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第35章 不穏な気配(クリスタル視点)


「今、世情が少し不安定みたいだから、気を付けた方がいいぞ」

 

 今から四年前、前もってそう忠告してくれたのは、当時近衛騎士をしていた長兄のガイルだった。

 いずれは辺境地に戻って跡をつがなければならないが、騎士として経験を積むために、兄上は学園を卒業後、王都の騎士団を希望したのだ。そして最初の配属先は第一騎士団だった。

 ところが、たった一月で近衛騎士団へ転属となってしまった。

 一般的に見れば栄転だったのだろうが、そもそも近衛騎士になりたいとも思ったことがなかった兄上にとっては、喜べるはずもなかった。

 

 そもそも文武両道で首席で卒業した兄上は、近衛騎士になるだろうと周りから見られていた。

 王家に忠誠を誓っている両親もそれを熱烈に望んでいたし。

 しかし彼の進路の希望欄には、近衛のこの字も書いてはなかった。それ故に第一騎士団の団長が大喜びで兄上を獲得したらしい。

 

 一年のほとんどを都会で暮らしていた父親とは違い、荒くれ者の多い辺境地で育ったガイル兄上は、美しい獣だった。

 首から上は美しい人間だったが、首から下は熊か水牛かと思えるくらいガタイが良かった。

 そして頭脳明晰ではあったが、口が悪く、おべっかが言えないタイプだった。

 そのため、高貴な人とのお付き合いなど絶対に無理だと本人も自覚していたので、近衛など希望するわけがなかったのだ。

 

 その後、王太子の剣の指南役を務めるために近衛に転属になったのだと知った兄は、大好きだった叔母(王妃)が嫌いになったと言っていた。

 それは叔母の言いなりになって命を下した義叔父(国王)に対しても同じであり、その諸悪の根源である従弟(王太子)へは殺意さえを抱いたそうだ。

 

 そんな人間(自分)を近衛にするなんて、人事の人間は何やっているだ!と兄は憤慨していた。

 しかし、上意下達されてしまったのだから今さら文句を言われてもしかたないよ、と次兄のドイルに宥められていた。

 なぜそんなことなったのか、私にはおおよその見当が付いたので、原因と思われるこれまでの経緯を説明し、謝罪した。

 すると、兄上はいつものように私の頭をゴシゴシ掻き回すように撫でてからこう言った。

 

「お前は何一つ悪くない。全てはあのヘタレ王太子のせいじゃないか。

 女のお前に嫉妬して嫌がらせをするなんて、本当にどうしょうもないな。

 その嫉妬深い恋愛脳男をビシバシ鍛えてやるよ。ご本人のお望み通りにね」

 

 兄上の口はさほど酷くはなかった。しかし、心の中ではさぞかし王太子を罵り、貶しているのだろうな。

 きっと、その美しい顔に似合わないような毒を吐き散らしているに違いない。

 

 しかし、一月後、兄上は自分の想定とは違い、王太子が音を上げないことに正直驚いていた。

 かなり厳しく(私達からすれば大したことはない)指導しても、王太子は逃げ出さなかったからだ。

 私は少しだけ彼を見直したのだが、兄上の見解は違っていた。

 

「本人は過酷な鍛錬をこなして威厳のある龍に成りたいらしいが、それは無理だな。同じように鱗のある生物でも、せいぜい狡猾な蛇にくらいしかなれないよ。あの男は。

 しかも、それを自覚していないから最悪だ。

 掌中の珠であるルビア嬢を絶対に手放さないという、あの執念が不気味だ。あの執拗さは異常だ」


 と言った。

 

「それに、王妃殿下には内緒で、ルビア嬢の敵、そして敵になりうると思われる者を陰で排除しているみたいだぞ。

 あれは大分恨みを買っているはずだ。お前も気を付けろよ。恨みの矛先は思いも寄らない方向に向くものだからな」

 

 兄は昔から見識力、洞察力に優れていた。そして予見能力に。

 だからこそあんなろくでもない父親が領主でも、とりあえず辺境伯領はどうにか保たれているのだ。

 父の代理をしてくれていたのは叔父だったが、学園に入学する前から事実上この長兄が仕切っていた。

 王都へ出てからも、王都で情報を収集して叔父と連絡を取り合ってきたのだ。

 

 両親に見捨てられていた私でも最低限の生活と、それなりの教育や躾や礼儀を身に着けられたのは、この兄ガイルのおかげだった。

 年は六歳しか違わなかったが、私にとっては実の父親や叔父達よりも父親のような存在だったのだ。

 

 そんな兄に注意喚起された私は、ルビア様に帯同する際は、小型の武器を体のあちらこちらに隠し持ち、周囲にかなり気を配るように心掛けていた。

 しかし、後になって思った。

 王太子殿下が予め、ルビア様の敵、そして敵になりうると思われる者をボディーガードである私に伝えてくれていたら、あれほどまでに彼女を怯えさせることはなかったのにと。

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