第3章 婚約者を守りたいだけだった(ブルーノ王太子視点)
五年前、私は以前からずっと好きだった初恋の相手であるストーズン侯爵令嬢のルビア嬢と、ようやく婚約することができた。
八歳の時に母の催したお茶会の席で一目惚れして四年、ようやくその願いが叶ったのだ。
私は天にも昇るような心持ちになって、毎日浮かれ気分だった。
ところが、そんな私の幸せ一杯に膨らんでいた心は、十三歳のある日パチンと破裂して急転直下した。
私が初めて主催した子共達のためのガーデンパーティーで、ルビアが複数人の少女達から虐められているのを目撃してしまった時だ。
急いで助けようとしたが、どうしたらいいのかわからず一瞬躊躇っているうちに、ルビアは別の子供に庇われて助けられていた。
良かったと胸を撫で下ろすと同時に、自分が情けなくなった。頭で考える前に、あの子のように自分の体を張って守れば良かったのだと。
そして涙を拭われて頬を赤くしたルビアの、その愛らしい笑顔を向けられた相手に激しく嫉妬した。
そして、その後絶えず彼女の側に貼り付く様になったあいつが憎くてたまらなくなった。
あの時私は誓ったのだ。これからは絶対に自分がルビアを守るのだと。
以前から私は、王妃である母親から散々言われてきたのである。ルビアを他のご令嬢達から守らないといけないと。
母は父と婚約している時、嫉妬に狂う沢山のご令嬢達からかなり陰湿な虐めに遭ったのだという。
しかも、いずれ王太子妃、王妃になる者はそれくらい上手くやり過ごせなくてはいけないと、先代の王妃どころか、婚約者であった父さえも何もしてくれなくて、それはもう辛い思いをしたのだそうだ。
そもそも両親の婚約は父が望んだものであり、政略的な意味はほとんどなかった。
それ故、心労で倒れて療養が必要とされた母は、祖父であるコックヨーク伯爵に婚約解消を涙ながらに願ったそうだ。
すると、元々上昇願望もそれほどない祖父は、
「娘は王太子妃なる器ではないようです。だから婚約を解消してください。なんなら破棄でも構いません」
と王家に申し入れたそうだ。
そしてそれを聞いた王妃である祖母は酷く動揺したらしい。婚約者が倒れて以来、彼女を守れなかった自責の念に駆られた王太子から
「貴女の指示に従ったせいで、私は愛する婚約者を苦しめてしまったではないですか!
もし破談にでもなったら私は一生母上を許さない!」
と責め続けられていたからだった。しかも、お妃教育において祖母は母を叱ってばかりで決して褒めなかったらしいが、実際のところ母はとても優秀だったのだそうだ。
それ故に祖母も本音を言えば、母以外のご令嬢を王太子妃にするつもりなんて微塵も考えていなかったのだという。
祖母と父が母に謝罪をして、今後は絶対に守り抜くと約束したことで、母はやり直すことを決めたらしい。しかし
「それでもね、陛下を許せない、信じられない気持ちは、今でもまだ心の奥底には残っているのよ。
一番辛い時に助けてもらえなかった哀しみは、おそらく一生消えないと思うわ」
と母はこっそりと私に呟いたのだ。そして、愛する人に恨まれたくないなら、ちゃんと自分で守りなさいと。
それなのに浮かれていた私は、母のその言葉を失念していたのだ。
それからというもの、私はどうしたら愛するルビアを守れるか、どうしたら彼女を他の令嬢達からの嫉妬や虐めから防げるか、それを必死に考え続けた。
そしてそんなある日、母のお茶会に参加した時に、親友のエルリックが自分同様にたくさんの令嬢に囲まれているのを見て閃いたのだ。
令嬢達の目がみんなエルリックに向かえば、私は関心を持たれなくなり、ルビアを虐める者もいなくなるのではないかと。
幼なじみのグルリッジ公爵家の令息エリルリックは、純粋で清らかでとても心優しい子供だった。
その上金髪碧眼のその愛らしく美しい容姿は、それこそまるで天から舞い降りた天使のようだったので、誰もが彼に心奪われていた。
それに比べて私は、顔の作り自体はそれなりに整っている方だとは思うが、烏の濡羽色のような黒髪にダークグレーの瞳をしていたために、全体的に地味な容姿をしていた。
だから自分で言うのも癪だが、二人で一緒にいると、知らない者が見たらエリルリックの方が王子で、私を側近だと思うに違いないと自虐的なことを考えたこともあった。
しかし、これは却って好都合だとその時私は気付いたのだ。
そうはいっても、王太子たるもの、側近だの侍従のように見えたのでは沽券に関わる。自分で自分を落とすような真似はできない。
そこで、冷酷無比は大袈裟だとしても、愛嬌の無いクールキャラを演じようと決めたのだ。
ご令嬢から恋愛感情を持たれないように、伊達メガネまでかけて。
そしてその作戦は見事に成功した。しかしそのせいで、エルリックが抱える負担は計り知れないほど大きなものになってしまったのだ。
エルリックだっていつまでも純粋な天使でいるわけではない。特に半年前の件があってから、彼はずいぶんと大人になり、視野が広がり多角的に物事を考えるようになっていた。
だからこそ、今頃になってようやく私の腹黒さに気付いたのではあるまいか。
そうでなければ、先ほどのように私の婚約に物申す、などという発言をするはずがないのだ。
それに、今のエルリックの様子からすると、本気でクリスタルを好きなように見える。
たとえ彼女に恩を感じたとしても、恋愛感情を持つことは絶対にあり得ないと考えていたのに。
もしかすると、四年前も彼女を好きだった可能性がある。
もしそうだったとしたなら、私の嘘が二人を引き裂いたことになる。クリスタルもエルリックを好きだったのだから。
彼女は未だにそのことで私を恨んでいる。もしかしたらエルリックもあの時のことを根に持っているのかもしれない…
あの二人は今婚約者同士で、長い時間を共にしているのだから。
机に覆い被さって頭を抱える親友の背中を見つめながら、体中から冷や汗が流れ、胸の動悸が激しくなった私だった。
明日の17時に第4章を投稿します。
ヒロイン?の偽装?婚約者エルリック視点です。