第45章 王太子の嘘(エルリック視点)
スイショーグ辺境伯家の三人の令息は有名人だった。
何せ兄弟が三人揃って学園在学中に、この国最大の競技大会である剣術大会で優勝していたからだ。
長い大会の歴史の中で、彼ら以外に学生が優勝した者いない。そのことを踏まえれば、彼らがいかに特出している人物なのかがわかるだろう。
僕が学園に入学した時、嫡男のガイル卿はエリート中のエリートである近衛騎士、次男のドイル卿は第一騎士団の騎士として既にその名を馳せていた。
そして三男のブロード卿だけがまだ学園の最高学年に在学していた。
そのブロード卿はまだ学生の身だったので騎士の資格は持っていなかったが、並大抵の騎士よりも強いことは誰もが認めていた。
それ故に王家に請われて、学生をしながら王太子殿下の婚約者であるルビア嬢のボディーガードを務めていた。
嫉妬心が異常に強いあの王太子殿下が、いくら従兄弟とはいえ、よくもあんな美丈夫を側に付けたものだと思っていた。
後で、彼には熱愛している婚約者がいて、卒業後にすぐ婿入りすることが決まっていたからだと知って納得した。
三人のうち、ブロード卿とは入学する前から度々顔を合わせていた。
しかし、彼は僕のことをあまり快く思っていないようで、話しかけようとしても避けられていたので、クリスについて訊ねることができずにいた。
それでも、学園に入学すれば会えると思っていたクリスに会えなかったので、避けられても嫌がられても、教えてもらうまで纏わりついてやろうと決意した。
その後都合がいいことに、彼が会長を務める生徒会の役員に自分も王太子殿下やルビア嬢と共に選ばれた。
殿下やルビア嬢が公務で学園を休んだ日、僕はついにブロード卿に話しかけた。
ブロード卿は僕を無視しようとしたが、生徒会の他の役員達の視線に耐えられなくなったようで、廊下に出るように目で合図を送ってきた。
「俺に何か用かな?」
「クリスさんのことでお聞きしたいことがあるのです」
「クリス? えっ? 君とクリスは愛称呼びを許す仲だったのか?」
ブロード卿が目を丸くした。
愛称呼びって、クリスって愛称だったのかと僕も驚いた。
すると、彼はその後、もっと驚くような爆弾発言をしたのだ。
「クリスタルが愛称呼びを許している人間ってかなり少ないんだよ。
俺達兄弟と、王妃殿下と王女殿下、それに親友のルビア嬢に、俺の婚約者のラナイくらいかな。
王太子殿下だって従兄だっていうのに未だかつてクリスとは呼ばせてもらえていないんだよ。当然両親もね」
「クリスタル嬢って、ブロード卿の……」
「ああ、たった一人の可愛い妹だよ。
本来ならたった一年だが一緒に学園で学べると思ったのに、二年半前に帝国へ留学してしまって残念だよ。
まだ十三という年で、世界で最も有名な学園に留学が認められたんだから、誇らしいことではある。
しかし、この国が女性騎士を認めていたら、この学園の騎士科に入学できただろうと考えると、やっぱり悔しいんだよな」
彼のこの言葉で、ずっと僕が疑問に思い、誰かに訊ねたくて堪らなかった答えが全て明らかになった。
二年半前、確かに王宮侍女であるヴァージ夫人は、彼女のことをスイショーグ辺境伯令嬢のクリスタル嬢だと紹介してくれた。
その時、あの初恋の相手がクリスタル嬢だと確信した。
あの流麗な素晴らしい身のこなし。あの辺境伯家の三兄弟の妹だというのなら納得ができたからだ。
名前呼びも許されたことだし、最初は友人から始めよう。そしてゆっくりと彼女との仲を深めて、いつか自分のことを好きになってもらおうと思った。
しかし、あのルディン第二王子殿下の誕生日パーティーで、王太子殿下にこう言われたのだ。
「君に忠告する。あのクリスタルには近付くな」
「なぜ? 貴方の従弟でしょう?」
「ああ。たしかに従弟だが、アレは問題児なんだ。その証拠に辺境伯夫妻は末の子のことは公表していないだろう?」
「問題児? 何が問題なのですか?」
「あいつは女男なんだ。
