第24章 ガーデンパーティー2 (クリスタル視点)
赤毛のご令嬢は、私に背を向けたまましばらく震えていたが、やがて彼女は我に返ったようで、体を回転させて私に向き合う体勢になった。
そして私の顔を見ようともせずに、可哀想に青い顔のまま頭を下げた。そして、下を向いたままこう言った。
「私はストーズン侯爵家のルビアと申します。
助けて頂いてありがとうございました。おかげで池に落ちずにすみました」
「美しい貴女を守れて良かったです。その愛らしいお顔を池の水で濡らしたくはないですからね。
これからどうなさいますか? ここを離れたいのでしたら、侍女か護衛の方のところまでお送りしますよ」
私がこう声を掛けると、ストーズン侯爵令嬢は顔を上げて私を見た。そしてお名前をお聞かせ下さいと言われた。
こっそりと忍び込んでいたので、名乗らない方が良かったのだが、なぜか彼女とは運命的なものを感じた私は嘘をつきたくなかった。だから、
「スイショーグ辺境伯家のクリスと申します」
と答えた。男装した姿でクリスタルという女名を名乗るのに抵抗があったので、愛称の方を伝えたのだ。
「まあ、辺境伯様のご令息様だったのですか。それでは王太子殿下の従兄弟でいらっしゃるのですね」
彼女は少し驚いたように美しい緑色の目を丸くした。
「はい。一応。ですが殿下にお会いしたのは、今回で二度目なのですが。私は辺境の地からあまり出ませんから」
「まあ、そうなのですか!
でも、学園に入学する際は王都へ出ていらっしゃるのでしょう? その節は是非とも仲良くして頂きたいですわ」
「ええ。もちろんです」
「図々しいお願いですが、もう少しだけ一緒にいてくださいませんか?
いくらなんでもここをお暇するには早過ぎますので。でも、やっぱり一人では怖くて」
「もちろん、従兄弟の代わりに貴女のガードをさせて頂きますよ。
彼も貴女を心配そうに見ていましたが、来賓がいて動けずに歯がゆく思っていることでしょうから」
私はブルーノ殿下をフォローするためにそう返事を返した。
すると、ストーズン侯爵令嬢は少し複雑そうな表情をして、ありがとうございますと言った。
私とブルーノ王太子は、この国にはあまり多くない黒髪とダークグレーの瞳をしている。母方の一族の血が強く出たのだろう。
そのせいか、ルビア嬢は私の言葉を素直に受け取り、疑う様子はまるでなかった。
やがて軽快な音楽が流れてきた。子供向けの人気のダンス曲だったので、思わず私は踊りませんかと声をかけてしまった。
体を動かせば少しは気が紛れるのではないかと思ったのだ。
すると彼女は一瞬驚いた様子だったが、すぐに微笑んで頷いた。
そこで私が右腕を曲げて腰に当てると、彼女はさっとそこに手を当てたので、彼女をエスコートして、園庭の中央に向かった。
そして早速ストーズン侯爵令嬢と踊り始めたのだが、これまで踊った誰よりも軽快で楽しいダンスとなった。
それは彼女も同じだったようで、顔を高揚させながらこう言ったのだ。
「こんなに素敵なダンスは初めてですわ。とてもお上手なんですね」
するとそのとき、丁度私達の近くでは王太子とどこかの国の王女様が踊っていたために、彼にもストーズン侯爵令嬢の言葉が聞こえたみたいだ。物凄く不機嫌な顔をしていた。
しかし、それを見ても彼女は平然としていた。いや、わざと顔を背けて私をじっと見つめて、
「クリス様とお呼びしてもいいですか? どうか私のこともルビアとお呼びください」
と言った。
「「えっ?」」
私と王太子は同時に声を漏らしてしまった。
ルビア嬢は、婚約者である自分を放置した彼にかなり怒っているのだろう。当てつけのためにそう言ったに違いない。
その気持ちはわかるが、当て馬にされて困ったと感じた。絶対に恨まれると思ったからだ。
そして、実際にその通りになったのだった。
私は良い事をしたはずなのに、その日は散々だった。
ルビア嬢が悲鳴を上げたことと、私達のダンスがあまりにも素晴らしい出来だったために、私達は注目を浴びてしまったからだ。
そのせいで私がこっそりとガーデンパーティーに忍び込んだことがばれてしまった。
もっとも、王太子殿下の婚約者を助けたことで、それ自体はそれほど叱られることはなかった。
むしろ、唆した王太子の方が厳しく叱られた。
婚約者への配慮が足りなかったことを王妃殿下にこってりしぼられたからだ。
なぜルビア嬢をエスコートしなかったのか。
なぜ、自分の側に置いて、共に来賓の王子と王女に挨拶をしなかったのか。
彼女を側に置かないつもりだったのなら、どうして、彼女に別のパートナーを準備してやらなかったのか。
どうして彼女が虐めに遭っているのに今まで気付かなかったのだと。
全くだと私も思ったが、王太子は来賓の他国の王子に、自分の愛しい婚約者を会わせたくなかったらしい。その気持ちだけで他に考えられなくなっていたという。
その王子とやらは、かなりの美形で女性に人気があったから、ルビア嬢と両思いにでもなったら大変だと思い込んだらしい。
美形というなら、王太子の側近の方が上回ると思ったが、彼ら三人は幼なじみのような関係らしい。
そして彼女はこれまでもその美形の彼に関心を示したことはないので大丈夫だと王太子は信じているらしい。
ということはつまり、ルビア嬢は少なくとも面食いではないのだろう。
それならば心配はいらなかったのではないか、と私は思ってしまった。
それはともかく、王太子は王妃殿下に叱られたこと、そして私が彼の婚約者を助けたということが相当気に入らなかったらしい。
彼が婚約者一筋で、かなりのやきもち焼きだということがわかった。しかも逆恨みをする陰険なやつだということも。
その日、私は王太子の恨みを買ったことを自覚し、深くため息をついたのだった。




