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第39章 辺境伯令嬢としての会話(クリスタル視点)


 毎日欠かさず剣の鍛錬をしてきた私だったが、さすがに王妃殿下から当分剣を持つことを禁止されてしまった。

 あんなのかすり傷だし、利き手ではないから問題ないと主張したが却下されてしまった。

 そこで叔母である王妃殿下に作って頂いた普段着のドレスを着て、王宮の庭園を散歩することにした。

 

 色とりどり、形様々な薔薇が咲き乱れる薔薇園の中に入ると、甘い匂いが充満していた。

 

「もっとゆっくり歩かないと、薔薇をよく眺められないのではないですか?」

 

 付き添ってくれていたヴァージ夫人が苦笑いを浮かべながら、そう言った。

 別に早歩きをしていたつもりではなかったが、私の普通の歩き方は、一般女性としては早過ぎるようだ。

 ルビア様とも歩調がほぼ同じだったのでこれまで気付かなかったが、必死に私に付き添ってくれていた夫人の額に汗が滲んでいた。

 

 申し訳なく思ってスピードを緩めてゆっくりと散歩をし始めたとき、エルリック公子様とばったりと出くわした。

 

「ごきげんよう、エルリック公子様。ブルーノ王太子殿下でしたら、今、陛下方と会議をなさっていますよ」

 

 ヴァージ夫人が声をかけると、公子は知っていますと頷いた。

 

「実は今日私は、別の用事で王宮に来たのです。

 先日の件でルビア様を助けて下さったコークス子爵令息のクリス様が、王宮で静養されているとお聞きしたのでお見舞いに伺おうかと思いまして。

 それに、彼は傷を負っていたのに、僕はすぐに応急処置を施すことができませんでした。

 その謝罪もしようかと。でも、面会謝絶だと言われてしまって」

 

 私とヴァージ夫人は思わず顔を見合わせてしまった。

 まだ二十代半ばでありながら、次期侍女頭と期待されている侍女のヴァージ夫人は、人柄が良いのはもちろん、頭の回転が早くて機転の利く女性だった。

 

「コークス子爵令息様を王宮の医務室でお世話させて頂いているのは、王太子殿下の婚約者であるルビア様を守って下さった感謝の気持ちからで、特段怪我が重いからというわけではありません。(感謝もしていないのは恩知らずの殿下くらいなものですよ)

 ですが、昨晩から微熱が出ているために、面会をお断りになったのだと思います。

 決して重篤というわけではないので、ご心配はいらないと侍医が申しておりました」

 

「まさか、刃先に毒でも塗ってあったのですか?」

 

 公子様は目を見張ってこう訊ねてきたので、夫人は頭を横に振って、毒ではないと言った。

 発熱も数日で下がるから心配ないと。

 

 ヴァージ夫人の言葉を聞いて、公子様はほっとした様子をしたので、彼女はこう言葉を続けた。

 

「子息令息様に謝罪したいのなら、あの方のお身内の方にお話して、後ほど伝えてもらったらよろしいのではないですか?」

 

「身内?」

 

「はい。こちらにいらっしゃるスイショーグ辺境伯家のクリスタル様は、コークス子爵令息様とは同じ一門の幼なじみなのです」

 

「スイショーグ辺境伯家のご令嬢? 辺境伯家にご令嬢がいらっしゃるなんて知りませんでした。勉強不足で大変申し訳ありません」

 

 そりゃあ私のことなんて、知らないわよね。

 遠い辺境の地で子供一人生まれても、発表をしなければわかりようがないものね。

 

「ブロード卿の姉君か?」

 

「妹君ですわ。お年は貴方様と同じですわよ、公子様」

 

 二つも年下だというのに姉と間違えられるなんて、一体私はいくつに見えたのかしら?

