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第32章 人生最大の後悔 (ブルーノ王太子視点)  


 ルビア嬢と婚約したいと両親に伝えた。

 父である国王はそれを手放しで喜んでくれた。ストーンズン侯爵家は中立派に位置しながらも、王家に対する忠誠心も厚い堅実な家だ。

 見る目が高いなと褒められた。

 もちろん母である王妃も、あの家なら問題はないでしょう。ご令嬢もとてもしっかりした素晴らしいと耳にしています、と言ってくれた。


 ところが、婚約は認められなかった。八歳ではまだいつ心変わりするかわからないからと。

 絶対にこの気持ちは変わらないと必死に主張したが、この世に絶対ということはあり得ない。特に人の気持ちなんてあっと言う間に変化するものよ、と母上に言われてしまった。

 父上が許してくれれば母上が反対しても……と思ったのに、父上は母上の言葉に苦虫を噛み潰したような顔して黙り込み、フォローしてはくれなかった。

 

「気持ちが変わらない自信があるのなら、あと数年くらい待てるでしょう?」

 

「でも、ルビア嬢が別の人と婚約してしまったらどうするのですか?」

 

 想像しただけで震えた。ルビア嬢が自分以外の人間の婚約者になるなんて絶対に嫌だった。

 あの明るい笑顔が、私ではない者に向けられたら耐えられないと。

 すると、母はこう言った。

 

「婚約は認められませんが、交流を禁止するわけではありませんよ。

 友人としてお付き合いして、貴方が彼女の心を掴めば良いだけの話でしょう?

 これまで以上に精進して、彼女に相応しい人間におなりなさい」

 

「はい」

 

 私はそう返事するしかなかった。その時、やはり母がクリスタルにした私の仕打ちに気付いているのだと確信した。

 劣等感による嫉妬心で、そんな浅はかなことをするような私のことなど信用できないのだろう。

 婚約したいのなら、信頼してもらえるだけの人間になれ!と言われたのだと理解した。

 

 

 だから私は、母上とルビア嬢に認められたくてとにかく頑張った。学問に剣術、武道、礼儀作法……

 母や姉達と共に慰問などの慈善活動にも積極的に参加した。

 そして十二歳になった頃には、品行方正、知勇兼備の王太子と称されるようになった。

 しかも、側近候補の幼なじみのエルリックと共に、ストーンキャスト王国の一対の宝玉と呼ばれる人気者になっていた。

 

 エルリックは金髪碧眼で、それこそ天使のように愛らしくて中性的な美しい容姿をしていた。

 それに比べて私は、烏の濡羽色のような黒髪にダークグレーの瞳をした、地味な容姿だった。

 顔の作り自体はそれなりに整っている方だとは思うのだが、彼には遠く及ばない。

 それ故に最初から彼の真似をしようとは思わず、冷静沈着なクールな男を演じることにした。

 目が悪くもないのに、シャープな黒縁の眼鏡をかけ、長髪の彼とは対照的に短めの髪型にした。

 

 姉達からは、近頃どちらが王子かわからないわよ。もっと派手にしたらと言われたが、そもそもそれが狙いだったので、変えるつもりはなかった。

 そう。少し前まではエルリックと二分する人気で、ご令嬢方に囲まれていた。

 しかしそれを私はずっと鬱陶しいと思っていたのだ。

 

 中には本気で自分を好きな子もいたのかもしれないが、親に命じられていた子がほとんどだったに違いない。

 私に話しかけながらも視線がエルリックに向かっている者がほとんどだったから。

 彼女達は昔クリスタルに甲高い声援を送っていた使用人達となんら変わりない。

 そんなご令嬢は必要なかった。私は舞台俳優でも騎士でもないのだからファンなどいらない。

 私を尊重し慕ってくれる者か、共に努力しようと努めてくれる人が近くにいてくれればいい。

 

 だから浮ついたご令嬢はエルリックに任せてしまおうと考えた。

 なぜなら彼は幼いころから母親であるグルリッジ公爵夫人から、女性には優しく接してね、とか守ってあげなさいと言われて育ってきたからだ。

 そのせいで、どんな嫌な女性に対しても無下になんかしない。いや、できないのだ。

 かといって、女性の甘言や誘惑に惑わされることも一切なかった。相手に嫌な思いをさせずに上手く躱す術を自然に身に付けていたのだ。

 だからこそ、女性のことは彼に任せればいいと私は思ったのだ。そうすれば、ご令嬢達は私に関心を持たず、ルビアに嫉妬することはないのではないかと。

 

 この作戦はたしかに成功した。しかし、この世に完璧なんてものなんてないのだろう。

 婚約して一年ほど経った頃、親善大使としてとある小国の双子の王子と王女が我が国へやって来ることになった。

 二人は私と同じ年齢だったので、そのおもてなしを私が主催することになった。

 

 その双子にはまだ婚約者がいないと聞いていた。もし婚約者のルビアを紹介して彼に気に入られでもしたら困る、と私は思った。

 だから彼女を王子に近付けないようにしなければと考えた。

 そのためには、私の代わりに彼女をエスコートしてくれる人物を決めなければならなかった。

 しかし、王女が我が国への嫁入りを考えている可能性も考慮して、エルリックには私の側に居てもらわないと困る。

 エルリックが私の側にいれば、王女は必ず彼の方に心奪われるだろう。公爵令息なら結婚相手に相応しいと思うだろうし。

 それに万が一そうなっても、彼が嫌ならグルリッジ公爵家が断りを入れるだろう。


 まあ、後になってまだ公にはなっていなかったが、王女にはすでに決まった相手がいたことがわかった。

 そのことをあの時知っていたら、ルビアのエスコート相手はエルリックになっていただろう。そう考えると悔しくて仕方がない。

 ご令嬢方がエルリックには嫌われるようなことをするわけがないのだから、ルビアに嫌がらせをしたり、突き飛ばすような真似はしなかっただろう。

 つまりあの事件(・・・・)は起こらず、ルビアとクリスタルの運命のような出会いもなかったに違いない。


 あの日から私は、あの日(・・・)のことをずっと後悔し続けることになったのだった。


 

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