第34章 思惑違い(ブルーノ王太子視点)
ガーデンパーティーの当日、私の社交用のスーツをクリスタルに着せるようにと姉の侍女に命じた。
そしてクリスタルには、ルビアをエスコートし、庭園の中では彼女の側でガードしてくれ!と頼むつもりだった。
ところが、そう言葉をかける前に、時間ですと言われて、侍従に連れ出されてしまった。
振り向くと、クリスタルも嬉々とした侍女達に引っ張られて行く姿が見えた。
仕方ないので、別の侍女に彼女宛のメッセージを伝えた。
パーティーでは、遠方の国からの来賓である双子の王子と王女の接待に卒なくこなした。
初めての自分主催のパーティーだったが、普段から両親の差配を注意深く観察していたので、思殊の外要領良く進めることができた。
そしてほっと一息ついたとき、耳元でエルリックがこう囁いた。
「殿下、ルビア嬢の護衛は本当に大丈夫なのですか?
たしか、かなり信頼のできる人物を加えたから何も心配ないとおっしゃっておられましたが」
「大丈夫だよ。その者はブロードよりも強いのは確かだからな」
「辺境伯の三男のブロード卿よりもですか? それはかなりの腕の持ち主ですね。僕も是非対戦して頂きたいものです」
エルリックが感心するようにそう言った。
王宮の庭園はかなり広大な上に、あちらこちらに木々が植えられている。そのために、全体を一望することができず、ルビアの姿をまだ一度も見つけられずにいる。
そのためにエルリックも心配してくれたのだろう。
そして王子達との会話も一段落して、王宮の自慢である花壇へお連れしようとしたときだった。
少し離れた人工池の周りにご令嬢方が大きな輪になっているのが見えた。
何なんだと思った瞬間に、その輪の中に、真っ赤な髪が見えて瞠目した。
何故ルビアがあんなところにいるのだ。クリスや護衛騎士は何をしているんだ!
私は目を凝らしてその様子を伺うと、ご令嬢達の輪から少し離れた場所に、護衛騎士がただ突っ立っていることに気付いた。
女性の輪の中に入り込むことなどできずに戸惑っている様子だった。
男性は護衛といえども、むやみやたらに女性に接近するわけにはいかないのだ。
もし不用意にご令嬢に触れでもしたら、破廉恥なことをされたと訴えられる可能性だってあるからだ。
冷静であればそれくらいわかったであろうが、そのときの私は冷静さに欠けていた。
護衛に腹を立てながら、ルビアの下に向かおうと数歩足を踏み出した。しかしその瞬間、私の体は大きな衝撃を受けて棒立ちになった。
ご令嬢達の輪が崩れ、彼女達が一列になって、人工池を背にして立つルビアの前に横一列に並んだのだ。
まずい! そう直感した瞬間にルビアの姿が見えなくなった。そして、それと同時にいくつもの悲鳴が上がった。
私よりも隣にいたエルリックが先に動き、人口池の方へ走って行った。
そしてその後を追って行った私が目にしたのは、男装姿のクリスタルの胸に顔を埋めて体を震わせていたルビアの後ろ姿だった。
エルリックがルビアを囲んでいたご令嬢達に対処している間、私はただ呆然としてルビアとクリスタルを見つめていた。
二人が挨拶を交わしているのが聞こえてきた。それで二人はたった今出くわしたのだということがわかった。
助けてもらったお礼を言いつつ、ダンスの相手をして欲しいとねだっているルビアに驚いた。
彼女は会ったばかりの相手に頼み事をするような人間ではなかったからだ。
その依頼をする前にちらっとこちらを見たような気がした。
もしかしたら私に対する当て擦りかもしれないと、ふとそう思った。
私は生まれ落ちたときから王子だ。
どんな状況下においても、顔に笑顔を貼り付けて冷静さを装うなんてことは平気の平左。簡単なことだった。
だからパーティーが修了するまでは、卒なく王女達のお相手をした。
しかし、しかしその内面はもう混乱の極地だった。
なぜなら、ルビアとクリスタルのダンスは、とても初めてとは思えないほど息がぴったりと合っていたからだ。これまで見たことのないくらい、素晴らしいダンスだった。
私と踊っているときよりも、ルビアは生き生きとして、軽やかに踊っていた。つまりそれは、パートナーのリードが私より上手いということだ。
クリスタルは男性パートを熟知していたのだ。
ルビアは頬を染めて、熱い視線をパートナーに向けていた。私以外の人物に。
腸が煮えくり返るような思いだった。その相手を憎い、許せないと思った。
しかし、その私の誤った感情が、ルビアとの関係を悪化させることになったのだが、嫉妬に狂う私は気付かなかった。
気付いた時にはすでに手遅れだったのだ。
ルビアを守ることが何よりも大切なことは重々理解していた。
護衛騎士だけではご令嬢達から彼女を守れないことも身に沁みてわかった。
しかし、クリスタルを彼女の護衛にすることだけは、どうしても容認できなかった。
私に狙いを定める女豹どもからルビアが標的にされないように、私は幼なじみのエルリックに彼女達の注目が集まるように仕向けた。
私はただ真面目で気難しい、面白みのない男に映るように振る舞って。
もちろん、王太子としての矜持が保てるギリギリのラインに留めたが。
そしてルビアに嫌がらせしたご令嬢にはペナルティを与え、親に対してはよく監視するようにと、王妃である母に警告してもらった。
さらに、これまで絡んではこなかったが、過激で危険だと思われるご令嬢には、監視を付けて見張らせた。
もう少し。もう少しでルビアを守る包囲網が出来上がる。
そう思っていたのに、母がクリスタルをルビアのボディーガードにすると言い出した。
私がそれに反対すると、それなら代わりにエルリックに任せたいと言った。
当然それにも反対した。エルリックには私の側に居て、ご令嬢方の相手をしてもらわければ、ルビアを守れないじゃないか!と腹立たしく思った。
私は、自分の考えた対策でルビアを守れると信じていた。
クリスタルへ向かってしまった彼女のあの愛らしい笑顔も、再び自分の方に取り戻せると思っていた。
それなのに、まさかあのときのやり取りが、ルビアや母上に勘違いをさせていたとは思いもしなかった。
私が自分自身を守りたいがために、エルリックを彼女のボディーガードにしなかったのだと解釈されていたなんて。
クリスタルに嫉妬して反対したということだけは事実だったけれど。
過去の過ちを謝罪するどころか蔑ろにしたその罰だろうか?
それとも世間の評価が高くなったことで、傲慢になって甘く考えていたせいなのか。
あの後、自分のせいで愛するルビアをさらに危険な目に遭わせることになるだなんて、私は本当に思いもしなかったのだ…
明日からは一日一回、夜21時に投稿するつもりです。
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