 少しショックを受けた私に代わって、ヴァージ夫人が少し睨み付けるようにそう言ってくれたのが嬉しかった。

 

「改めて紹介をさせて頂きますね。

 こちらはスイショーグ辺境伯家の末のご令嬢(・・・・・)であるクリスタル様です。貴方様や王太子殿下と同じ(・・)十三歳でございます。

 そしてこちらは、グルリッジ公爵家の嫡男エルリック令息様です」

 

「はじめまして、グルリッジ公爵令息様。クリスタル=スイショーグと申します」

 

 私はドレスを少し摘んで片足を内側に引きながら、垂直に腰を下げた。

 

 なぜか公子様は一瞬驚いたような顔をして私を見た。

 どうしてかしら?

 完璧かと言われるとわからないが、体幹は鍛えているのでぶれることなくスムーズにできたと思ったのだけれど。

 そう言えばドレス姿で人前で挨拶するのは初めてかもしれないなあ。パンツ姿ならあるけれど。

 ぎこちなかったかしら?

 

「はじめまして……だよね。でも、以前お見かけしたことがあるような気がするんだけれど」

 

 公子様が小首を傾げて呟くようにそう言ったので、私は再びヴァージ夫人と目を合わせてしまった。

 三か月近く私はルビア様の側にいたわけだから、遠目から見ていたわけだし、やっぱり気付いたのかしら? 数日前は近距離で会話もしたことだし。

 

 どうせもう王宮、いえこの国から出るつもりなので、本当のことを明かしてもかまわないと思っていた。

 けれども男だと思っているコークス子爵令息の怪我を放置せざるを得なかったというだけで、公子様はこんなに罪悪感を抱いているのだ。

 本当は女を放置したと知ったら、かなりダメージを受けることだろう。 

 何一つ悪くないのにそんな思いをさせるわけにはいかないわよね、と私は思った。

 いくらなんでも申し訳ないわ。

 ヴァージ夫人も同じことを考えているみたいだった。

 だから私はこう誤魔化した。

 

「王宮には五年前もお邪魔させて頂いたことがありますの。一週間ほど兄達と共に滞在したと思います。 

 ですから、もしかしたらその際にお会いしていたのかもしれませんね。

 公子様は王太子殿下の幼なじみでいらっしゃるそうですから」

 

「なるほど」

 

 公子様は一応納得したように頷いたのだった。 

 

 

 

 挨拶を交わした後、私と公子様は薔薇園の中のガゼボでお茶を飲むことになった。

 

「クリス様のことを気に病むことはありませんわ。彼は任務を全うしただけですし、ルビア様を怯えさせてしまったことは自分の鍛錬不足のせいだと反省しておりましたよ」

 

 私がそう言うと、公子様は激しく頭を振った。

 

「鍛錬不足なんてことはありえないよ。普通僕達の年でナイフを持った大人二人から、たった一人で誰かを守り切るなんてことができるわけないですから。

 彼はとても凄いです。女性の貴女にはわからないかもしれないけれど。

 僕も五歳のころから毎日欠かさずに鍛錬しているけれど、僕だったらあの時ルビア嬢を無傷で助けることなんてできなかったと思いますよ。

 僕は彼を尊敬します。それなのに、そんな彼の傷の手当もしなかった僕は最低だ」

 

 膝の上に乗っている両手の固い拳がぶるぶると揺れている。 

 本当に真面目だなあ。だからあんな腹黒の王太子にいいように利用されているんだろうな。

 こんな純粋で生きて行けるのかしら? まあ天使には手を出せないものらしいから大丈夫なのかな?

 彼に悪さなんてできるのは、きっと堕天使の王太子くらいなのだろう。

 と、その時は思ったのよね。

(実際はもう一人いたわけだけれど。そう。あのウェイストーン伯爵令嬢のマリーヌ嬢が……死んでもなおエルリック様を苦しめている憎きサタンめ!)

この章を飛ばして40章を先に投稿してしまいました。

指摘して頂いてすぐにこの章を投稿したのですが、それ以前に読んで下さった方々、申し訳ありませんでした。

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