第19章 王太子の謝罪(クリスタル視点)
これまで飄々とぬらりくらりと交わしてきた王太子も、これ以上は誤魔化しが効かないことを悟ったらしい。
片膝立ちしていた彼は両膝と両手を大理石の床について、私に頭を下げた。
「クリスタル、今まで本当にすまなかった。僕はずっと君に嫉妬していた。ルビアの初恋の相手が僕ではなくて君だったから。
エルリックもずっと君のことを気にしていた。そのことにも嫉妬していたんだ。
だから君が女性だということをエルリックにも知られたくなくて、彼にもそれを教えなかった。
彼の一番の友は自分でありたかったから。
だけどそんな嫉妬がどんなに愚かなことだったのかとわかったのは、君が隣国へ留学した後だった。
僕のせいで唯一心を許せる友人と離れ離れにされてしまったと、ルビアに号泣されてしまった。
「厳しいお妃教育や、周りのご令嬢方からの嫉妬や嫌がらせに、私はもう耐えられなくなっていたわ。
そんなときにクリスと友人になれて、初めて本音を打ち明ける相手が見つかった。だからこそ、貴方の婚約者を続けられたのよ。
それなのに、私からその大切な親友を取り上げるなんて酷い」
と。それに
「クリスはようやく普通の女の子に戻ろうとしていたのに、その機会を奪ったことは絶対に許せない。
彼女は貴方の従妹でしょ? それなのに、なぜそんな酷い仕打ちができるの? 」
そうルビアに言われてしまった。あの時以来、表面的には変わらず仲良く過ごせていたけれど、実際は彼女の心が私から離れてしまっていることを理解している。
それに君がエルリックを好きだってことに、なんとなく気付いていたが、私はそんなこと気にも留めていなかった。
いや、そうじゃない。エルリックが君への思いに戸惑っていたときも、クリスタルは女の子なのだということは意図的に教えなかった。
いや、むしろ格好いい奴だろう? 理想的な騎士だろう? 憧れるよな、ってクリスタルは理想的な男なのだという印象を彼に与えていた。
二人が両思いになってもし付き合うようになったら、ご令嬢達の意識がまた僕に向くのではないかって、怖かったんだ。
でもそのせいで私は、ルビアだけでなくエルリックの信用もなくしてしまった」
エルリック様が私を意識してくれていた?
私が思いもしなかった事実に驚愕していると、コツコツとヒールの音が聞こえてきた。
顔を上げると、眉を綺麗に吊り上げた王妃殿下が、王太子に近付いてきたかと思うと、蹲っているブルーノ王太子殿下の頭上から、大型で丈夫そうな扇子を叩き付けた。
「卑怯者!」という言葉と共に。
「グウーッ!!」
王太子は両手で頭頂部を押さえたまま、膝どころか今度は両肘を床に着いて悶えた。
「人を騙し、利用しなければルビア嬢を守れないというのなら、さっさと婚約を解消しなさい!」
「嫌だぁ、それだけは嫌だぁ、クリスタル、グルリッジ公爵夫妻、すみませんでした! どうか許してください!」
涙と鼻水を流しながら許しを請う王太子の姿を目にして、王宮に入ってからずっと力んでいた肩の力が、スッと消えた。
ブルーノ王太子は子供の頃からずっと、いかにも小馬鹿にしたような目で私を見下し、横柄な態度をとってきた。
そんな彼が、王太子としての矜持までかなぐり捨ててまでルビア様を求める姿に、まあ、許してやろうか、なんて思ってしまった。
あれほど憎らしく想っていたのに、私も甘いわ。
まあ、でもそれは一瞬のことで、過去のことを思い返して再びそう簡単に許してはいけないと思い直した。
だって、簡単に許したのでは、少女だったかつての自分と親友が可哀想過ぎるものね。
案の定、この話をした途端ルビア様からは苦情を言われてしまった。その話をもっと早く聞かされていたら、今ごろ婚約解消できるように動いていたのにと。
そうなのだ。二人の婚約を今後どうするかは、王太子が自力でルビア様を守れるか、その様子を卒業まで見て判断する、と最終的には国王陛下がそう決断されたからだ。
でもあれは息子のためというより、陛下自身のためよね、と私は思った。
王太子があの場で婚約破棄されたら、自分だって離縁されかねないものね。
実は私、陛下の秘密を知っているのよね。まさかそんなトップシークレットを、留学先の隣国で耳にするとは思わなかったけれど。




