第36章 襲撃(クリスタル視点)
ルビア様のボディーガードを引き受けた時、私にはかつて王太子の婚約者候補に名を連ねたご令嬢や、いざこざがあった人物についての情報が与えられていた。
しかし、それに漏れていた方がいた。
それはマクガイヤー公爵家のご令嬢だった。公女は王太子より二つばかり年上で、まあそれなりに美しい令嬢だったそうだ。
しかし、母親が他国の王女だったということで、とにかく気位が高く、以前は地味でぱっとしない王太子には全く興味を示していなかったという。
それでは同じ公爵家の令息であるエルリック様に興味があったのかといえば、そんなこともなかったらしい。
なにせ殿下のことより、むしろ公子様に近付くことを避けていたというから。
なぜ近付きたくなかったのかといえば、エルリック様は美し過ぎたので、自分の美貌が彼に負けていると認めるのが嫌だったからだろう、という話を耳にした。
その気持ちは一応私も女だから、まあわからないでもなかったけれど、たとえ嫌でも事実はきちんと認めないと駄目よね。
それができずにハリボテの下らないプライドを捨てなかったから、人生をふいにしてしまったのだと思う。
その公女が母親の国の第二王子と婚約したのも彼女の強い希望だったと聞いている。
ところが襲撃事件を起こす半年前に、その婚約は解消されていたようだ。なんと、お相手の王子が真実の愛とかいうものを見つけてしまったかららしい。
酷い話だと思った。しかし、だからといって彼女のしたことは許せるものではない。
彼女が元々ブルーノ王太子を思い続けていた、というのならまだ少しは同情の余地はあったかもしれないがそうじゃなかったのだから。
かつてブルーノ王太子の婚約者選びを兼ねたパーティーでは、殿下のことを歯牙にもかけていなかったというのだから。
いや、むしろ彼のことを小馬鹿にしていたらしいのだ。
それなのに自分の婚約が解消されると、王太子に狙いを定めたのだ。
新たな婚約者を探そうとしても、彼女に釣り合うご令息は皆婚約していた。
それならばと年下に目を向けたとき、かつては馬鹿にして相手にもしてなかった王太子が、精悍な顔立ちをした凛々しい少年へと変化していたことに気付いたのだ。
その上、頭脳明晰で品行方正と評判の堅物。前の婚約者のような浮気者とは違う。そう彼女は思ったらしい。
しかし、浮気もせず一途過ぎる男が、なぜ自分に目を向けると思ったのかが謎だ。
そもそも、いくら公女だからといって、この国のトップに立つ予定の婚約者持ちの王太子を狙うなんて、非常識もいいところだわ。厚顔無恥の一言だ。
そして結果的に全く相手にされないとわかると、なんとマクガイヤー公爵令嬢は逆恨みをした。それも王太子ではなくて、その婚約者であるルビアにその矛先を向けたのだ。
「あんな女がいるから他の素敵な女性に目が行かないのよ。あの女が悪いのよ」
公女は公爵邸に突入してきた騎士団に取り押さえられながら、そう叫んだらしい。
いや、たとえルビア様が婚約者の座から降りたとしても、あなたが選ばれることは絶対に有り得ない。
それに捕まりたくなかったのなら、足のつかない裏稼業のごろつきでも雇えば良かったのだ。
しかし、なまじ高貴な身分の方だったから、そんな輩と接触する方法を知らなかったのだろう。
そこで、屋敷の中にいた博打好きで借金を抱えている従者二人に目を付けたようだ。
彼らに借金を返済できるだけの金を与えて、身内の貴族令息の代わりに王宮の夜会に参加させ、ルビア様を襲わせたのだ。
とても許せることではない。性根が腐っている。
ルビア様に付いてパウダールームへ向かう途中で、私は突然背の高い男に背後から抱きつかれ、首を腕で締め付けられた。そして反対側の手に持っていたナイフで脅された。
するともう一人の男が、ルビア様の口を塞いで廊下の壁に押し付けた。
馬鹿だな。敵に背を向けるなんて。ド素人だな。
ガイル兄上から警告を受けて身構えていたので、すぐに対処ができた。
なにせ私の両手は自由だったのだから。
上着のポケットに忍ばせていた戦闘用の投げナイフをさっと取り出して、ルビア様を襲っている男の尻と足の腱に向かって続け様に投げつけた。命中!
そして私の首を締めている男のナイフを持っている左腕を私のナイフで斬りつけて、首元が自由になったところで、その男を両腕を掴んで壁に叩き付けてやったわ。
もちろん逃げられないように、その男の脚の腱にもナイフを突き刺してやったし。
ああも簡単に吹っ飛ぶなんて、これは武道の心得がない奴なのだとすぐにわかった。実際ただの公爵家の使用人だったわけだ。
さすがに騎士なら、ご令嬢を強姦しろと命じられても従わなかっただろう。
ばらされたら騎士人生終了してしまうもの。
ルビア様は恐怖でガタガタと震えて声も上げられなかったが、代わりに男達の方が痛みでうめき声を上げたので、すぐに人が集まってきた。
当然護衛騎士達も。
もしこれが往来において複数人で襲撃されていたとしたら、私一人ではとてもじゃないがルビア様を守れなかっただろう。
さすがに今回のことで警備の見直しをするだろうと私は思った。
そしてあの事件後の一月後、私はルビア様のボディーガードを辞めさせてもらった。
ルビア様の警護システムがようやく整ったからだ。
さすがに王太子も嫉妬心で護衛騎士に色々な難癖をつけるような真似は止めたのだ。そして取っておきの方法を見つけたのだ。
最初からそうすれば、ルビア様から嫌われることもなかったのにと、私は大きなため息を吐いたのだった。




