第52章 一世一代の暴露話(エルリック視点)
残酷なシーンがあります。
また、センシティブな問題を含みます。
「でもね、オーバル卿はね、こう言ったわよ。
「覚悟はあります。そして、王室典範の改正が出来うる限り早く行われるように全力を尽くす所存です。
しかし私は、シャンディア殿下が我がギラバス侯爵夫人であり続けることを望んでいます。
ブルーノ殿下が即位された方が我が侯爵家や王家だけでなく、この国のためにもなると信じておりますから」
って。頼もしいわよね。
実際、陛下やブルーノが今精力的に公務に励んでいるでしょう?
あれってクリスの影響だけでなくて、彼の力も大きいのよ」
「旦那様が毎日お忙しくされているのは、私やこの国のためなのですね?」
「その通りよ。それを理解したら夫に感謝し、貴女も自分のできることを精一杯おやりなさい。
ブルーノを簡単に廃嫡すればいいなどと、軽々しいことを言ってはだめよ」
「わかりましたわ、お母様。私もいざという時の覚悟を持とうと思います。
それでもやはり疑問なのです。もし私に皇位継承権が与えられたとしても、継承順位はブルーノ、ルディン、そしてお姉様、私ということですよね? まあ、お姉様は建前としても」
シャンディア様の問いに王妃殿下は顔を曇らせた。そしてこう言った。
「ルディンが王位に就くことはありません。なぜなら、あの子の後ろ盾になってくれる家がないからです」
「ブルーノの後ろ盾にはコックヨーク伯爵家がなってくれていますよね。ルディンの後ろ盾にだってなってくださるのではないですか?」
シャンディア様が頭を捻った時にパルル様がサロンに戻ってきた。
「クリスは寝息を立てて気持ち良く寝ているわ。心配はなさそうよ」
その言葉に、張り詰めていたその場の雰囲気が柔らいだ。その様子を見て、パルル様はどうしたの? 何かあったの? と訊ねられた。すると
「パルル、ちょうどよいタイミングで戻ってきてくれたわ。
まあ、本当はクリスがいればもっと良かったのだけれど、おおよそのことはあの子もわかっているみたいだから、後でもいいわね。
これから私の一世一代の暴露話をするから、覚悟をして聞いてちょうだいね」
王妃殿下は墓場まで持って行くつもりだったと話していた秘密を、ガイル卿や僕にまで話してくれたのだった。
そしてその第一声はこうだった。
「ここに集っている者達は奇しくも、いえ、当然かしら? 全員ブルーノのことを良く思っていないわよね。
でもね、その特定の人間以外の人々からはとても評判が良いのよ。品行方正の優等生で真面目で人当たりがいいと」
「それは、殿下が自分より劣る者達に対して嫉妬心を抱かないからでしょう?」
「相変わらず歯に衣着せぬ物言いをするわね。たしかにそうなのかもしれないけれど、結果的に彼は敵が少ないのよ。だから武力を持たない智のコックヨーク伯爵家でも後ろ盾になれるのよ。
でも、ルディンのことは守れないわ。あの子は王宮内に多くの敵を持っているから、王太子や国王になったら、それこそいつ命を奪われるかわからない。
だからあの子は王位継承権を放棄して、ここを出て行かないと、この先生きていけないのよ」
ガイル卿を除く僕達は、その驚愕の話を俄には信じられなくて、王妃殿下の顔を凝視した。
王子が王宮の中で命を狙われている? しかもまだ七歳で何の力もない子供を? 何故?
