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第59章 通じ合った心(クリスタル視点)


 エルリック様の砕けた話し方に驚いた。私だけでなく、幼なじみだというルビア様に対しても、これまではいつも丁寧な話し方をしていたから。

 そもそも今まで二人きりで仲良く話をしているところを見たことがなかったから、あまり気には留めていなかったけれど。

 しかしそれは、王太子殿下から嫉妬されるのを恐れていたからこそ、素っ気ない態度をとっていたのだという。


 確かに二人の本来のやり取りを目にしたら、あの殿下のことだから、嫉妬の炎で焼き切れていたかもしれない。私も今嫉妬しかけたくらいだから。

 だって絶世の美男美女で本当にお似合いなんだもの。でも、二人とも相手を異性としては見たことがないと断言した。

 そう説明しながら、二人が真剣に私の取り合いを始めたので、それがおかしくて、嬉しくて、私は泣き笑いをしてしまった。

 親や周りの大人達から要らないもの扱いされてきた私が、こんな素敵な二人に愛されているなんて、正しく夢のようだわ。

 だけど、これをただの夢にしてはいけないのだわ。


 卒業までに王室典範を改正し、ブルーノ殿下を血の支配から解放して立派な王太子になってもらい、ルディン殿下を無事に養子に出して身の安全を図る。

 そうしないと安心して三人でこの国を出られないものね。

 無理のし過ぎはいけないと今回のことで十分学んだから、これからはできるだけ皆さんと協力し、助けてもらって事を進めていこう。

 でもそのためには、私達を邪魔してくる余計な人達を排除しなくてはいけないわね。

 ストレスが溜まってまた体調を崩すことになるかもしれないし、無駄に時間を消費させられる可能性もあるのだから。

 私もエルリック様と共に戦うことにした。

 だって、私とエルリック様はもう偽装の婚約者同士などではないのだから、堂々と二人で立ち向かってやるわ。


 

 それにしても、神殿がそんな不正をしていたとは驚きだった。

 私は領地の礼拝堂にさえ救いを求めたことはない。

 しかし、神殿は弱い人、困っている人達の最後の拠り所だと信じていた。それなのに、救うどころかさらに苦しめ、地獄へ突き落とすような真似をしていたなんて。

 もしかしたら私腹を肥やすためだけでなく、神殿や各地の礼拝堂の運営に必要な資金を得るためだったのかもしれない。

 平民からの異議申し立てはきちんと公表していたのだから。いや、それだって、平民の人気取りのためだった可能性も否定できないけれど。

 その上、それ以外の悪辣なことをしているかもしれない、という疑惑だって浮かんでくる。

 そのこともきちんと兄様達に調査してもらいたいわ。それを見届ける時間は私達にはないと思うけれど。

 

 

 

 お茶を頂いた後、ルビア様はお妃教育のために王妃殿下の下に向かったので、私はエルリック様と共に王宮を後にした。

 馬車の中でエルリック様が正面から私の目をしっかり見つめながらこう言った。


「やっと二人きりになれましたね。

 もう一度はっきりと貴女に気持ちを伝えたくて、一日中気もそぞろで、授業内容が全く頭に入りませんでした。

 クリスタル嬢、貴女は僕の初恋の人です。愛らしくて可愛い。その上人のために損得抜きで行動できる優しくて強い女性です。

 以前から貴女を尊敬し、目標にしてきました。それは貴女の名前がクリスタル=スイショーグであろうと、クリス=コークスだろうが関係なかったのです。

 僕は貴女自身を愛してきたのです。そしてこれからも愛し続けます。

 まだまだ貴女につり合うような人間ではありませんが、今後とも精進していくことを誓います。

 ですから僕と共に人生を歩んでくれませんか?」


 こんな私をそんな風に思って下さっていたなんて。衝撃を受けてまたよろめきかけたが、サッと私の前に膝を付いたエルリックに両肩を支えられた。

 ああ。これまでずいぶんと体を鍛えてきたつもりだったけれど、まだまだ私は修行が足りないようだ。

 これからはエルリック様と共にもっと鍛錬に励まないといけないわ。きっと二人ならもっと強くなれるわよね。

 だからこう返事をしたのだ。


「私もエルリック様をずっとお慕いしてきました。正直まだ自分が貴方に相応しいとは思えないのですが、貴方の側にいて恥ずかしくないパートナーになれるようにこれから努めます。ですからどうぞよろしくお願いします」


