ありませんでした。




