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第71章 留学先での二人(エルリック視点)


 ようやく長年待ち望んでいた日を迎えた。

規模を大分縮小し、豪華絢爛さよりも落ち着いた趣きが前面に押し出された神殿に立ち、感慨深く見上げて思った。

 お金に塗れた神官達が一掃され、その後無駄な装飾品は全て売り払われ、本当に必要な経費に回されたのだ。

 派手なことを望む者達は披露宴の方に力を入れるようになり、神殿は神聖な祈りと誓いの場としての本来の姿を取り戻した。


 純白だけでなく、クリームイエロー、ナチュラルピンク、ブルーグレー、そしてゴールドなどの色とりどりの真珠が見事に配置されたウェディングドレスは、目が眩むほど美しかった。

 そして、ガーベラの刺繍が施されたロングベールはまるでオーロラのように波打っていた。

 長身ですらっとした引き締まった体のクリスだからこそ似合うのだ。

 彼女以外の女性が着たら、ドレスに着られている感じなってしまうことだろう。


 このドレスは義兄達の愛が溢れるほど詰まっている。そのおかげなのか、このドレスは関係者に幸せをもたらせ、周辺からは幸運を呼ぶドレスを呼ばれている。

 なにせ、ドイル義兄上はこのドレスをデザインしたデザイナーの伯爵令嬢と昨年結婚し、すでに女児が生まれている。


 そしてガイル義兄上は、貴重な真珠を入手する際に色々と口利きをしてくれたり、相談に乗ってくれたご令嬢と二年前に結婚して、双子の男子を授かっているのだ。

 その現在辺境伯夫人となった女性は、東の海の島国の海運王と呼ばれる侯爵家の元ご令嬢。クリスの留学先でできた友人だ。

 そう。クリスが憧れた真珠のウエディングドレスの写真を見せてくれた、二つ年上の留学生だった。


 そしてこれからも、このドレスは僕達にさらに幸運を運んでくれるだろう。

 いや、すでに運んできてくれたな。彼女の引き締まった下腹部にそっと手で触れると、クリスは眩いくらいに幸せそうな微笑みを浮かべた。



 両親と二人の弟、そして王妃殿下、元王女様達からは手放しで喜ばれた。すっかり好々爺となった国王陛下からも、楽しみだあと笑顔を向けられた。

 しかし、義兄達には酷く怒られた。

 もし、このドレスが着れなくなっていたらどうするつもりだったんだ! あと数か月どうして我慢できなかったのだと。

 いや、この三年間、ずっと鋼のような精神力で耐えたんですよ。

 何せ月にたった一日、王弟殿下の離宮でしか愛しい妻との逢瀬の時間を持てなかったのだから。

 なぜ王弟殿下の離宮をホテル代わりにできたのかというと……

 


 それはあの国で暮らすようになって数か月経った頃に、偶然出くわしたハプニングの結果だった。

 オイルスト王国の国王には親子ほど年の離れた弟がいた。

 その王弟がある日王城で開かれたパーティーで、なんと妻を無視して若い愛人とファーストダンスを踊り出してしまったのだ。

 それは妻である王弟妃にとって屈辱でしかなかった。

 彼は元々色恋沙汰が多く、問題のある王族だったのだ。


 王弟妃は、同盟国の元公爵令嬢だった。そんな高貴な身分の妻を侮辱したのだ。

 国王や王太子も慌てたらしい。

 その時、丁度王宮の護衛の応援に駆り出されていたクリスが、王弟妃の前にすっと進み出て、手を差し出したのだそうだ。

 彼女のそのスマートな仕草と美しい笑顔にポーッとなった王弟妃は、無意識にその手を取った。

 そして、クリスの流れるように優雅で繊細なリードで踊った。それはこれまで経験したことのない、夢のような楽しいダンスだったらしい。

 その素晴らしい二人のダンスに、ホールにいた全員の目が釘付けになったという。

 その話を聞いたとき、見ていなくてもその映像を思い浮かべることができた。

 少年時代、王太子殿下主催のガーデンパーティーで、僕はクリスがルビア嬢と踊っている姿を見て衝撃を受けた。

 そしてそれは未だにしっかりと脳裏に焼き付いているのだから。

 

