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第67章 疑似母娘(王妃視点)

「貴女には本当に申し訳ないことをしてしまったと思っているのよ。

 家族との大切な団欒を奪い、ほとんど王宮で過ごさせてしまったのだから。

 その上、公務や慈善事業くらいしか自由に外へ出してあげられなかったことにね。

 しかもあの子が異常に嫉妬深かったから、男女関係なく親しい友人もできなくしてしまって。


 本当は貴女を早く解放してあげたかったのよ。けれど、そうしたらブルーノがどうなるかわからなくて、恐ろしくてそれをすることができなかったの。陛下のことがあったから。


 そんな貴女にクリスという友人ができたときは、心からホッとしたのよ。本音で語り合う相手を見つけられたと。

 もちろんそれはクリスにも言えたことだったから。


 それなのに、ことごとく貴女達の妨害をしたあげく、クリスをたった一人で異国へ行かせるきっかけを作ったと知った時、あの子に心底失望したの。

 愛する人や従妹の幸せを考えられずに、自分の欲ばかり優先するあの子に。いくら血の影響だとしてもね。

 だからこそ王室典範の改正をどうしてもしなくてはいけないと思ったわ。あの子以外の王位継承者を確保するために。

 まあ、それも結局思うようにいかず、クリスの帰還でようやくその目標に向かって動き出したわけだけど。


 義兄は本当に愚か者よね。下らない迷信を信じて幸運の女神であるクリスを手放したのだから。

 クリスがこの国に戻ってきてから幸運ばかりだわ。その最大の幸運があの薬(・・・)の完成だった。

 兄からその報告を受けた時、私は嬉しくて本当に飛び上がったのだけれど、一番最初に思ったことは、これでようやくルビア嬢を解放してあげられるってことだったわ。


 でも、ルビア嬢がエルリック公子と共にオイルスト帝国へ留学したがっていると知って考えたのよ。

 異国で貴女を身を守るためには婚約を継続したままの方が、都合がいいのではないかと。

 だから、わざわざ余計なことは言わなかったのよ。クリスからも貴女が婚約を継続するかどうかは、留学中に考えるつもりなのだと聞いたしね。


 話は最初に戻るけど、この留学に対する援助はこれまでの貴女の功績への対価と、ブルーノのしてきた事に対する慰謝料なのよ。

 だから、申し訳なく思ったり、遠慮したりすることは一切ないのよ。

 これまで奪われてきた自由を取り返して、思うまま過ごしてちょうだい。

 もちろん、危険な真似だけはして欲しくはないけれど」


 

 長年抱いていた思いの丈を全て吐き出して、ようやくスッキリした気分になったわ。長年本当にルビア嬢には申し訳なく思っていたから。

 本当は優秀で行動力があり、淑女の鑑である彼女を手放したくはない。彼女こそ王妃に相応しいと思っている。

 しかし、性格が良くて本当に可愛い彼女をもう実の娘のように思っているのだ。クリスと同じくらいに。

 だから幸せになって欲しいと思ってしまうのだ。他の三人の娘達のように。

 もちろん息子のブルーノにも幸せになって欲しいが、あの子は生まれながらの王子なのだから、そもそも政略結婚を受け入れる覚悟がなければ国王にはなる資格はない。

 それを拒否して私的な感情を優先しようとするなら、廃嫡してシャンディアを王女にしてオーバル(ギラバス侯爵令息)に王配になってもらうだけだわ。

 半年後には子供が生まれる予定だから、後継者の心配もなくなるだろうし。

 いっそその方が早く引退できて都合がいいかしら。パルルのところも妊娠が分かったところだし、孫達の世話をしながらのんびり暮らすのも悪くないかも……

 

 そんな妄想をしながら、すっかり一人の世界に浸っていたら、娘達に呼ばれてようやく我に返った。どうやら何度も声をかけられていたようだった。


「何を惚けていらっしゃったの? まさか、当初の目標(・・・・・)が達成したからって、気が抜けてしまったのではないですよね? 

 まだ目標の第一段階をクリアしただけで安心していてはだめではないですか! 一般の法律改正はこれからなのですよ。

 そもそもクリスとの約束をまだ達成していないではないですか!」


 パルルの言葉にハッとした。そうだったわ。まだ女性騎士は認められていなかったのだわ。これは自分の手でなんとかしないと無責任よね。


「王妃殿下、私、これまで殿下とお仕事を一緒にさせて頂けて本当に幸せでした。

 今度留学するのも、ただ単にブルーノ殿下から離れたいからだけではないのです。エルリック様のように、この国の役に立てるよう多くの新しい知識を得たいからなのです。

 そして女性がどのように活躍されているのか、この目で確かめたいと思ってのことだったのです。

 それが王太子妃としてでなくても、私は王妃殿下のお側で仕事がしたいのです。この一年でそう強く願うようになってきたのです」


「つまり、この国の女性官吏になりたいということなの?」


「はい」


「でも、それはご両親がお許しにならないのではないかしら? 

 この国を出て他国へ嫁いだ後なら可能かもしれないけれど」


 ルビア嬢のご両親のストーズン侯爵夫妻は決して保守派というわけではないけれど、典型的貴族の見本のような人達だ。良くも悪くも。

 家族仲は良いように見えたが、それはひとえにルビア嬢が従順であったからだと思っている。彼女が自分の本心を彼らに見せていないことは、何となく感じていた。

 なぜなら、ルビア嬢はブルーノとの関係でかなり辛い思いをしていたのに、そのことで侯爵夫妻から相談事も苦情もなかったからだ。

 そんな彼らがルビア嬢が王太子である息子との婚約解消など認めるわけがないし。

 もしこちらがそれを求めたとしたら、家の恥だとして彼女を修道院へ送ろうとするに違いない。

 間違っても独立や仕事をすることなんて認めるわけがないと思う。

 だから、もし息子との婚約を解消したないのなら、留学先でお相手を見つければいいと思っていたのだ。


 ルビア嬢は首を横に振った。


「正直、将来のことはまだ何もわかりません。もちろん帰国するつもりではいます。

 しかし、留学先で恋をして、その人と結婚したいと望むかもしれません。

 そして殿下の方も私への気持ちが変わっている可能性もありますし。


 いずれにせよ、侯爵家に戻るつもりはないのです。

 私はクリスに比べればずっと恵まれた環境で育てられたと思います。

 でも、正しい侯爵令嬢であることだけを望まれ、愚痴も弱音も吐けなかったあの家は、私にとって心休まる場所ではありませんでした。

 むしろ王妃殿下や王女殿下方と過ごした王宮の方が、私にとっては家庭であり家族だったと思います。

 幼い頃には気付けませんでしたが。


 ブルーノ殿下への不満を皆様に言わなかったのも、婚約解消されて殿下方とお別れするのが嫌だったからです。

 そしてあの偽家族のいる場所に戻りたくなかったからなのです。

 ですから、こちらにいる皆様にご迷惑をおかけることになるとは思うのですが、帰国したら家を出て独立しようと思っているのです。

 たとえ王太子妃や官吏になれなかったとしても」


 ルビア嬢も私と同じように本当に家族だと思ってくれていたということを知って、胸が熱くなって涙が滲んできた私だった。


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