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第69章 父と息子(ブルーノ視点)


「こんなことになってすまなかった」


 父に呼び出されて執務室に行くと、なんと父から頭を下げられて仰天した。

 国王である父が人に頭を下げるのなんて、生まれてこのかた見たことがなかったからだ。

 まあ、陰で母には頭を下げているのかもしれないが。


「何をなさっているのです。国王が息子如きに頭を下げるなんて」


「私は国王であるが神ではない。過ちを犯したら謝罪をしなければならない。

 私はこれまで、わざわざ口にせずとも、私の気持ちはわかっているだろうと都合よく考えて、王妃への謝罪を口にすることはなかった。

 そのせいですっかり彼女に愛想を尽かされてしまったよ。以前の私がそのことに気付いたとしたら、おそらく発狂したことだろう。

 今は抑制薬剤のおかげで冷静さを保っていられるが」


 父の言葉に私は歯を噛みしめ、両拳に力を込めた。

 三日前、久しぶりのお茶の席で、僕は婚約者から結婚式の延期を言い渡された。それは相談ではなく決定事項の報告だった。

 しかも卒業と同時にオイルスト帝国へ留学するという。青天の霹靂だった。


「貴方のせいでずいぶんと寂しい子供時代を過ごしました。親しい友人が一人もいなかったからです。

 同じ年頃のご令嬢や幼なじみのエルリック様と楽しく会話したかったのに、貴方が嫉妬心を燃やして邪魔をしてきたからです。

 それでも、それは私のことを思っていて下さる故だと我慢していました。

 でも、貴方が私の最も大切な友人であるクリスやエルリック様に一言も謝罪がなかったことには、もう我慢ができなくなりました。

 人に謝罪もできないような人の側に、これからもずっといることは無理だと思ったからです。

 それは番の血とは関係ない話です。


 留学先で、これまで作れなかった友人との交流を目一杯楽しみたいと思います。

 もちろん羽目を外すような真似はしませんし、たくさんのことを学んでこようと思っています」


 そう言った彼女の顔は、淑女の嗜みであるアルカイックスマイルでも、最近よく見ていたクールな顔でもなかった。

 知り合ったばかりの頃のような、柔らかくて優しい自然な顔だったことを思い出した。



「私はずっとサファリアに酷い対応ばかりしてきた。その度に猛省して二度と過ちは起こさない、と心の中で固く誓ったというのにもかかわらずだ。


 お前ももう聞いただろう? ルディンのことは。

 不可抗力だったとはいえ、サファリアを裏切る行為をしてしまったことは私には耐え難いことだった。

 だから私の罪を思い出させるあの子を目にするのも嫌だった。

 それに、もしあの子を次の王位に就けようと画策する輩が出たら、それこそ妻に申し訳ない。それだけは絶対に阻止しなければならないと思った。

 だからこそ、お前に対しても厳しく接するようになった。誰の目にも私の後継者はお前しかいない、そうわからせるために。

 急に態度を変えた私に、お前もずいぶんととまどっただろう。すまなかったな。


 しかも、婚約者を大切にしろ、守れと言い続けた。愛する婚約者に嫌われないようにと。

 私と同じ思いをさせたくなかったからだったのだが、肝心なことを言ってやれなかった。

 相手の気持ちを思いやれ。自分の思いだけをぶつけるな、ということを。

 そして間違ったことをしたら謝るということも」


 父にそう言われて、思わず涙をこぼしてしまった。そして静かに泣いている私を見て、父はさらに謝ってきた。


「お前達のことを聞いて、初めてサファリアに謝ったよ。私のせいでブルーノが愛する子と上手くいかなくなってしまったのだなと。

 気付くのが、そして謝るのが遅過ぎると怒られてしまった。

 そんな私に比べると、お前の方がマシだな。

 冷静にルビア嬢の話を聞いて、それをちゃんと受け止められたのだろう? 

 私なら無理だ。自分が悪いのだと自覚していても、別れると言われたら気がふれると思うぞ」


「突然言われたのなら、やっぱり私もそうなったと思います。

 でも、この一年間、彼女の雰囲気がすっかり変わっていたので、なんとなく予感があったのです。結婚式の準備が進められていないこともわかっていましたし。

 それに、彼女が姉上達と何度も密談しているようだと、父上の影に教えてもらっていたので、婚約解消に向けて動いているのだろうと思っていたのです」


「影がお前にそんなことを言ったのか?」


「はい。ルビアの護衛をするために貸して下さったでしょう? 

 長いこと父上の失敗と後悔を見続けていたので、私も同じ轍を踏まないようにと気を配ってくれていたようです。

 私が彼らの心遣いに気付けるような人間だったなら、平気で親友や従妹を利用したり、騙したりするような人間にならないで済んだのでしょうね。

 

 あっ、話が横道にそれてしまいましたが、影達は密談の中身までは知ることができませんでした。

 ブロードを中心としたスイショーグ一族の近衛騎士達が、彼女の側に絶えず控えていたので近寄れなかったのだそうです。

 だから、婚約解消ではなく、留学するのだと聞かされた時は意外過ぎて驚いたのです。

 やり直す猶予を与えられたような気がして、むしろ嬉しかったくらいですよ。だから暴れることはありませんでした。

 その可能性がたとえ僅かなものだったとしても。

 その後、ルビア嬢だけでなく、エルリックやクリスタルにも謝罪しました。

 二人は謝罪を受け取ってはくれましたが、それは形式的なものでしょう。そう簡単に許してもらえるとは思っていません」


 苦笑いしながら私がそう言うと、父も何度も頷いていた。同じ気持ちなのだろう。

 父は息子のためにと思ってあんなにアドバイスをしてくれていたのだろう。それを無下にしてしまい、本当に申し訳なく思った。


 そして間が空いてから父は言った。


「お前は彼女に縋ることなくきちんと謝罪し、彼女の判断を受け入れることができたのだな。私よりずっとマシな男だぞ。

 それに罪滅ぼしのために、自ら悪役も買って出たのだろう? 立派だ」


「立派でも何でもありませんよ。

 元々神殿の不正は、王城だけでなく王族が正さなければいけないことなのですから。

 それに、グルリッジ公爵家とスイショーグ辺境伯家の婚姻に異議申し立てをしようとする人間なんて、そうそういませんよ。

 かなりの高位貴族でないと相手側も信用しないでしょうし。

 そんな家を短期間で探すのは無理でしょう? それなら私がやればいいと思っただけです。

 王太子より先に結婚するなんて許せない、腹立たしい、なんていう下らない理由でも、私が言えば神殿側も信じるのではないかと思うのです」


 そう。一年前の自分なら、大切な友人が自分から離れてしまうのが嫌で、そんなことを実際に考えてやらかしていたかもしれないし。

 

 


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