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第38章  密会(クリスタル視点)


 それにしても、あの日(・・・)のことはルビア様だけでなく私にとっても衝撃的な出来事だった。

 もちろんナイフで襲われたことが一番だったが、その後の王太子殿下の言動にも愕然とした。

 

「ルビア、助けに来るのが遅れてごめんね。怖かっただろう。すぐに医師のところへ行くよ」

 

 殿下は床に座り込み、震えながら私にしがみついていたルビア様の身体を、私から無理矢理に引き剥がした。

 そして彼女を立たせようとしたが、腰が抜けてしまったルビア様を引き上げるのは無理だった。

 護衛騎士が進み出てきたが、殿下はそれを拒んで、エルリック公子様に手を貸せと命じた。

 こんな状況でも男にルビア様に触れさせたくないのかと、私は呆れてしまった。

 ところがルビア様は身を捩って王太子殿下から離れようともがきながら、頭を激しく振って、震える指で私を指し示した。

 

「あっ!」

 

 エルリック公子様が小さく声を上げて私に手を伸ばしかけたが、殿下がそれを制してこう言った。

 

「僕の大切なルビア嬢が震えているんだ、急ごう」

 

 それを聞いたルビア様は大きく目を見開いた。そして、襲われたこととはまた別の衝撃を受けたせいで震えが止まったようで、こう叫んだ。

 

「私はなんともありません。それよりクリスをお医者様に診せてあげて下さい。腕から出血しているのです」 

 

 しかし、王太子殿下は私を見ようともせずに、再びエルリック公子様に命じたのだ。

 

「そんな奴は放っておいて大丈夫だ。それよりも一緒にルビア嬢を医務室へ連れて行こう。

 男は女性だけを守ればいいんだ。なにせ女性は天使で、やがて女神になるのだからな。

 男は自力でなんとかすればいいんだ。甘やかしてはいかん」 

 

 と。

 

 腕から血を垂らしていた私を見て躊躇っていたエルリック公子様に、私は申し訳ない気持ちになった。

 だから、かすり傷だから大丈夫だと告げ、ルビア様をよろしくお願いしますと頭を下げた。

 

 彼は心配そうな顔をしながらも、王太子には逆らうことはできず、グルリッジ公爵家の紋章である鷹の刺繍が施された白いハンカチを、そっと私の腕の傷に当てて、その場を離れて行った。

 

 王太子殿下の言葉で、エルリック公子様が私の正体を知らないのだとわかった。

 殿下は、大好きな婚約者のルビア様を守れなかったのが自分ではなかったことがかなり悔しかったのだろう。

 しかも助けたのが女である私で、それも二度目だったから。

 おそらくその事実を親友に知られたくなくて、公子様には私が男だと思い込ませておきたかったに違いない。

 

 考えてみれば、これまで私と公子様は言葉を交わす機会が全くと言ってよいほどなかったのだ。おそらく王太子が接触しないように仕組んでいたのだろう。

 私が辺境地へ戻れば、滅多に王都に出て来ることはない。そのことを王太子は知っていたから、早めに追い払えば、嘘がバレないと考えたのだと思う。

 以前のように両親に一言かければ済む話なのだから。

 その証拠に、王宮の客室で休んでいた私は、さっさと辺境地へ帰れ!と王太子から命令されたのだから。


 距離的に離れてしまえば、婚約者と親友は私のことなどすぐに忘れてしまうだろうと彼は考えたのだと思う。

 私とルビア様の繋がりはそんなことで切れるわけがないのに、本当に人の心がわからない残念な奴ね。と、隣国でルビア様からの手紙を読む度にそう思っていた。



 そして王太子殿下は気付いていなかったようだが、あの事件の夜、ルビア様が王宮の客室にいた私の元にこっそりやって来たのだ。

 

「自分の婚約者を守って怪我をした人に対して、あの態度は酷いわ。しかもクリスは従妹なのよ。信じられないわ!最低!

 あんな冷たい人が王太子だなんて信じられない。そんな人とは婚約解消したい!」

 

 ルビア様はそう怒りながら涙を流した。

 私は何も言えずに彼女を抱きしめることしかできなかった。

 そして、ルビア様がどうにか落ち着いたのを見図って私はこう告げた。

 

「おそらく私は貴女のボディーガードを解雇されるでしょう」

 

「なぜ? 貴女は私を守ってくれたのよ。二回も」

 

 信じられないというように、ルビア様は目を丸くした。

 

「ルビア様をあんな危険な目に遭わせ、怯えさせてしまったのです。守ったなんてとても胸を張って言えることではありません。

 それに、どう見ても素人相手に手傷を負うなんて、恥ずかしい限りです。

 今回のことで私は、もっと我が身を鍛えなくてはいけないと改めて身に沁みました。

 できうる限り早く、オイルスト帝国の学園へ留学し、騎士を目指そうと思います」

 

「クリス……」

 

「でも、勘違いはしないでくださいね。私はルビア様自身を守りたいのであって、王太子の婚約者様だから守りたいわけではありません。

 ですから、貴女に心を壊してまであの男の婚約者でいて欲しいわけではないのです。

 王妃殿下のように目的のためだと、我慢し続けるような辛い人生を送ってもらいたくはないのです。

 耐えられないと思われたら、是非声を上げて下さい。少なくとも王妃殿下なら味方になって下さるでしょう」

 

 ルビア様は暫く熟考された後で小さく頷いた。

 それから私が淹れたお茶をゆっくりと飲みながら、彼女はこう言った。

 

「ねぇクリス。たとえ解雇されるとしてもすぐではないわよね。次の護衛が決まるまでは少し時間はあるわよね。

 それがいつなのかわからないけれど、その日が来るまで、貴女の本来の名前と姿になってここで過ごしたらどうかしら?

 せっかく作ったドレスを一度も着ないなんて、もったいないわ。

 今さら社交場に出るのは嫌でしょうけど、王宮内なら平気でしょ? どうせみんな貴女の正体を知っているのだから」

 

 もったいない、という言葉に私は逆らえなかった。辺境地は決して貧しいわけじゃないけれど、農産物を育てるのに適した土地というわけでもない。

 だから食物は大切で、お残しは駄目だと、領民だけでなく領主一家にも骨の髄まで染み込まされているのだ。まあ約二名 (領主夫妻)を除いての話だけれど。

 

 そこで私は翌日から、叔母である王妃殿下が私費で作ってくれたドレスを着ることにしたのだった。

 そのことは、私にとって少女としての唯一の思い出を残すこととなったのだ。それは甘くて切なく、ほろ苦いものだった。

 皆はそれに同情しているみたいだった。私にとっては決して忘れたくない、大切な思い出だったのだけれど。

 

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