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王妃殿下が話されたその内容は想像を絶するものだった。
たとえ才色兼備として名高い王妃殿下といえど、よくぞこれまで一人でその秘密を抱えていらしたものだと、畏敬の念を抱かざるを得なかった。
娘である二人の元王女の顔は青ざめて、ガタガタと小刻みに体を震わせていたし、ルビア嬢は静かに涙を流していた。
僕も心臓の鼓動が激し過ぎて、居ても立ってもいられない気分になっていた。
その中でガイル卿だけが普段とはなにも変わらない風体でソファーに座っていた。
これまでいくつもの修羅場を経験してきたからなのか、それともその内容をすでに知っていたからなのか。
「ガイル卿は今のお話をご存知だったのですか?」
思わずそう訊ねたら、彼は首を横に振った。
「当然知らされてはいなかったが、何となく察してはいたな。
無理矢理に近衛に移動させられたときは、王妃殿下に腹を立てたんだよ。親馬鹿にもほどがあるって。
だけどそのうち、ルビア嬢には王家の影が付いていることに気付いたんだ。それで妃殿下が俺に守らせたかったのは本当はルビア嬢じゃなくて、ルディン殿下なんだと勘付いたんだよ。
妃殿下は近衛を信じていなかったのだろう。だから俺を側に置きたかった。
そうですよね?」
「その通りよ。貴方は最優秀者だったから、てっきり近衛に配属になるものだと思っていたから焦ったわ。
貴方の言う通り、王家に忠義を誓っている近衛でも、ルディンに関することだけは信用できなかったから、貴方に頼るしかなかったの。
無理強いしてごめんなさいね。ドイルやブロードのことも。
でも、いずれは貴方達が希望する場所へ移れるようにするつもではいたのよ。
それなのに先程は弱音を吐いてごめんなさいね。気持ちを入れ替えて頑張るわ。
それに、これ以上法律改正に時間がかかるようなら、どんなに悪評を立てられようと、ルディンを養子に出すわ。
ようやく覚悟ができたわ。それがあの子のためにもなるのだから」
「ドイルを第一騎士団へ入れたのは見事な采配だと思いますよ。あいつは情報収集もお手のものですからね。実際何度もその情報でルディン殿下の暗殺を阻止できたのですから」
ガイル卿のこの言葉に、その場にいた者達は息を呑んだ。
ルディン殿下を快く思わない者達が多数いることはわかったが、まさか実際に王子を殺そうとする者達がそんなにいるだなんて。
王妃殿下はこの七年、お一人でルディン殿下を守ってこられたのだ。さぞかしご苦労されたことだろう。
しかし、そんな妃殿下の悲痛なご様子が、さらにルディン殿下への憎しみを増大させてきたのかもしれない、とふと僕は思った。
なぜなら、ルディン殿下はたしかに国王陛下のご子息だったが、王妃殿下の産んだ子ではなかったからだ。
しかし、陛下は浮気……はしていない。
王妃殿下一筋の陛下が浮気をするわけがないのだから。そう。陛下は幼なじみの側近に嵌められたのだ。
媚薬を飲まされて、その男の娘に襲われたのだ。我に返った陛下は、妻である王妃殿下を裏切る行為をしてしまったと発狂寸前になったそうだ。
その側近の行為が、世継ぎを心配した忠義心によるものだったのか、それとも自分の娘の子を王位に就けて権力を握りたいという私欲のためのものだったのか。結局それはわからずじまいだったそうだ。
怒りのあまり正常でなくなった陛下によって、その側近は切り捨てられたからだ。
そしてその娘は、護衛によって命は取られなかったが、父親の命令に従っただけで、父親の意図など何も知らかったらしい。
そう。父親に従順で自分の意思など持っていない操り人形のようなご令嬢だったらしい。そういう教育を施されていたからだ。
その側近だった男が誰のことを指すのかは、すぐに察しがついた。
ルディン殿下がお生まれになる少し前、とある伯爵家が滅亡していたからだ。
表向きの罪状は、違法薬物の密売と国家転覆罪だった。まあ、それもまるっきり嘘ではなかったことになるが。
その当主だった男は、男尊女卑の権化のような人物だったことを、当時まだ子供だった僕でも知っていた。両親が蛇蝎のごとく嫌っていたからだ。
陛下はよりにもよって、その男に王妃殿下が進めようとしていた王室典範の改正の話を漏らしてしまったのだ。
陛下はその男のことを、王妃殿下を思う自分の気持ちの一番の理解者だと勘違いしていたのだ。
実際のところは陛下によいしょしていただけで、たかだか女一人に現を抜かすなんて愚かだと、内心では陛下を見下していたというのに。その証拠に
「王女にも王位継承権だと? とんでもない話だ」
と彼は激怒し、同様の考えを持つ同志達に声をかけて、王妃殿下の活動をことごとく邪魔していたらしい。
そして、その挙げ句の暴挙だったらしい。側近でありながら、陛下の性格を理解できなかった愚かな行動で自滅したのだ。
その伯爵家は取り潰しになり、事件の関係者は生涯幽閉される刑に処された。それは事件が決して外に漏れないようにするための処置だった。
しかし、事件はそれですまなかった。
そのたった一回の行為で、その伯爵令嬢が妊娠していたことがわかったからだった。




