第26章 恋の芽生え (クリスタル視点)
私は王太子にすっかり嫌われてしまった。完全に敵認定をされてしまい、顔を合わせる度に睨まれた。
まあ、王妃殿下やお二人の王女殿下方が味方をして下さっていたので、まだなんとか暮らしていけたけれど。
それにここでも女官や侍女達からは親切にしてもらった。できるだけ王太子とは接しなくてすむように、配慮してくれたし。感謝の気持ちで一杯だった。
そうなのだ。
王都でもモテるかどうか試してみろと王太子は私を馬鹿にして言っていたが、結果は田舎とそう変わることはなかった。
つまり私はたいそうもてたのだ。もちろん女性限定だったけれど。
「本当は私達がクリスにボディーガードをしてもらいたかったくらいよ。
クリスが年上だったら護衛をしてもらえたのに残念だわ」
「護衛なら私の兄達にしてもらえばいいのではないですか?
兄上達は三人揃って、武道大会で優勝している猛者ですよ。この国最強ですから安心です。
特に二番目の兄は姉姫殿下と同じ年じゃないですか?」
「嫌よ、あんなむさい男なんて。痩せマッチョならいいけれど、あんな筋肉自慢男はお断りよ。いくら顔がよくて強くてもね。
申し訳ないけれど、貴女のお兄様達のことは従兄弟でなかったら近寄りたくもないわ、ねぇ?」
「そうね、お姉様。筋肉質ならばいいってわけでもないでしょうし。
でもまあそれでも、辺境伯様みたいな見掛け倒しよりはずっとましだと思うけれど」
「そう言われればそうね。それに、お父様みたいに重くて剣も持てません!みたいな男と比べたら従兄弟達の方が百倍はましだったわね」
最初はこき下ろしていたのに、他の身内と比較していくうち、なぜか兄達の評価が上がっていった。
まあ、その従姉妹達の気持ちはよく理解できたし、私も同意したくなったけれど。
「でも、ブルーノには本当に困ったものだわ。
一途といえば聞こえはいいけれど、執拗に嫉妬深いところはお父様にそっくりね」
「お父様より酷いんじゃないの?
だって、お父様は女の子にまでは嫉妬はしなかったと思うもの」
「ブルーノだってクリス以外の女の子にはさすがに嫉妬はしないんじゃないの?
クリスって本当に格好良過ぎるのだもの。
容姿、体力、知力どこをとってもあの子が勝てる要素は見つからないものね。
ルビア嬢とクリスのダンスなんて、何年もペア組んでいるブルーノとのダンスよりよっぽど息が合っていて、そりゃあ優雅ですばらしかったわ。
まさしく天と地ほど差があったわね。即興ペアだったのに。リードが違うとこうも変わるのかと驚愕したわよ」
「つまり劣等感から来る嫉妬ってことね。最低だわ。嫉妬する前に自分を磨け!だわ」
王女達の話に私は頭を傾げた。
「私に嫉妬ですか? 側近候補のグルリッジ公爵令息様にならわかりますが」
すると、妹姫殿下はチッチと舌を鳴らして人差し指を振りながらこう言った。
「あら、エルリック様に嫉妬する人間なんていないわよ。あの子は天使だもの。邪気が全くないの。
それに天のお使いには最初から敵わないでしょ。だから誰も彼に嫉妬なんてしないわ」
天使? 天のお使い?
確かにまるで春の柔らかなお日様の光のように、優しい微笑みを湛えた超絶美形だ。けれど、一目見た瞬間から私は彼をちゃんと生身の人間だと思ったけれど。
だって、彼の両手には剣だこがあったから。他にも細かな傷がいくつも付いていたし。
その後も軽く足を引きずっている時もあったから、おそらく模擬戦でもして、相手に打ち付けられたのだと思う。
見かけは儚げでお人形のように美しいが、おそらく服を脱げば、王女達のお好みの痩せマッチョに違いないと私は確信していた。
あんなにごつごつした手になるくらいに剣を振ってきたのだ。ただの綺麗な天使なわけがない。
人に負けたくないという闘争心も、負けた時の悔しさも、勝った時の優越感だって人並みにあるに違いないと私は思った。そしてそれが当たり前のことなのだと。
私は、ブルーノ王太子が側に付いていられないとき限定でルビア様の側にいる。
言い換えれば、私が殿下の側に近付くことはない。従っていつも彼の側にいるグルリッジ公爵令息とも親しく接する機会はない。
しかし、いつしか私は公爵令息の姿を目で追うようになった。
そして彼がその美し過ぎる容姿に新たな傷を作っているのを目にする度に、彼も頑張っているんだから私も頑張ろう、という気持ちになっていた。
今思えば、あの時点ですでに私は彼に恋心を抱いていたのだろう。意識はしていなかったけれど。




