第21章 第三皇子と第一王女の婚約(クリスタル視点)
しかし当然私はこのマリウス皇子の思惑について、事前にパルル第一王女殿下と王妃殿下には伝えておいた。
そしてそのことは、マリウス皇子だって予想はしていただろう。ただし脅しの件はやはり気になっていたようで、私が黙っていたことには今も感謝しているようだ。
その後二人は本当に恋愛感情を持つようになったのだからなおさらだ。
結果的にこの縁談は、権力だけを欲しがるろくでもない輩からの申し込みばかりで、うんざりしていた第一王女殿下にとっても、願ってもない良縁だったようだ。
マリウス皇子はとにかく優秀なやり手であった。彼は母国のためにも陰で色々知恵を出して貢献していたのだ。
特に国民生活の向上に尽力していた。遊び人のように見えていたが、それは市井の様子を直に見るためだったのだ。
しかも金髪碧眼の超美形。すでに色香も漂っていて、三歳年上の王女と並んでも違和感などなかったのだ。その上口も達者だったしね。
ちなみに殿下とは同級生ではあったが、私が飛び級していたので年は私より一つ上だった。
本来彼も飛び級をしようと思えば余裕だったろう。けれど、とにかく彼は勉強に関して余計な努力をしなかった。
学生の間しか自由に振舞えないことがわかっていたので、わざわざ急いで卒業したいとは思わなかったのだろう。
ところが、あののらりくらりしていたマリウス皇子殿下は、あっと言う間にパルル王女殿下との婚約をまとめると、さっさと単位試験を受けて卒業資格を取ってしまった。
そしてその後は真剣にストーンキャスト王国について学び始めたのだから、愛とはこんなに人を変える力があるのかと感心した。
今まで恋愛のマイナス面しか見たことがなかったので本気で驚いたわ。
パルル王女殿下も優秀だと聞いているから、きっと二人で公爵家を盛り立てていけると思うわ。
まあ、どう転んだとしても、私は責任を取るつもりなんてないけれど。自己責任でお願いします。
「国王陛下が残念さんだから、この縁組の意義は大きいわ。ありがとう、クリス」
と王妃殿下からも感謝の手紙をもらった。もちろん王妃殿下は、私とマリウス皇子がその残念さんの秘密が暴露されそうになったのを防いだなんてことは知らなかった。それにも関わらずにそう言ったのだった。
綺麗事では世の中は変えられないと、隣国の暮らしで私はそう考えるようになっていた。
だから本当はこの秘密で陛下に脅しをかけて、こちらの要望を通してもよかったのだ。私はもう自分が清廉潔白であることを望んでいないのだから。
それでも、一番の被害者である王妃殿下が黙秘しているのに、それを私が暴くのは違うと思った。
だから、あの日サロンでそれを暴露するつもりはなかったし、今も元王女様方やルビア様の前で話すつもりはない。
「自分の秘密を明かす覚悟をしている」
王妃殿下はさっきそう言っていた。私だけに負担をかけたくないからと。
でも、私のことなら大丈夫ですよ。昔とは違い、心臓に大分毛が生えてきているので。
それにあの日以来、陛下と王太子殿下は以前にも増して執務に熱心に取り組んでいるらしいので、今のところはそれで十分だった。
王妃殿下の発した
「陛下が約束を違えた場合は、私は王妃を辞めます」
という言葉はかなりの衝撃を彼らに与えたのだろう。それを回避したくて今必死なのだと思うわ。
私的なことのためだけに公務に必死に励むって、王族としてどうなのかとは思うけれど、国政において大切なことは結果を出すことだ。だからまあいいか、と思うことにした。
王太子殿下に至っては、ルビア様との婚約維持問題まで関わっているのだからなおさらよね。
相変わらず表面上は飄々としているけれど、今回はエルリック様の手も借りられないから相当大変だろうし。
まあ、ルビア様との関係については二人の問題だから、相談に乗ったとしても私が勝手に何かをするつもりはない。
つまり彼らがこちらの要求を叶えてくれるのならば、私としては例の脅しをかけるつもりはないのだ。
いくら愛着がないとはいえ、母国をスキャンダルまみれにするのは忍びないし、何も知らない従姉達にこれ以上嫌な思いをさせたくはないからだ。
もちろんそれは、私に何かを強制するような、理不尽な真似をしなければの話だけれど。
