第30章 ルビアの独白(クリスタル視点)
彼女はこう言った。
「私ね、王太子殿下のことを好きだったのよ。それなりにね。
嫉妬深いし、束縛はしてくるけれど、それでもそれは私を愛してくれているからだと思っていたわ。だから彼を嫌いにはなれなかったの。
でも、ガーデンパーティーの事件後、王妃殿下に促されても一向に対策をとってくれなかったでしょ?
そのくせに、クリスに嫉妬して嫌がらせをして。それが腹立たしくて堪らなかったわ。
クリスは知らないかもしれないけれど、殿下ってとても優秀なのよ。
後継者教育も順調に進んでいるし、語学が達者で、近隣諸国の歴史や文化もよく学んでいるから、来賓の皆様の評価も高いのよ。
男尊女卑なものの考え方は歴代の指導教授のせいだと思うわ。私も似たような教育を受けたから想像がつくの。
それでも王妃殿下や王女殿下の影響で、女性や子供、貧困層の人々な対する思いやりは持っているから、色々な施策を考えて提案されているのよ」
なるほど。
あんなに王太子殿下のことを怒ったり、文句を言っていたのに、彼女が婚約者を辞めたいとはこれまで口にしたことがなかったのは、そういうことなのかと納得した。
私には駄目で嫌なところだけしか見せていなかったが、私以外の人間には王太子として相応しく振る舞っていたようだ。しかもかなり優秀で立派な王子らしい。
想像が全くつかなかったが。
「でも、あのガーデンパーティーの日以来、殿下への思いが少しずつ冷めていったの。
私を守りたいと思ってくれているのなら、それこそ急いで何か対策を取ってくれるはずでしょう?
それなのに何もしてくれなかったわ。その上、やっと友人ができて喜んでいる私の気持ちも察せずに、クリスの悪口を言ったり、辞めさせようとするなんて信じられなかった。
私の気持ちなんて、結局あの方はどうでもよくて、分かるつもりなんてないのよ。
それって、愛していると言えるのかしら?
しかもあのお茶会で、王妃様に私のボディーガードをどうするつもりかと問い詰められたとき、ただ黙り込んで何も話そうとしなかったことにがっかりしたの。
しかも王妃殿下がわざわざ助け船を出して下さったにも関わらず、それをみんな拒否したのよ。
エルリック様が自分の側にいないと困るから、私の側には置けないと言ったのを聞いて、心の中に残っていた王太子殿下への思いが消え去ったの。
その上、ガイル卿から指導を受けるように言われると、厳しい人だから嫌だと言ったのよ。
私を守るために強くなりたいと言った舌の根も乾かないうちに。
それでついに我慢ができなくなって叫んだのよ。いい加減にしてと。
初めて人前で淑女の仮面を外したわ。私の怒りがわかるように、思い切り怒鳴り続けてやったの。
彼の理想とはかけ離れた私を見て、かなり驚いたと思うわ。でも、それで嫌われて婚約破棄されてもかまわないと思ったの。
というより、婚約破棄して欲しいと思ったのよ。
ところがね、あの日の翌日から、殿下がガイル卿から剣の訓練を受け始めたらしいのよ。
そしてそれが一か月続いているみたいなの。それに毎日謝罪しに来るし、愛を告げてくるのよ。
私の本性を知っても愛しているという気持ちは変わらないのですって。
でも、変わらないということは、元々私より自分が一番大切な人なのだから、やっぱり本当に私を愛しているわけではないってことよね?
だから、嬉しいとは感じなかったの。
ただね、今クリスが女性騎士になりたいと知って思ったわ。
法を変えるためには力が必要だって。今、その法律改正を主張しているのは王妃殿下だけでしょう?
だから、いずれ私もそのお手伝いをしよう思ったのよ。
でもそのためには、婚約破棄されたら無理でしょう?
キズモノとして力のないどこかの貴族の後妻にさせられたり、修道院へ入れられたりしたら何もできないわ。やっぱり王太子妃にならないと。
どうせ愛のない政略結婚をしなくてはならないのなら、このままブルーノ殿下と結婚して妃になった方がいいかな、って思ったわ。
おそらく王女殿下も協力して下さると思うし。
私も頑張るから、クリスも騎士になるのを絶対に諦めないでね」
「好きでもない方との結婚なんてお辛くはないのですか? 無理をなさっているのではないですか?」
「貴族の令嬢として生まれて、その教育を施されてきたのよ。
クリスと違ってその恩恵に散々預かっておきながら、好き勝手なことをしたら天罰が下るでしょ?
今のところ殿下に浮気をされたり、蔑ろにされたりしているわけではないし。
それにたとえ望んだとしても、どうせ私達の婚約は解消されないわ。
私の両親は貴女のご両親とは違って、親としての役目を果たしてくれているわ。それに愛情もそれなりに持ってくれているとも思うの。
でもね、両親にとって一番大切なのは家なのよ。そして領民だわ。
だから、もし私が婚約破棄をしたいと訴えても、彼らは絶対に許してはくれないわ。
殿下に許しを請い、ひたすら尽くせと命じるだけだと思うの。
だから、殿下への愛情があろうがなかろうが、妃になるしかないのよ。
でもそれならば、その力を有効利用した方がいいと考えたのよ。この数分で。
人生の目標ができると、人間やる気が満ちてくるものなのね!」
ご家族との仲睦まじい姿を見ていて、ルビア様は自分とは違い、家族に愛されて幸せそうだなと正直思っていた。
しかし、私は貴族とはどうあるべきか、それをきちんと教えられてこなかったせいで、貴族の厳しい内実を知らなかった。
貴族の家族というものが、ただ愛情だけで成り立っているわけではないのだということを。
たとえ裕福な貴族であろうと、貧困に喘いでいる平民でも、それに関しては大して変わらないのだという現実を。
貧しさのためにやむを得ない事情で子供を売る平民よりも、家柄とか歴史だとか、そんなどうでもいい矜持のために子供の人生を決める多くの貴族の方が、実際には情が薄いのかもしれないな。
子供の方もそれに見合った恩恵もあるのだから、当然といえば当然なことなのかもしれないが。
ルビア様は、愛らしくて屈託のない、幸せそうなご令嬢だと思っていた。
しかし、彼女は厳しい現実をしっかり認識していた。しかもただそれに流されるのではなく、自ら意志を持って進める方なのだ。
彼女のその顔は、すでに人の上に立つべき人間として堂々としていた。
この方を支えられるだけの人間になりたいと、あの時私はそう思ったのだった。