女顔をしている兄達とは違って、ようやく精悍な顔付きの息子が生まれたと思ったら、皮肉にも心が女だったんだ。
やたらと女装をしたがるので、辺境伯夫妻は家の恥になるからと領地から出さなかったのだ。
ところが五年前、母上が家族揃って登城するように命じたんだ。
するとあいつはなんと王宮の使用人からメイド服を借りて、女装して子供達と遊んでいたというのだから困ったもんだよな。
それに気付いた辺境伯夫妻夫妻が激怒して、予定より辺境地に戻ったんだ。
それ以降、今回ルビア嬢を守らせるために母上に呼び出されるまで、彼はずっと辺境の地から出してもらえなかったんだよ。
母上や姉上達にも困ったものだよ。クリスのためにわざわざ女性のドレスまで作ってやったのだからね。
すっかり彼の女装を面白がっているのだから。しかもそれにルビア嬢まで乗ってしまうし」
「クリスタル嬢が男?」
僕が呆然としてそう呟くと、
ブルーノ王太子は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにこう言った。
「何がクリスタルだ。本名はクリスだ。
ルビア嬢のボディーガードをしている時は、クリス=コークス子爵令息という偽名を名乗っていただろう?
彼の存在は秘匿されているからね」
気持ちの悪いやつだろう? と殿下は憎々しげに言ったが、気持ち悪いなんて全く感じなかった。
ただ、初恋の相手が、これから恋人になってもらいたいと思っていた相手が同性だと知ってショックを受けたのだ。
彼女と婚約したいと願っていたからだ。
僕はふらふらしながらクリスタル嬢の元へ戻った。そして力を振り絞って訊ねたのだ。
「クリス=コークス子爵令息の体調はいかがですか?
ルビア様の護衛は辞められたと聞きましたが」
彼女とルビア様はとても驚いて顔を見合わせていた。そのことで、王太子殿下の言ったことが本当なのだと確信してしまった。
二人の態度がそれまでとは変わってとてもぎこちないものだったからだ。
そしてルビア様が彼女がコークス子爵令息と共に近々辺境地に戻ると言ったので、私は思わずこう言ってしまった。
「そうですか。 お二人で……戻られるのですか。
ご挨拶がしたかったのですが、どうやらそれは無理……そうでとても残念です。二年後に、王立学園で貴女方お二人に……お会いできるのを楽しみにしています。スイショーグ辺境伯令嬢」
嫌味や皮肉を言うつもりはなかった。ただ頭と心が混乱しただけだった。
そしてその後体調を崩し、回復してから王宮を訪ねると、彼は既に去っていたのだった。
クリスタル嬢がクリスという名の男性だと言われた後も、初恋の人に対する憧れや尊敬する気持ち、そして愛しいという思いは変わらなかった。
それがまた、僕を苦しめた。僕は同性を愛する人間だったのかと。
しかしクリス以外の男にそういう意味で興味を惹かれることは一切なかったので、そんなことはあり得ないと必死に思い込もうとした。
ただし、相変わらず女性にも惹かれることはなかったので、自分でも確信が持てなかった。
苦しかったが、誰かに相談できる内容でもなかったので、一人悶々とする日々が続いた。
そして、それから二年半後、ブロード卿の話を聞いて、ようやくその苦悩から解き放たれたのだ。
メンタル弱者故に、なかなか極悪人を登場させられない作者。
物語を盛り上げるためにも必要不可欠な場合もあると思いながらも、微ざまぁがモットーなので、これまではそこそこ嫌な奴程度の人物しか登場しなかったと思います。
今回、図らずも王太子というヘイトキャラが現れました。
作者自身驚いています。
気分が悪くなる読者さんも多いかもしれません。特にこの章が一番かも……
でも、話には自然に出来上がる流れというものがあるし、オチも決まっているので路線を変更することなく、この調子でエンディングに向かいます。
タグに書いたように、微ざまぁ専門ですので、派手なざまあはありません。お仕置きはあると思いますが。
それでも良し!と思われる方に読んでもらえたらと思います。




