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第54章 希望(エルリック視点)


 しかし、一体誰との縁組なのだろうと疑問に思ったのは僕とルビア嬢だけで、コックヨーク伯爵家の孫でもある他の三人には分かったらしくて、揃って戸惑いの表情を浮かべた。

 パルル様が代表する形で確認するかのようにこう訊ねられた。


「ルディンのお相手というのは、もしかして伯父様の末娘のパトリシアですか? ルディンよりも五つも年上ですけれど」


「そうよ。婚約者がいないのはあの子だけでしょ。

 でもね、そういうことじゃないのよ。ルディンがパトリシアに夢中でね、あの子と結婚したいと言ってきかないのよ。

 だから、よそへ養子に出すわけのはいかないのよ。

 そしてそれをパトリシアも受け入れているのよ。ほら、あの子太っ腹というか、豪胆な性格だから」


「単に変わり者なだけでしょ」


 ほぞっとパルル様が呟いた。

 どうやらそのご令嬢は、天才一家の中でも群を抜いて優秀だけれど、相当に風変わりらしく、どこかへ嫁がせるのは無理だろうと周りから諦められていたのだという。

 その娘と結婚したいというのなら、伯爵家では万々歳らしい。無駄に所有している爵位がいくつかあるから、その中の一つを与えると言って下さっているそうだ。


「お母様、まさか七つの子の結婚したいという言葉を、そのまま真に受けているわけではありませんよね?」


 もしかして……と思っていた僕達は、パルル様の言葉を聞いて、王妃殿下を注視した。

 そして僅かな沈黙にも耐えられなくなったシャンディア様が、恐る恐る


「お母様、まさかルディンも(・・・・・)そうなのですか(・・・・・・・)?」


 と訊ねると、王妃殿下が頷かれたので、僕達も一緒に項垂れてしまった。

 番もどきの血の話を聞いていなかったパルル様だけが、ただ一人キョトンとされていたが。

 やがて、ガイル卿がいち早く立ち直ってこう言った。


「まあとりあえず、やるべき順番がはっきり見えてきたことは有意義だったんじゃないですかね。

 まずは陛下と王太子殿下の尻を叩いて、王室典範を改正させる。

 そしてそれと並行して、ブルーノ殿下が感情コントロールできるように指導する。そして、それが、法律改正後までに達成できていなかったら、廃嫡し、幽閉して、シャンディア様を王太女にする。

 その後で、ルディン殿下を将来コックヨーク伯爵家の婿養子目的の養子に出す、ってことで」


「廃嫡した上に幽閉なんて酷すぎるわ。殿下は犯罪を犯したわけではありませんわ」


 ルビア嬢がそれに異議を出した。

 すると、ガイル卿はわざとらしい笑顔を作ってこう言った。


「でも幽閉でもしないと彼は貴女にまとわりついて離れませんよ。そして貴女が新しい婚約者を見つけようとしても、それをどこまでも邪魔することでしょう。

 そしてついには本当に犯罪者になってしまうに違いありません。

 それでは彼があまりにも哀れだから、それを防ぐために幽閉しようと言っているのですよ。

 番の血は思い人をどこまでも求め続けるといいますからね」


 その言葉にさすがのルビア嬢も青ざめた。

 すると、王妃殿下が立ち上がって、甥の頭を持っていた扇子でバシッ!と叩いた。


「年下のご令嬢を怯えさせるなんて、立派な騎士がすることではありませんよ。

 そんなことばかりしているから、貴方には婚約者がいないのでしょう? 女性にはもっと優しくしなさい。

 ルビア嬢、大丈夫よ。ブルーノにそんな真似はさせませんから」


「大丈夫だという根拠はあるのですか?」


 ガイル卿のもっともな疑問に、王妃殿下はニッコリと微笑んで、なんとこうお答えになった。


「数日前に朗報が届いたのよ。変わり者の天才と呼ばれている貴方達の従妹がね、先祖の血を抑えるという薬をほぼ完成させたのですって。あとは治験するだけみたいなのよ」


 と。


「その薬の開発は二十数年前から始められていたのよ。

 婚約中、私が周囲に追い詰められて倒れて、婚約破棄を願い出たことがあった話は知っているわよね?

