第31章 劣等感 (ブルーノ王太子視点)
母上は何もわかってない。なぜクリスタルなんかをルビアのボディーガードになんかしたんだ。
ルビアがあいつを気に入ってしまうくらいわかっていただろう。
僕は昔からあいつが嫌いだったというのに。
あいつは幼いころから両親から嫌われて放置されていた。
疎まれた理由は彼女の髪が黒かったからだ。黒髪には魔力が宿るとかいう大昔の言い伝えを信じる愚か者が、この現代にも結構いるのだ。特に田舎では。
王都を含め都会においてはむしろ、黒髪は知恵の象徴として崇められることが多いというのに。
とはいえ、正直なことを言えば自分も自分の黒髪が嫌いだった。
なぜなら上の姉は母上と同じ淡い茶色の髪。下の姉と年の離れた弟は父上と同じ金髪だった。
しかも色の濃淡は違っても三人とも青系の瞳をしている。それなのに自分だけがダークグレーの瞳だったからだ。
どうして自分だけが両親の色を全く受け継がなかったのだろう。家族の中で仲間外れになったようで悲しかった。
特に父親に瓜二つの弟が生まれてからはその思いがより一層強くなった。
私の黒髪はクリスタルと同じく、母方の祖父に似たからだ。祖父は歴史の古い伯爵家の当主だったが、著名な植物学者でもあり、頭脳明晰だと評判の人物だった。
伯爵家は代々学者肌の人間を多く輩出していたが、その名を成した者達は皆黒髪だったという。
母は出世など無縁で、ひたすら研究に没頭する父親を尊敬して、愛していた。
だから黒髪の私のことも、お祖父様にそっくりで嬉しいわ、と言って、いつも優しく頭を撫でてくれた。
それがとても嬉しかった。
しかし、王宮の内外で、私の髪だけが黒いことを笑ったり、蔑んだり、馬鹿にしたりする声を何度も耳にしてからは、段々自分に自信が持てなくなってしまった。
「あんな黒髪の王太子殿下より金髪の弟殿下の方が国王陛下に向いているんじゃない?」
「それよりも、グルリッジ公爵令息様の方が国王に向いていると思うわよ」
女官にまでそんなことまで言われて、私は不安になってしまった。
そしてそんな頃に私は初めて、王宮にやって来たクリスタルと会ったのだ。お互いに八歳だった。
自分と同じ黒髪だったが、とても整った容姿をしていた。しかもかなり大人びていて、二、三歳は年上に見えた。
しかもあのガイルの遊びにも余裕な顔で付き合っていたし、剣の鍛錬でも、私が一度も勝ったことのないブロードを軽くいなしていた。
鍛錬中のクリスタルは男装していたのだが、その立ち姿の美しさに、王宮の女官や侍女達は夢中になっていた。
鍛錬場から少し遠い場所で眺めながら、可愛いい、かっこいいと頬を染めてはしゃいでいた。黒髪を理由に私を見下していた者達がだ。
黒髪だから自分は侮られていたわけじゃなかったのだ。その事実を知ってショックを受けた。
落ち込む私を励ましてくれたのは母上だった。
「女性が騎士に憧れるのは、舞台俳優に憧れるのと大差ないのよ。
でも貴方はいずれ国王になるのだから、そんな黄色い声を上げられる必要なんてないのよ。
それよりも臣下や国民から尊敬される人物になってちょうだい。
貴方のお祖父様方のようにね。貴方はお二人のお祖父様の良いところばかり受け継いでいるわ。
だから努力を続ければきっと立派な国王になれるわ」
私は母に期待されているのだと思うとすごく嬉しかった。
名君と呼ばれた前国王のお祖父様と、微笑みの天才学者と呼ばれたお祖父様。この二人に似ていると言われたことで、この黒い髪でも自信がついたのだ。
とはいえ、それでもクリスタルを見ると劣等感に苛まれた。
だから、伯母でもあるスイショーグ辺境伯夫人にこう願ってしまったのだ。
「できればクリスタル嬢をあまり王宮には連れて来ないで下さい。
女官や侍女達が興奮して風紀が騒がしくなるのは困るので」
すると夫人は私に謝罪をすると、すぐさまクリスタルを連れて領地に帰ってしまい、その後五年の間、王宮どころか王都にも娘を連れて来ることはなかった。
しかも、クリスタルは元々両親から無視され続けていたというのに、私のせいで、さらに冷遇されるようになったらしい。
「王太子から二度と王宮には連れて来るなと言われたわ。お前は一体なんてことをしてくれたの」
激怒した伯母夫婦がそう怒鳴って、クリスタルに暴力を振ったという話を従兄弟達から聞かされたのは、ずいぶん後になってからだった。
その以後王都から辺境領に戻って来る度に、彼らは躾だと称して、クリスタルを罵ったり鞭で打ったりしていたという。
そう語った従兄弟達は私を冷え冷えとした目で僕を見つめていた。
その話を聞いてとんでもないことをしてしまったと恐れおののいた。
いくら気に入らないといっても、まさか実の親がまだ八歳の娘にそんな残酷なことをするとは思ってもみなかったのだ。
「どうしてクリスは王宮に遊びに来てくれなくなったのかしら。
たった一人の可愛い姪に会いたいのに」
母親がこう呟く度に、何故あのクリスタルが来なくなったのか、それを知っていて、嫌がらせのためにわざとそんなことを言っているのではないか!
そんな不安が胸いっぱいに広がって動悸が起きるようになった。
しかし、会う度に睨んでくるスイショーグ辺境伯家の三兄弟を目にして、ああ。兄弟達からは愛されているのだなと、私は図々しくも少し安堵したのだ。
自分のせいで家族の誰からも愛されずに虐待されているのかと考えると、苦しくて、申し訳なくて、その罪悪感で押し潰れそうになっていたからだ。
私はその後ろめたさを誤魔化すために、必死に勉強したり剣術に励んだりした。そのためか、私に対する周りの評価は次第に高くなっていった。
それでもそれを嬉しいと思えなかったのは、クリスタルが両親に殴られて泣いている姿が時々頭に浮かんできて、気分が落ち込んだからだ。
そんな悶々とした日々を送っていたある日、とあるパーティーで、私はルビアに出会ったのだ。
まるで真っ赤な宝石のような髪をした、妖精のような愛らしい侯爵家のご令嬢。その明るい笑顔に一目惚れしてしまったのだった。




