第29章 進路について(クリスタル視点)
我慢の限界を超えたせいで爆発してしまったルビア様は、完全に人格が変わってしまった。
十三歳にして完璧な淑女と称されていたというのに、今では表情豊かになった。喜怒哀楽をはっきり表すようになったのだ。
まあそれは王太子殿下と私の前だけの話だけれど。
週一回のお茶会は月に二回に変更を要望して、それを王妃殿下に了承してもらった。
そして奉仕活動やパーティーに参加したときも、エスコートだけしてもらい、後は王太子の元を離れて私の側で行動するようになった。
最初の頃はすぐに彼女を連れ戻そうと近付いてきていた王太子殿下だったが、何度か露骨に嫌な顔をしたルビア嬢に追い払われてからは、諦めて遠くからこちらを見ているようになった。
その間ずっと私を突き刺さすような視線を寄越してくるので、殿下と目が合う度に気が重くなった。
しかしそれと同時に、王太子の隣にいるグルリッジ公爵令息が
「殿下のことはこちらに任せて! 気にするな!」
というように優しげな瞳で微笑んでくれるので、少しだけ心が軽くなった。
やっぱり公子様は王女殿下方がおっしゃっていた通り、天使なのかもしれない、などと私も思うようになった。
「ごめんね、クリス。
私のせいで嫌な思いばかりさせて。
私が最初に思わせぶりな真似をしたから、殿下はクリスを目の敵にしてしまったのよね。
浅はかな行為だったわ」
ある日ルビア様が突然そう謝罪をした。
なんの事が最初はわからなかった。しかし、それがあの勝手に忍び込んだガーデンパーティーのことだとわかって、思わず笑ってしまった。
「今さら何を謝っているのですか? あれからすでに三か月は経っていますよ」
「本当に今さらよね。ずっと謝りたかったんだけど、そのタイミングがなかなかなくて。
ほら、ずっと迷惑のかけ通しだったから」
ルビア様の声が徐々に小さくなってきた。その様子が可愛らしいと思った。
彼女は私の前だと素顔のままだ。家族の前でも淑女の仮面を外さない様子なのに。
自分にだけ素を見せてくれているということは、それだけ私は信頼されているのだろう。そう考えると素直に嬉しかった。
両親にいない者扱いをされてきた自分でも、こうやって信用し頼ってくれるのだ。彼女は自分の存在にも価値があったのだと思わせてくれる。
最初は正直当て馬にされたような気分になって、少しむっとしたのだが、そのことは黙っていようと思った。
「謝罪は受け取りました。もう気にしなくてもいいですよ。
あの時の恐怖や悲しみをブルーノ殿下に思い知らせてやりたかった、そのお気持ちはわかりますから。
そのことに気付きもせずに私に嫉妬した、あの方が愚かで悪いのですから。
そしてそれ以降のことはまあ、任務上のことですから謝ることはないですよ」
「任務といっても、正式な騎士ではないのだから、本当はこんな嫌な思いまでして、続けることなんてないのよ。
そもそも辺境伯のご令嬢がこんな任を負う必要はなかったのに、私のためにごめんなさい」
「令嬢だろうと子供だろうと、仕事を一度請け負ったら、その対価分はきちんと遂行しなければいけないのですよ。
私は王妃殿下から十分過ぎる報酬を得ているのですから。
しかもそれ以外にもドレスやらアクセサリーなども頂いていますしね。
自分の息子が精神的苦痛を与えた、その慰謝料だとおっしゃって。
でも、私は将来は騎士になりたいと考えているので、いい訓練だと思っているんですよ。精神攻撃に耐えられなければ、騎士にはなれませんからね」
それは本心だった。
王都に出てくる前はまだあやふやだったけれど、王妃殿下やルビア様に触れ合ううちに、やはり女性騎士は必要だと思ったのだ。
男性だけでは守れないものがあると実感したからだ。
もちろん、この国では女性は騎士にはなれないから、いずれ隣国のオイルスト帝国へ留学するつもりだ。
王妃殿下に王都に呼んでもらったおかげで、ようやくその決意ができた。
だから、今回のルビア様のボディーガードの仕事は正直ありがたかったのだ。
あの両親が留学費用を出してくれるとはとても思えないので、自分でその費用を貯めなくはいけないから。
「クリスは騎士になりたいの?」
「ええ」
「それなら、将来私の騎士になってくれる?」
ルビア様は真剣な顔でそう訊ねてきた。だから
「この国で女性騎士が認められるようになったら、是非とも指名して下さい」
私は暗に、貴女が法を変える努力をして下さいと伝えたのだ。すると彼女は大きく頷いたのだった。