 私がこう告げると、エルリック様は破顔した。まるで天から舞い降りた女神様のようなその眩しい笑顔に、私は再びクラッとして、今度は彼の胸に倒れ込んだのだった。



 そして翌日の朝、私はメリッサさんを始めとする公爵家の超一流の使用人の皆さんの手によって、美しく飾りたてられた。そう。整えられたのではなく、別人となったのだ。

 パーティーへ行くわけではなく、普段通りに登校するだけなのに。

 というのも、昨日、私を横抱きにして屋敷に戻ったエルリック様が、皆さんに大々的にこう発表したからだ。


「みんなには色々と心配をかけたが、この度私達二人は本当の意味で婚約者同士になった。これからは堂々と婚約者同士として、振る舞うことにした」


 そりゃあもう、屋敷中歓声と拍手の嵐が巻き起こり、私は絶句してしまった。王宮の侍女達よりも洗練され、普段は冷静沈着で感情をほとんど外へ表さない皆さんが、笑顔で手を叩いていたのだから。

 庭師や調理人の皆さんが万歳をし、侍従や執事、家令の方々まで笑みを浮かべていた。

 

「ようやく男になりましたね、ぼっちゃま」


「いい加減そのぼっちゃまは止めてくれ。それに僕は生まれた時から男だぞ」


 そういえば、メリッサさんはいつも誇張するようにぼっちゃまと呼ぶわね、と疑問が浮かんだ。弟君のカイトス様とケイン様のことはお名前で呼んでいるのに。

 すると、メリッサさんがこう言った。


「了解致しました。

 いくらなんでも、婚約者様を横抱きできるようになった貴方様を女性と間違えて、追いかけ回す者ももういないでしょうし。

 これからは若旦那様とお呼びすることにしましょう」


 そう言って嬉しそうに笑った。


 その「ぼっちゃま」呼びには意味があったのだが、私はそれを夕食の席でティアーナ様から教えて頂くことができた。

 つまり、公爵家ではエルリック様が危険な目に遭わないように、そして面倒事に巻き込まれないように、意図的にそう呼ぶようにしていたらしいのだ。

 ブルーノ王太子殿下やルビア嬢のように、エルリック様を女性だと勘違いする人間が多いことに気付き、人前ではわざと大声で「ぼっちゃま」呼びをするようになったのだという。男の子だとすぐにわかるように。

 さすがに学園に入学した頃には勘違いする者もいなくなったので、使用人の皆さんは名前呼びになったのだそうだ。

 ところが、私と婚約してから、メリッサさんだけが「ぼっちゃま」呼びをしていたようだ。


「ずっと好きだった女性に好きだとも言えない、そんな情けない貴方様は到底成人男性とは認められません。それ故に「ぼっちゃま」呼びを復活させてもらいます」


 と言って。


「メリッサに大人の男としてようやく認めてもらえ嬉しいよ。これからはクリスタル嬢に守ってもらうのではなくて、守る側になるから安心してくれ」


 エルリック様の言葉に、テーブルの側に控えていたメリッサさんが頷いた。そしてなんとこう言ったのだ。


「先ほどブロード様から、明日からルビア様の護衛に戻ることになったとご報告がありました。

 クリス様はもうボディーガードをなさらなくて良いそうです。ですから、明日からシンプルなドレスでなくてもよろしいのですよね?

 学園の皆様に見せつけるためにも、クリス様にもっとお似合いの装いをいたしましょうね」


 そしてその言葉通り、今朝の私はすっかり別人に変身していたのだった。




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