ああ~、結局私って人がいいんだな、って自分でもそう思う。いや、人がいいというより、やはり人との繋がりを大切にしたいという気持ちが強いのかもしれない。
親に相手にされなかったからこそ、優しくしてくれた人、自分を思ってくれた人との縁を無くしたくないんだわ。今頃そんな自分の心理に気付いた。
そしてその大切な人達のために何かしたいと思うと、結局この国のために働くことになるのだろう。
王妃殿下や元王女の従姉妹達、そしてルビア様や兄達も、この国をどうにかしたいと思っているのだから。
おそらくグルリッジ公爵家の皆様も同じなのだろう。
それでも今は自分のことも大事にしたいと思えるようになった。これは大きな成長だわ。きっとそれは留学して得た、たくさんの友人の影響だと思う。
だからこそ私は、この一年と期限を設けた上でこの国の改革の一助になれるよう、粉骨砕身働こうと決心したのだ。
そしてそのために私は、最終的にはグルリッジ公爵家の依頼を受けることにしたのだ。
今現在あの国王でもこの国がどうにかなっているのは、グルリッジ公爵家が他の貴族達を抑えて、宰相閣下と手を組んで陛下を支えているからだ。
それに、あの王太子が王位を継ぐのかどうかは定かではないが、たとえ将来誰が国王になろうと、王を支える者がしっかりしていないと、貴族達の私利私欲を抑えきれなくて国政が乱れてしまう。
それを防ぐためには優秀な公子に立ち直ってもらわなくてはならない。
だから本当に自分が役に立つのかどうかはわからなかったが、とりあえず何か彼のためにやってみようと思ったのだ。
それにグルリッジ公爵とのやり取りで、あの方の見識の深さ、人徳に感じ入った。是非ともお近付きになって様々なことについてご教授して頂きたいと思ったのだ。
公爵様も私と話し合いたいと仰って下さったし。
そして現在、私はグルリッジ公爵家の執事見習いとして働きながらエルリック様を鍛え、学園に通ってルビア様のボディーガードをしている。
その上時たまこうして王宮王妃殿下のサロンで、同志の皆様とお茶会という名の意見交換会まで行っているのだ。
もちろん、世間的には公子様の婚約者になっているけれど、別人になりすましている。
何故なら、スイショーグ辺境の令嬢がグルリッジ公爵家と縁付くと、力のバランスが崩れる恐れもあったからだ。
当然両親は、辺境伯家を蔑ろにするのかと激怒して猛反対した。
だから私はこう両親に言ってやったわ。
「この婚約は偽装ですので、いずれ解消されることになります。
その時私に傷が残らないようにするためには、別人になっていた方がよいと思うのです。
お二人だって自分の娘を傷物にしたいとは思っていませんよね?」
私がわざと疑問符を付けたことで、両親は否定できなくなり、不承不承それを受け入れざるを得なくなった。
否定すれば、自分達夫婦は娘を傷物にしても構わない冷酷な人間だと見られてしまう。さすがに彼らもそのことに気付いたのだろう。
とにかくそんな理由で私は寝る間もないくらい超多忙なのだ。暇なのは簡単過ぎる授業中くらいだった。
その時だって寝ているわけにはいかないために、この四か月ずっと寝不足が続いている。
それなのに、たまに休憩が取れそうな時に限って、エルリック様を見守る会だとか愛でる会だとかいう、脳内お花畑の令嬢達に下らないことで呼び出されていた。
そして二日前、とうとう私はその苛立ちも相まって寝落ち、いや気を失ったらしい。
何においても根の詰め過ぎはいけないと、公爵夫人のティアナーナ様やメイド長のメリッサさんには叱られた。
せいては事を仕損じると公爵様からも言われて反省した。
そして、ここへ来る途中で、あの令嬢への対策をこれからは二人で共に考えよう、とエルリック様に言われて嬉しかった。
これまでの人生で、誰かに荷物を一緒に背負って行こう、的な意味の言葉を言われた経験が一度もなかったからだ。
いつも一方的に重荷を背負わされるだけで。
勘違いさせるような言葉だった。でもそれを都合良く解釈してはいけないことくらいわかっている。
それでも、そんな優しい言葉をもらえただけで、あの日この国に留まろうと決意して本当に良かったと私は思ったのだった。
次章から過去編になります。