 その日の夜会の話題は二人のダンス一色だったらしく、誰も王弟殿下のことなど気にもしなかったらしい。

 とはいえ、これ以上なにか問題を起こしたら臣籍降下させると言い渡していたにも関わらず、そんな非常識な真似をした王弟に兄の国王は激怒したそうだ。

 そしてもし離婚となったら臣籍降下させて、辺境の山岳地帯の王領へ追い払うと告げたという。

 それでようやく彼も懲りたらしい。

 必死になって妻に謝罪したそうだ。しかし当然許してはもらえなかった。

 というより、夜会以降完全に無視されて、彼はいないものとして扱われたみたいだ。

 お好きな方とお好きになさって結構よ、と。

 王弟妃は娘の王女達と共にクリスの熱狂的なファンになり、夫などどうでもよくなったらしい。


 王弟はそんな情けない状態になっても、妻がどうにか離婚だけは思いとどまってくれたことに感謝したらしい。そしてクリスを救い主だと思ったようだ。

 そこで、使わなくなっていた離宮を自由に使って欲しいと申し出てくれたというわけなのだ。

 自由にと言われても、僕達二人はかなり忙しい毎日を送っていたので、そこを利用できるのが、月に一度くらいしかなかった。

 そこで、妊娠しにくいといわれる日を選んで使用させてもらっていたというわけだ。


 僕達は仕事や勉学に励んで、毎日充実した日々を過ごしていた。しかし離れ離れに暮らすことが日毎辛くなっていった。

 そのために僕は、四年で習得する単位を頑張って三年で取得する目安ができた。

 そのためクリスもそれを見越して、三か月前には騎士団へ退団する申し入れをした。

 ところが上司だけではなく、国の偉い方々からも引き止められてしまった。

 僕達夫婦はオイルスト王国では、かなり有名になっていたからだ。




 僕は多くの留学生達と交流の輪を広げ、国際法の制定に向けて話し合ったり、国際会議を定期的に開く提案をしたりして知名度が上がっていた。

 そしてクリスは多国語を駆使して国際会議の場で騎士として大活躍し、黒髪の美人騎士として、各国政府から勧誘が来るほど有名になっていたのだ。


 そもそも僕は留学前から懸念していた通り、留学するとすぐに目立ってしまった。

 多くの女性から声をかけられ、まとわりつかれて辟易とした。

 それでも、周りを黙らせるほどの美貌と気品を兼ね備えたルビア嬢が側にいたことと、強面の護衛(辺境伯家の騎士)のおかげで罠に掛かることはなかった。


 そして王弟妃との一件で有名人となったクリスが、僕の妻だということが周知されるようになると、多くの女性達が諦めてくれた。

 それでも絶えす羽虫は湧いてきたので、僕達は可能な限り夫婦で社交場に参加をし、二人で踊ってみせた。

 そう。学園の創立記念日には残念ながら披露できなかったが、あの特訓以降、息がぴったりになったダンスを。


 クリスは男性パートと同様に女性パートも自信を持って踊れるようになったのだ。

 彼女は心から楽しそうに踊った。僕の顔をじっと見つめて、幸せそうに。おそらく僕も似たような顔をしていたことだろう。

 僕達夫婦のダンスは、きっとルビア嬢と踊った時よりも素晴らしいものになっていたに違いない……いや、そうだったと信じたい。

 次第に僕達の仲を裂こうなどという愚か者は出てこなくなったのだから。

 実際のところは、クリスを敵に回したくないだけだったのかもしれないけれど。

 何せ彼女は史上最強の女騎士と呼ばれていたのだから。


次で最終章となります。

最後までお付き合い願えると嬉しいです。

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