第42章 告白(クリスタル視点)
「難しい顔をしてどうしたの?」
ルビア様にそう訊ねられたので、陛下が第二王子によそよそしいのが気になると小声で告げた。
今が一番可愛い盛りの末息子に、ニコリともしないのが不思議だと。
すると、ルビアはあまり人のいないサロンの隅に私を引っ張って行って、やはり小声でこう教えてくれた。
「陛下はルディン殿下に嫉妬していらっしゃるのよ」
「嫉妬って、ご自分の息子にですか? しかもまだ三歳の子に?」
あまりにも信じられない理由に、私は喫驚した。しかし、ルビア様は真顔だった。
「陛下が愛妻家だということは知っているでしょう?
陛下は絶えず王妃殿下をお側に置いておきたいのよ。
ところが王妃殿下がルディン殿下を身籠ったときに、一年以上ご一緒に政務が行えなかったのよ。
クリスは領地にいたから知らなかったと思うけれど。
悪阻自体はそれほど酷くは無かったらしいの。けれど、久しぶりの妊娠ということもあって、その後は体調があまり芳しくなかったみたいなの。
本来なら安定期に入る頃から、部屋の中にずっと閉じ籠もって生活なさっていたわ。
そして、ご出産後も産後の肥立ちがあまり良くなかったみたい。
その上に、ルディン殿下が病弱だったせいで、王妃殿下が公務に戻るのにかなり時間が掛かったと聞いているわ。
私も一年近く王妃殿下をお見かけしなかったからとても心配したわ。
ようやく復帰された後も、王妃殿下にとって最も優先されたのがルディン殿下になってしまったので、一年くらい陛下は常に苛立っていたと聞いているわ。
妻大好き陛下にとってルディン殿下は、自分から最愛を取り上げた憎き敵みたいなものなのかもね」
「それじゃあ、まるで子供みたいじゃないですか。ご自分でお子様をお作りになったくせに!」
「ブルーノ殿下も当時は同じ状態だったわ。男ってどうしようもないわね」
呆れたようにこう言ったルビア様を見ながら、彼女が不憫に思えてきた。
だってこのまま行けば、王太子が陛下のようになるであろう未来は、容易に想像できてしまうからだ。
しかし、ルビアはそんなことを気にするでもなく、少しニヤニヤしながら私の耳元でこう言った。
「そんなことより、あちらを見て。エルリック様がずっと貴女を目で追っているわよ」
えっ? 恐る恐るルビア様の向ける視線に目をやると、本当に公子様と目が合ってしまった。
その途端彼が真っ赤になって下を向いてしまった。何? その初心な仕草は? いつもご令嬢に囲まれていて、にこやかに微笑まれているのに。
「まあ、照れてるわ。信じられないわね、あの女慣れした公子様が。
きっとクリスのことが好きなのよ。もしかしたら彼の初恋かもよ」
「やめてください、ルビア様。公子様が私に好意を持って下さるわけがないじゃないですか。
ちゃんと話をしたのも二度しかないのですよ。しかもそのうちの一度は、子爵令息のクリスとしてだったのですよ」
「あら、一目惚れという言葉があるでしょ。人を好きになる時に言葉が必要とは限らないのよ。
ほら、こっちへ来るわよ」
えっ? 本当だ。こっちへいらっしゃるわ。なに? ルビア様に用があるのかしら。私は離れた方がいいのかしら。
そう悩んだ瞬間、公子様は私の前で足を止めた。
「クリスタル嬢、先日は失礼しました。今日、再びお会いできて嬉しいです。
先日のミモレ丈の黄色のドレスも可愛らしかったですが、今日のモスグリーンのドレスも、スッキリしていて貴女にとてもよく似合っていますね」
公子様は流れるようにそんな褒め言葉を口にした。さすが、ストーンキャスト王国一の貴公子だわ。と私は感心した。
こんな良い所なんて何一つない私に対しても、これだけの褒め言葉を何の躊躇いもなく、スムーズに口にできるなんて。
「ごきげんよう、グルリッジ公爵令息様。
先日は生意気なことを申し上げて、誠に申し訳ありませんでした。
こうして再びお目にかかれるとは思ってもおりませんでしたので、大変嬉しいです」
「貴女とは友人になったのですから、名前で呼んでくださって構わないと言いましたよね。どうかエルリックと呼んで下さい」
名前呼び。あれは社交辞令ではなかったの?
私は嬉しくなって舞い上がってしまった。するとわけのわからない力が体中に漲ってきた。それ故に私はなんと
「もう貴方にお会いできないと思います。
でも、こうやって最後にお慕いしていた貴方とお話しできて幸せでした。ありがとうございました」
と勢いよくそう告げてしまった。そして、二度と呼ぶことはないだろうと思っていたその名を口にしようとした。
しかし、ちょうどそのときに彼を呼ぶ声がした。
思わず振り返ると、眉間にしわを寄せた見慣れた顔があった。
「エルリック、ちょっと来てくれ」
王太子に呼ばれたエルリック様は、ちょっとだけ鬱陶しそうな顔を殿下に向けたが、小さくため息をついて、私に向き直って
「なぜ会えなくなるのですか? それをお聞きしたいのですが、殿下に呼ばれてしまいました。すぐに戻りますので、ここでお待ちになってください」
そう言ってから急ぎ足で殿下の方へ行ってしまった。
「人が話しているときに呼び付けるなんて、なんて失礼な方なのかしら。
しかもせっかく告白しているところだったのに。
またクリスに嫉妬したのね。私だけじゃなくてエルリック様まで取られるとでも思っているのかしら。
ああなると本当に節操無しね」
ルビア様は嫌悪感丸出しで婚約者を見ていた。
あの王太子はわざと思い人に嫌われることをするという、変わった性癖の持ち主なのだろうか?
私も呆れて王太子を見たが、彼はなぜか真剣な表情でエルリック様に何か言い募っていた。
エルリック様も何かそれに対して言い返しているようにも見えたが、距離があったので会話は全く聞こえなかった。
しかし、その話の中身はエルリック様にとってかなり衝撃的なことだったようだ。
話を終えて再びこちらにやって来た彼の様子は、先ほどとは全く違っていた。
あの輝くように微笑んでいた顔は真っ青になっていて、握りしめていた両手はぷるぷると震えていたのだった。