 その時、アルマーク(現国王)殿下が必死に私に追い縋って許しを請うたのよ。とても王族の人間がするような行動ではなかったわ。

 私や両親はそれこそ仰天したわ。

 しかも国王夫妻はそれを咎めもせずに、一緒に頭を下げられたのよ。そしてこれからは全力で私を守るから息子を捨てないで欲しいとおっしゃたのよ。

 陛下方にそこまでされて断ることは、当然できなかったわ。その圧があまりにも強くて。

 そしてこの時点で父は、殿下には「番の血」が流れていると確信したらしいわ。当時の陛下もかなりの愛妻家で、側室や愛人などを一切持っていらっしゃらなかったから。


 そしてこの先私が苦労するのではないかと考えて、誰にも話さずに「番の血」の暴走を抑える薬の開発を始めてくれていたらしいの。

 でも、それは他の研究の傍らでやっていたことだし、そもそもかなり難しいものだったらしくて、なかなか完成には至らなかったらしくて。

 でも、その研究から様々な遺伝病に効く特効薬が発明されたのですって。父は稀有の天才だったから。

 そしてそれらの研究は次期当主の兄へ引き継がれていたのよ。例の本来の目的と共に。

 そしてあと一息のところまで来ていたときに、パトリシアの一言をヒントにして試してみた結果、ついに完成の日の目を見たらしいのよ。

 パトリシアは幼い頃から、ルディンの遊び相手をしてくれていたから、いち早くルディンを実験対象(・・・・)と見ていたらしくて、その結果らしいわ」



 実験対象(・・・・)……

 ゾクッとして思わずガイル卿を見た。そして思わずこう訊ねてしまった。


「大丈夫なのでしょうか? ルディン様は。

 というか、その薬がルディン様に効いたとしたら、パトリシア嬢への思慕も消えるのでは?」


「鋭いね。でも、理性を抑えるからって、愛情まで消えるわけじゃないんじゃないかな。無謀な行為をしなくなるだけで。

 それに、パトリシアは変り者だが、人間性が欠落しているわけじゃないから、勝手に人体実験をするような真似はしていないし、今後もする気はないと思うよ。 

 インスピレーションをもらうために観察していただけじゃないかな。

 観察しながらも、ルディン様の面倒はちゃんとみていたし、可愛がってもいたから。

 まだ子供の二人が結婚を考えていたとは、さすがに思ってもいなかったが」


 近衛騎士としてお二人を側で見ていたガイル卿のこの言葉に少し安堵して、僕はさらにこう確認したくなった。

 

「それが聞けて安心しました。

 ではその薬で、ブルーノ殿下のあの異常な嫉妬心も抑えられるかもしれないのですよね?」


 その人体実験(治験)が無事に済み、服用が可能になって効果が出たら、殿下は廃嫡されなくても済むじゃないか。暗闇の中で微かな光が見えた気がした。

 その人体実験(治験)というものには少し恐怖を感じたが。

 すると王妃殿下が微笑みながら頷かれたので、僕はホッと胸を撫で下ろした。


 とはいえ、王太子殿下のこれまでの行いが全て帳消しになるわけではないから、ルビア嬢が殿下を許せるかどうかは別問題なのだが。

 もちろんそれは自分にも言えることだ。その薬を使わずとも、殿下が自らこれまでの行いを反省できたのなら、その時は許そうと思った。甘過ぎるかもしないが。

 そしてもしそれすらしないようだったら、たとえ殿下が王位に就くことになって側近になることを要請されたとしても、自分はそれを辞退しようと決意した。


 クリスタル嬢がオイルスト帝国で騎士になりたいのなら、僕も彼女の後を追おう。そして母国のために先進国で多くのことを学ぼう。

 その間、僕と共に歩んでいってもらえるように、時間をかけて彼女を説得しようと思う。

 そんなプランを僕は頭に思い浮かべた。

 そしてその時、まさかルビア嬢まで同じようなことを考えていたとは思ってもみなかったのだった。


 

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