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第40章 名前呼び(クリスタル視点)

第39章を飛ばしてしまいました。すみません。

読み直して頂けると嬉しいです。


「女だからわからないだろうとおっしゃいましたが、王都とは違って地方ではそれほど治安がいいわけではないのです。

 特に辺境の地は国内外から荒ぶれた人間や、前科持ち、地元から追い出された者などが絶えず入り込んで来るので、治安を維持するのが大変なのですよ。

 ですから辺境騎士団だけじや犯罪を防げないからと、住民一丸となって犯罪者を捕まえています。

 そのために身分や男女、年齢に関わらず、絶えず身を守るための訓練をしているのですよ。

 もちろん私もです。

 そしてクリス様はこれまで何人も極悪人と対峙して、捕まえているのです。

 こう言ってはなんですが、まだ十三歳とはいえ、近衛騎士の方々より経験値は高いと思いますよ」

 

 私が自分の実体験を交えてこう話すと、公子様は目を見張っていた。

 

「鬼気迫る緊急の場では、仲間を庇う余裕もありません。自分のすべき事をこなすことで精一杯で。

 先日のことはルビア様をお守りすることが皆様の最大の目的だったのですから、殿下と共にご令嬢を安全な場所にお連れしたことは当然の行動だったと思いますわ。

 クリス様もそうおっしゃっていましたし」

 

 公子様のように優し過ぎると、地方ではすぐに潰されてしまうと思った。

 とはいえ、彼自身の考え方が間違いだというわけではなかった。だがらこそきついことは言えなかった。

 もし、彼が天使のままでいられるのならば、その方がいいと思ったのだ。それが許される世界で生きられるのならばと。

 私と彼は恋人でも友人もないのだから、余計なことを言う必要はないと思ったのだ。

 

 でも今思えば、どうせその場限りの間柄だったからこそ、嫌われても疎まれてもいいから、むしろ貴方は甘過ぎると、現実を突き付けておけば良かったのかもしれない。

 そうすれば、世の中には女神のような女性ばかりではなく、私のようなきつい女もいるのだと、公子様は女性に幻想を抱かなくて済んだかもしれない。

 そして、あんなサタンに貶められることはなかったのかもしれない。今さらだけれど。

 

 黙り込んでしまった公子様に、私はこう言った。

 

「公子様の手には傷やたこがたくさんありますね。毎日鍛錬なさっている、頑張り屋さんの手ですね。

 とても素敵ですわ。そんな素晴らしい手の持ち主に尊敬していると言われたと知ったら、クリス様もきっと誇りに思うことでしょう。

 彼の代わりにお礼を申し上げます」

 

 私が下げていた頭を上げると、なぜか真っ赤な顔をした公子様と目が合った。

 しかし、すぐにその視線をあちこちに彷徨わせた後ですくっと立ち上がり

 

「コークス子爵令息が回復されたら、是非とも貴女を含めて三人でまたお会いしたいです。

 剣術だけでなく、その……護身術などについても教えて頂きたいので。

 つ、つまり、友人になってもらえたらと思いまして」

 

 としどろもどろにこう言った。しかし、そんな日が来ることはない。だからこそこの奇跡を逃すなんてありえない。

 

「クリス様よりも先に私と友人になっては頂けませんか?」

 

 私はなけ無しの勇気を振り絞ってそう言った。すると、グルリッジ公爵令息様は、まさしく天使のような微笑みを浮かべて

 

「もちろんです、スイショーグ嬢。

 以前から(・・・・)貴女とお話をしたかったのです。でも、なかなかきっかけというか、タイミングがなくて残念に思っていたのです。

 私のことはどうかエルリックとお呼びください。貴女のことは、クリスタル嬢とお呼びしてもかまいませんか?」

 

「はい。エルリック様」

 

 私も彼に負けないくらいの笑顔でそう答えた。しかし、その後、あれっ?と思った。

 本来の女性としての姿でエルリック様に対面するのは初めてのはずなのに、以前から話をしたかったというのはどういうことなのかと。

 そしてその後話をしているうちに、彼は五年前に私を目にしていたことがわかった。


 八歳の時、私は家族と共に初めて王宮を訪れて、兄達と共に少しの間滞在したことがあった。

 兄達が王太子殿下と訓練場に行っている間、私は王宮の使用人の子供達と過ごしていた。

 男の子には剣術、女の子には護身術を教えていたのだが、それをエルリック様に見られていたようだ。

 彼は私に話しかけようとしていたらしいのだが、十日くらいで姿が見えなくなって、ずっと心配していたという。

 親が何か問題を起こしてクビになったのではないかと。



 その時は両親も世間体を気にして、私にドレスを用意していた。そのため、さすがにそのドレス姿では剣を握れなかったので、使用人の女の子から古いメイド服を借りて着ていたのだ。

 だから、当時のエルリック様は私を使用人の子供だと思ったらしい。


「すごく強い女の子でね、年上の腕白な連中も簡単に投げ飛ばしていたんだよ。


「女だからって甘くみちゃだめよ。相手が誰だって油断していると痛い目に遭うわよ。

 そもそも力は弱い人を守るために使うもので、虐めや従わせるために使うものじゃないのよ。分かった?」


 って言っていたんだけれど、すごくかっこ良かったんだ。僕も彼女みたいになりたいなって、その時思ったんだ。

 こんなことを言ったら失礼だと思うんだけれど、貴女はその子に似ている気がするんだ」


 そう言いつつ、その女の子が私だと確信しているようだった。

 そうよねぇ。女だてらに剣を振り回す子なんてそうそういないものね。でも、辺境の地ではそれが当たり前だなんて話を聞いたら、簡単にその正体に気付くわよね。

 しかもこの黒髪だし。


 もっと早く、こうやって話す機会を持てていたら、友人としてもっとたくさん楽しい時間を過ごせただろうと、とても残念に思った。

 私は間もなく王都というよりこの国を出る。だから学園で一緒に学んだり、共に体を鍛えることもないだろう。


 エルリック様と、次にいつ呼び掛けることができるのだろうか。あの時、そんなことを考え切ない気持ちになったのだが、まさかその四年後に、婚約者としてその名を呼ぶようになるなんて夢にも思わなかったわ。

 でも、私はエルリック様が好きだった。いえ、今も変わらずにずっと好きだ。だから、義務的にその名を呼ぶなんてことはしたくなかったのに。


 王宮で開かれた身内だけのあのパーティーで、私は彼に思いを告げて拒否された。

 でも後になって、私の告白が本当に彼に伝わっていたのか疑問に思うようになった。

 しかしそうは言っても、あの時私を異端視するような彼の目を見て、私は酷くショックを受けたのだ。

 まるで信じられない生き物を見ているかのような怯えと驚きの混じったような表情に。


 再びあんな目で見られたら耐えられないと私は思った。

 だから、帰国してもエルリック様だけには会いたくなくて、王家やグルリッジ公爵家からの要請を頑なに拒否したのだ。

 まあ結果的にそれを受け入れて彼に再会した時、かなり驚かれはしたけれど、そこに嫌悪感がなかったことに私は心底安堵したのだった。


 



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