第50章 王家の血(エルリック視点)
「お母様はお姉様か私を王位に就けようと思っていらしたの?」
「というより、とりあえず王位継承権を与えたいと思っていたわ。王族の数が少なくなっているから。
ブルーノが国王に値しない場合に、王女でも王位に就けるようにと。
もちろんブルーノが立派な王になってくれればそれが一番だと考えていたわ。幼少の頃から優秀だったから期待もしていたし。
でも、血は争えないというか、徐々に父親、いいえ、祖父である先代の国王陛下に似てきたので、いざという時のために王女達にも継承権が欲しいと思うようになったの。
私はそれを内密に進めるつもりだったのよ。横槍が入るのがわかっていたから。
それなのに、陛下がうっかり人に話してしまったの。しかも、よりにもよって一番知られたくない人物に。
それで大幅に計画が崩れて現在の状況に至るわけなの」
王妃殿下はため息を吐きながらさらに話を続けた。
「ブライトン公爵に息子がいたら、そう焦ったりせずに、もっと時間をかけて進められたかもしれないわ。
けれど、生憎いらっしゃらなかったし、今後も望めなかったから。
先代の国王陛下の血って本当に濃いわ。とにかく想い人に対して一途過ぎるのよ。
陛下もそうだけれど、ブライトン公爵も絶対に第二夫人を持とうとしないものね。
もちろんそれは悪いことではないわ。むしろ夫婦として理想の姿だと思うわよ。
でも、彼らは王族としての責任を負わければならない身分なのよ。だから、それを押し通すつもりならば、それによる弊害に対しても責任を取り、対処すべきでしょう?
妻が必ず男子を産めるとは限らない。
それならば、王室典範を変えないと王家が存続できない可能性が出てきたのだから。
それなのに、なぜ陛下や公爵はここまで改正に反対するのかしらね。私やマーガレット様がどれだけ周囲の者達に責められ、追い詰められたのかを知っているのに」
お子様のいないブライトン公爵夫人だけでなく、王妃殿下まで責められたのは、上のお二人が王女殿下だったからだ。
そしてブルーノ殿下が生まれた後もそれが変わらなかったのは、なかなかスペアの王子が生まれなかったせいだ。
そのため、陛下に側妃を持つようにと、側近を始めとして多くの高位貴族が勧めていたということは、この僕でも知っている。
だから、ルディン殿下が誕生された時、僕も喜ばしいことだと思っていたのだが、どうやらそんな単純な話ではなかったようだ。
少し考えれば、陛下の末の殿下に対する態度を見れば、何かあると思うのは当然だったのだ。全く息子をかわいがらなかったのだから。
殿下が誕生した当初は、王妃殿下の不義の子ではないか、という噂まで流れたらしい。
まあ、ルディン殿下の容姿が陛下に瓜二つだったことでその噂はすぐに消えたようだが。
「先代の国王陛下のことは存じませんが、陛下やブライトン公爵、そしてブルーノ殿下を拝見していると、まるでおとぎ話に出てくる番を愛する様に似ている気がしますね。理性ではどうしようもないという、激しい思いが」
ガイル卿が言った。
言われてみれば確かにそうだな、と僕も思った。ブルーノ殿下はかなり頭がいいのに、ルビア様のことになるとかなりおかしくなる。そう、普通じゃなくなるのだ。
「さすがね、ガイル。
これはトップシークレットだけれど、大昔、ストーンキャスト王国には番の体質を持つ人間が大勢いたらしいのよ。
今じゃもうおとぎ話になっているくらいだから、ほとんど存在していないとは思われているわ。でも、たまに先祖返りする者もいるみたいなの。完全な形ではなくても。
男女絡みで起きる事件の加害者の半数はその者達みたいよ。執着心や嫉妬心が強くて、相手を囲い込もうとして監禁したり、ストーカー行為をしたり。
誰かを好きになったら、その人しか見えなくなるみたい。そしてそれを邪魔する者に対しては強い敵愾心を持つみたいなのよ」
「その話を聞くと、本人達だけを責めるのも気の毒に思えますね。まあ、被害にあった方はたまったものじゃないですが」
ガイル卿はルビア嬢となぜか僕の顔を見ながら言った。
「本当にそうね。私は愚かな母親だから、ブルーノの執着心は陛下ほどじゃないと思っていたのよ。
陛下は私を思う気持ちが強かったから、異性に対する警戒心は凄かったけれど、私がご令嬢方から嫉妬されることには無関心だったの。
だからブルーノにはそうなって欲しく無くて、貴方を守るように注意をしていたの。お父様と同じ失敗を繰り返さないでって。
でも、あの子はそれをご令嬢や暴漢のような外敵から守ることだと頑なに思い込んでしまったわ。
そして、ご令嬢からの目を逸らせるためにエルリック卿を利用したり、ルビア嬢を回りの人間と接触しないように縛り付けてしまったの。
私は心を守ってあげて欲しかったのにね。
ルビア嬢、そしてエルリック卿、本当に申し訳なかったわ。ごめんなさいね」
王妃殿下はなんとルビア嬢と僕に向かって、深々と頭を下げられたのだった。
その外敵から守るというのも中途半端だったけれど、と僕は突っ込みそうになったが、王妃殿下の心情を思うと何も言えなかった。
しかし
「王妃様、どうしてブルーノ殿下が陛下ほどじゃないと思われたのですか?
失礼を承知で申し上げますが、陛下よりよほど殿下の方が執着心が強いと思うのですが」
とルビア嬢が訊ねた。僕も同じ思いだった。すると、王妃殿下は何故か僕をチラッと見てからルビア嬢に視線を移した。
「強い番の意識を持つ者は、その番以外には関心を示さないものなのよ。むしろ、迫られたりしたら激しく拒否するらしいわ。
陛下もそうだったわ。
けれど、ブルーノは違ったわ。本人はルビア嬢が初恋だと思っているみたいだけれどね」
えっ? そうなのか?
「そういえばそうね。あの子の初恋はエルリック様だったものね」
シャンディア様がくすくすと笑った。
「「「えっ?」」」
僕は、ルビア様やガイル卿と共に驚きの声を上げてしまった。




