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第43章 思いの丈(クリスタル視点)

「殿下のお話は何だったのですか? お顔の色が悪いですけれど、何か悪いニュースでもあったのでしょうか?」

 

 ルビア様がこう訊ねたが、エルリック様はただ黙ったままで返事を返さず、探るような目で私を見ていた。

 そしてそれから少し震えるような声でこう口を開いた。

 

「クリス=コークス子爵令息の体調はいかがですか?

 ルビア様の護衛は辞められたと聞きましたが」

 

 私とルビア様は思わず顔を見合わせてしまった。そして、私の代わりにルビア様がこう答えた。

 

「ご存知だと思いますが、クリス様は王妃殿下のご依頼で、一時的に私のボディーガードをして下さっただけなのです。

 代わりの護衛の方が決まったので辞められたのです。

 元々こちらのクリスタル様の侍従として王都にいらしていただけなので、近々お二人とも辺境にお帰りになりますのよ。怪我もすっかりよくなられたので」

 

「そうですか。お二人で(・・・・)戻られるのですか。

 ご挨拶がしたかったのですが、どうやらそれは無理(・・)そうでとても残念です。いずれ、王立学園で貴女方お二人に(・・・・・・・)お会いできるのを楽しみにしています。スイショーグ辺境伯令嬢」

 

 友達だから名前で呼び合おうと先ほどご自分で言ったのに、エルリック様は私を家名で呼んだ。

 つまりそれは、やはり私と友人になることをやめるという意思表示なのね。

 

 そうか。王太子から私とクリス=コークスが同一人物だと聞かされたのね。

 私が男の振りをしていたことで軽蔑したのね。そして騙した形になったことに怒っているのだわ。

 だってエルリック様は女だとは知らないで、男クリスを尊敬しているとか、剣術を習いたいとか言っていたんだもの。

 そりゃあ腹も立つわよね。それにそんな男女にお慕いしているとなんて言われたら、気持ち悪いだろうし。

 せめて先日正直に話していたら嫌われずにすんだのかしら。

 

 本当は私だって嘘をつきたかったわけじゃない。正直に話したかった。

 でも、王家から秘密にするようにと命じられていたから本当のことが言えなかっただけだ。

 この国では女騎士を認めていないのに、王家が女性をボディーガードとして働かせるのは都合が悪いからと。

 それなのに、王太子が自ら暴露するなんてあんまりだわ。ひど過ぎる。それほどに私を陥れたかったの?

 私がルビア様だけでなく、側近候補のエルリック様と友人になるのがそんなに嫌だったの?

 みんなで仲良くなればよかっただけの話じゃないの? 私は貴方から二人を奪おうとしたわけじゃないのよ?

 

 エルリック様は私の初恋だったのに、こんな形で嫌われてお別れだなんてあんまりだわ。

 女性として好かれるなんて思い上がってはいなかったけれど、一人の人間として好意を持ってもらえたらいいのに、と考えていた。

 剣術について語ったり、対戦し合える仲間になれたらいいなって。

 そして、将来は彼と一緒に、ルビア様や王家のことを共に支えて行けたらいいなと願っていたのに。

 

 私はあの日、ブルーノ王太子を憎んだ。人を憎むのは初めてだった。

 大嫌いな両親のことだって嫌ってはいても、憎みはしなかったというのに。




 四年前王宮を出る前日の出来事を私が語り終えた、その直後だった。

 ガラガラッ!という音と共に、サロンの飾り棚が勢いよく横にスライドした。

 何事かと私が身構える態勢を取る前に、なんとエルリック様が姿を現した。


「なぜエルリック様がここに?」


 彼は三番目の兄ブロードと剣の訓練をすると言っていたはずなのに。そう思った瞬間、彼の後からその兄ではなく、長兄のガイルがその大きな図体を見せたので、さらに驚いた。


「あそこはね、護衛の控室で、来客には分からないように隠し部屋になっているのよ」


 王妃殿下が何でもないように説明してくれた。確かに護衛は必要よね。ええ。王族の皆様を守るためには当然よね。

 でも、近衛騎士団の副団長にまで昇進しているこの兄が、自ら待機だなんておかしいわ。それに加えて、なぜまだ学生であるエルリック様までそこに控えていたのかしら?


「公子様が近衛騎士の体験がしたいというからさ。

 ブロードが彼に付き添うと言ったのだが、お前が来ると聞いたから、私の方が適任だと思ったんだ。

 大切な妹のことをきちんと把握しておくのは、やはり嫡男の私の役目だろう?」


 兄が珍しくニヤニヤしながらそう言った。私がエルリック様を好きだったという話を聞いていたからだろう。

 そうだわ。つまりそれは、私の気持ちがエルリック様にも聞かれてしまったということよね? 

 私は恥ずかしくて居た堪れない気持ちになった。そして救いを求めるようにルビア様を見た。

 しかしルビア様まで目を三日月の形にして、口角を上げたのだ。そしてなんとこう言ったのだ。


「私達はずっとクリスの本音を聞きたいと思っていたと最初に言ったでしょう?

 けれどそれは、私達だけではなくて、ガイル卿やエルリック様も同じだったのよ。

 そのことを私は知っていたから、それを王妃殿下にお伝えしたの。

 そうしたら、どうせならお二人にも一緒に聞いてもらいましょう、とおっしゃって頂けたのよ。

 もちろん、お二人にも喜んで頂けたわ」


「でもこのお二人がいたら、クリスは本音を語らないと思ったの。だから、控え室で聞いてもらえばいいのではないかしら? って、私が提案させてもらったのよ」


 最後にシャンディア様が少し自慢げに言ったので、私は脱力した。もしかして、最初から私の気持ちはみんなにバレバレれだったということなの?

 グルリッジ公爵家で寝泊まりするようになってからも、私はエルリック様の前では感情をできるだけ抑え、淡々と接してきたつもりだったのだけれど。漏れていたのかしら?


「クリスタル嬢、ええと、これまで知らなかった情報が多過ぎて頭が混乱している。だから、な、なんて言ったらいいのか正直わからないのだが、と、とにかく、い、色々と誤解があるようだ」


 このところ、かつてのスマートで貴公子然としていた態度にようやく戻っていたエルリック様だったが、再会したばかりの頃のようにしどろもどろになって、必死にこう言葉を紡いだ。


「誤解ですか?」


「ああ、そうだ。誤解だ。

 四年前、貴女から告白されたなんて僕は全く気付けていなかった。それにそもそも、貴女を振った覚えもないんだ。

 だって振るわけがない。当時はまだわかっていなかったけれど、貴女と再会して、八歳の時に貴女に一目ぼれしていたってことに、ようやく気付いたところだったんだから。

 貴女は僕の初恋の相手だったんだ。これからまず友人になって、徐々に関係を深めてから告白しようと思っていたんだ。

 だから、もし貴女の告白に気付けていたら、間違いなくその場で交際を申し込んでいたよ」


 エルリック様からの告白だなんて恐れ多くて、たとえ夢の中であろうと想像さえしたことのなかった。それ故に、その衝撃が大き過ぎて、私はその場で気を失ってしまった。

 やはり私の体力も精神力も、まだ十分には回復していなかったのだろう。


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