第33章 予想外な事柄(ブルーノ王太子視点)
ルビアの身内の中に誰かエスコートを頼める人間はいないだろうかと悩んでいたとき、なんと五年ぶりにあのクリスタルが王宮にやって来た。
母上が、学園に在学中の辺境伯家の二男ドイルに、帰省から王都に戻る際に連れて来て欲しいと依頼したのだ。
もちろん辺境伯夫妻には内緒で。
久し振りに見るクリスタルは、それこそあのエルリックに匹敵するのではないかと思うほど、容姿端麗な美少年になっていた。
黒いロングヘアーを無造作に頭部で縛っているその凛々しい姿は、正しく美少女ではなくて美少年だった。
五年前は曲がりなりにもドレスを着ていたのに、今回は完全に男装だった。
しかも、元はそれなりに値の張ったものかもしれないが、すっかり着古した薄汚れた服を身に着けていた。
やっぱり辺境伯夫妻に育児放棄され、捨て置かれていたのだろう。
クリスタルを見た母上は真っ青になって彼女に近付くと、思い切り彼女を抱き締めて、泣きながら謝っていた。
「まさかこんなに酷い状態だったとは思ってもいなかったわ。もっと早く呼び寄せれば良かった。ごめんね」
と。
このときに私も、彼女に素直に謝罪していれば良かったのだ。
彼女に対して申し訳ないことをしてしまった、と長年後悔していたのだから。
ただし、ルビアと婚約した頃から、すっかり彼女のことなど頭の中から抜け落ちていたのだ。劣等感とともに。
そして彼女を目にした瞬間、相変わらず男装しているクリスタルを、少しからかってやりたくなった。
なんでこんなやつに劣等感を抱いたのだろう、と思った。なぜか急に私の無駄な自尊心が、ムクムクと湧き上がって高揚してしまったのだ。
たしかに彼女は格好いいが、それはただ単に俳優のように単に男を演じているだけ。所詮見かけ倒しじゃないか。
彼女が女だとわかったら、きっと皆の笑い者になるだろうと考えただけで、胸のすく思いがした。
そうだ。クリスタルにルビアのエスコートをしてもらおう。彼女が側に付いていてくれれば安心だ。腕っぷしだけは強そうだから、彼女をきっと守ってくれるだろう、と私は思った。
ところが、彼女はガーデンパーティーに参加することができなかった。
ドレスの仕上がりが遅れて間に合わなかったのだ。
それなら姉のドレスを着ればいいじゃないかと思ったのだが、体格が違い過ぎて無理だったようだ。
クリスタルはまだ十三歳だというのに、成人した姉達よりずっと背が高かった上に、骨格がしっかりし過ぎていたから、簡単に直すことはできなかったのだ。
そこで仕方なく、結局ルビアの親族の中から、婚約者持ちの騎士を護衛に選び、エスコートしてもらうことにした。
彼は彼女の家の一門の人間だったので、邪な思いは持たないだろうと考えたからだ。
ところがだ。パーティーの当日になって、そのエスコートを任せた騎士の婚約が破談となっていて、絶賛婚約者募集中だということを耳にしてしまったのだ。
二人の年は七歳ほど離れてはいるが、結婚する際に問題になるというほどでもない。
同じ一門だということで親しそうに会話している姿を思い出して、私は不安に襲われて、居ても立っても居られなくなった。
やはり独身男などをルビアの側には置きたくない。
そうだ。やっぱりクリスタルにエスコートをさせよう。あいつなら女だし、腕も確かなのだから。
姉達のドレスが無理なのなら、私の衣装を着ればいいだけの話だ。
普段着のドレスさえ持っていないクリスタルは、王宮に来てからずっと私のお古を着ているわけだし。
私達はほぼ同じくらいの身長だったのだ。
見かけだけがどんなに格好が良くても、彼女はろくに社交術も教わってはいないに違いない。
しかも紳士としての立ち居振る舞いなどできるはずがない。
しょせん彼女は女なのだから。笑ってやろうと考えてしまった。
あの時の私は本当に愚か者だった。
たしかにクリスタルは両親には見放されてはいた。
しかし、領地を任されている叔父達一家や家臣達からはきちんと当主令嬢として扱われていたのだ。そのために彼女は、教育も躾もきちんと受けていたのだ。
しかもそれは、男女のどちらでも振る舞える完璧なものを。
私がその事実を知ったのは、パーティーの翌日だった。




