第49章 弱音を吐く王妃(エルリック視点)
クリスタル嬢が王宮の医務室へ運ばれた後、サロンには、僕とガイル卿、そして王妃殿下が残された。
しかし、ルビア嬢やパルル元第一王女と共に医務室まで付き添っていたシャンディア元第二王女が、やがて一人で戻ってきた。
そして、心配ない。少し休めば大丈夫だろうという侍医の診断を伝えてくれた。
「そりゃあクリスも驚くわよね。嫌われているものだとこの四年間ずっと思っていたんだもの。
まあ、いい意味でのショックなんだから心配ないのじゃないかしら。疲労がまだ残っているでしょうし、今日はこのまま王宮で休む方がいいわ」
シャンディア様が苦笑いをしながらそう言った。そしてこう言葉を続けた。
「でも、なぜあんなにがむしゃらに頑張っていたのか、その理由をあの子に聞けなくなったのは困ったわね。
まあ、なんとなくその理由はわかる気がするけれど、やっぱり憶測はいけないもの。
ガイル様、せっかく来てもらったけれど、今後の対策はまた次の機会にしますか?」
「もちろん、妹を交えてまた集まりたいとは思いますが、今の時点で分かっていることだけでも、検討する意味があると思います。
なるべく早く事を起こした方がいいと思うのですが、いかがでしょうか。 王妃殿下?」
ガイル卿が地を這うような低い声で訊ねると、王妃殿下は頷いた。
「今さらだと思うけれど、本当にクリスには申し訳ないことをしてしまったわ。全て私の不手際よ。
あの子が倒れたと聞いて心臓が止まるかと思ったわ。正直、あの子に何かあったら、私も後を追うつもりだったの」
「大袈裟なことを言わないでくださいよ。姪が死んだからといって、叔母が後追いなんてしたら前代未聞ですよ。しかも国母である王妃殿下が」
「クリスは私の娘よ。そう思ってきたわ。上の二人は嫁いだし、クリスにもしものことがあったら、もう母親の役目は終わりにしてもいいかなって思ったのよ。疲れてしまったし。
クリスがいなくったらルビア嬢もおそらくブルーノとは結婚しないでしょう。そうしたらもう生きる希望もないものね。
無責任だってことは十分分かっているけれど、クリスとルビア嬢の存在が今の私の心の支えだったのよ」
「お母様、何を言っているの? 私達やブルーノはともかく、ルディンはまだ七歳なのよ。あの子を母親のいない子にするつもりなの?」
「ルディンのことは大丈夫よ。コックヨーク伯爵家の養子に出せばいいのだから。
ここで暮らすよりずっと安全だし、幸せに暮らせるわ」
王妃殿下の縁起でもない話にシャンディア様だけじゃなく僕も眉間にしわを寄せた。しかもその後の想定外の話にも驚嘆した。
第二王子を伯爵家の養子に出すなんて、なんてことをいうのだろう。
しかも王宮よりコックヨーク伯爵家の方が安全とはどういう意味なのだろうか。
近衛騎士であるガイル卿を見ると、彼は平然としていて顔色一つ変えなかったので、何か知っているのかもしれない。
「養子に出すなんてだめよ。ブルーノに問題がある以上、最悪廃嫡ということも考えておかないとだめでしょう?
いくらルディンに関心がなくたって、お父様がお許しになるわけがないわ」
シャンディア様の言う通りだ。
しかし、王妃殿下は頭を振った。
「ねぇ、なぜ私がこれまで必死に王室典範や法律を改正しようとしていたか、貴女はわかっているのかしら?」
「それは女性の地位を向上させるためでしょ? 我が国には未だに男尊女卑で、世界的に見ても遅れているから」
急に話が変わって、シャンディア様は困惑気味にそう答えた。すると王妃殿下は
「ええ。その通り。この国では女性が家を継ぐことはできないわ。どんなに優秀でも男子がいなくてもね。婿養子をもらうか、身内から養子をとるかになるわ。
優秀な養子や婿が家を継ぐならまだしも、能力がない嫡男が跡目を継いだら最悪よ。そのせいでこれまで問題を起こしてきた家は数しれないわ。
だから法律を改めたいのだけれど、能力のない男に限って無駄にプライドが高い上に、人を支配することを好むものだから、手を組んで猛反対するのよ。
だからこそ、貴族を納得させるためにも、まず王家が先に王女にも王位継承権を認めるベきだと思うのよ。
そのために王室典範を変えたいと私は長年働きかけているのに、現状は少しも前進していない。
そして女性騎士を認めるということさえできなかったのだから、本当に自分が情けないわ。
でも、そこにクリスが一石を投じてくれたおかげで、ようやく突破口が見えた気がしたのよ。
だから、ここぞとばかりに伝家の宝刀を抜こうと思っていた矢先に、クリスが倒れたと聞いて、全て終わったと思ったわ。
クリスが無理をしていることは知っていたのに、それを止めなかった私のせいだと思ったの。
私も焦っていたのよ。あと半年で結果を出さないと、クリスはこの国を去ってしまう。そうしたらこの国に未来はないって」
あと半年でクリスタル嬢がこの国を去るとはどういうことだ! そんな話は聞いていない!
と僕が衝撃を受けていると、ルビア嬢も驚いて王妃殿下にどういうことなのかと訊ねた。
「おそらくグルリッジ公爵夫妻も一年だけというつもりで、クリスに援助を求めたのだと思うわ。
あの子はオイルスト帝国の騎士団に採用されることが内定していたのよ。これはとても名誉なことだわ。しかも人より一年も早く入団できるはずだった。
この国に戻るメリットなんて全くなかったのよ。それなのに、あの子は私とルビア嬢との約束のためだけに帰ってきたのよ。
一年の遅れならば同級生に遅れをとらなくて済むわ。だから、期限付きで帰国することを決断したのだと思うわ。
それにブルーノに対して一矢報いたかったのかもしれないわね。
そうでなければ、王宮であの面子の中、あんなに堂々と国の中枢にいる大人や王太子をやり込めたりできないものね。
その結果、ブルーノはクリスの前に跪いて懇願していたし、陛下も女性騎士を認めるように進める、と宣言させられていたわ。
ガイル、貴方に見せたかったわよ。クリスがあの毒親達をこてんぱんにしている様を。
スイショーグ辺境伯ときたら、クリスに拳を振り上げたのに躱されて、情けなくよろめいたのよ。
王妃としてはいかがなものかと思うけれど、内心ではざまあみろと思ったわ」
「ええ。本当に見たかったです。でもまあ、見なくても想像は付きますが。
王妃殿下がこの国を変革するおつもりならば、もちろん我がスイショーグ家の四兄妹は協力を惜しみませんし、あの無用の長物はすぐさま排除しますよ。
近頃グルリッジ公爵とも国防について色々と話し合いをしているのですが、辺境騎士団もそろそろ本格的に改革しないと危なそうなので」
ガイル卿が淡々とそう発言したので、僕は再び喫驚した。
僕がのんびりリハビリなどをしているうちに、周辺では変革のおおきな波が押し寄せてきていたということに、ようやく気が付いたのだった。




