第17章 王太子との対峙(クリスタル視点)
幼い頃から王太子は私を嫌っていた。その理由は分からないが、私を敵認定したのは四年前だったと思う。
王宮で催されたガーデンパーティーで、私は意地の悪いご令嬢達からルビア様を守ったのだが、どうやらそれが気に食わなかったみたいだ。
自分の大切な婚約者を守ってもらったのだから、普通なら感謝するところだろう。ところが彼は嫉妬して、私をライバルと見なしたのだ。
大好きな婚約者のルビアを守ったのが自分ではない人物、しかも女の私だったことが悔しかったようだ。
そんな婚約者の言動にルビアは怒りを覚えていた。
彼女はとても賢く、貴族令嬢としての義務もきちんと理解していた。家族が王家に嫁ぐことを強く望んでいることも。
だから王太子に対する不満も決して表には出さなかった。
しかし、親友となった私や、幼なじみでもあるエルリック様を利用している王太子に、ルビア様は強い嫌悪感を抱いていた。
私達に申し訳ないという罪悪感に加えて、自分までが彼の共犯者になったような気分になったからだという。
ルビア様を守りたいのなら自力で守り抜けばよいのに、何故そうしなかったのだろう。本当に情けなくて格好が悪い人だわ。
大体男、男と自分を誇示するようなやつには案外情けない男が多いように思う。本当に強い男はわざわざそんなことを口にはしない。する必要がないからだ。
そもそも、近寄ってくるご令嬢方を上手くかわせる社交術くらい自分で持っていないと、国王になった時、海千山千の年寄り達を相手にするのなんて無理なんじゃないの?
確かに小賢しい知恵だけはあるみたいだけど、それって却ってマイナスだと思うわ。
それにどうせなら、自分に似た性格のご令嬢を選べば苦労しないのに。と、私は王太子を軽蔑しつつ、哀れだなと思っていた。
このままだと、彼も父親と同じ道を辿る未来しかないのに、そのことが解らないのかな。
先程王妃様が言った言葉、理解しているのかしら?
「陛下が約束を違えた場合は、私は王妃を辞めます」
そうおっしゃったじゃない。
王妃様はそんな重大なことを軽々しく口にする方ではないと、貴方なら良く分かっているでしょ?
そもそもそこれは女性騎士を認める、認めないって話じゃないのよ、多分。国王陛下が心なし青ざめているもの。
確か一生君を守るとか昔おっしゃって、婚約破棄を回避したことがあったはずですよね?君だけを一生愛するとも。それなのに……
過去に陛下が浮気をしていたことを知ったら、ルビア様はどう思うかしらね?
「「一生君を守る」なんて陳腐な台詞は信じるに値しませんわね。貴方にそっくりな陛下がそれを証明してくださいましたわ」
ってそう言うと思うわよ。
そもそも、人を利用して自分の大切な婚約者を守ろうとしていた時点で、彼は信じるに値しない人間なのだけれど。
実質的な護衛を部下に任せるのは当然なことだと思うけれど、精神的なことまで他人任せはいけないでしょ。協力を依頼した上ならまだしも、騙して利用するなんて。
しかも、その結果生じた不具合をまたもや臣下に押し付けようなんて、どこまで卑怯なのよ!
これまでの経緯を振り返ってみるとこうだ。
最初王太子は、ルビア様の護衛をしながら公子様のお世話をしろと私に言った。ふざけるな!と当然私は断った。
ルビアとの約束を反故にするのかと王太子は怒りを表したが、王妃様から騎士としての私のシフト表を見せろと言われて黙り込んだ。
そこへ、グルリッジ公爵夫人が私設騎士として私を雇いたいと言い出したので、王太子は慌ててそれを阻止しようと口を挟んだ。
王太子はグルリッジ公子様のことだけでなく、ルビア様の護衛も私にさせたかったからだ。本当に図々しい。
彼は王妃様にやり込められて一旦意気消沈していたのだが、私がグルリッジ公爵家に騎士としてスカウトされたことで慌て出した。そして再び私にこんなことを言い出した。
「私は嘘をつかない。特例で君を正式な女性騎士と認め、ルビアの護衛騎士に任命するよ」
「特例では困ります。例外などではなく、その実力を認めれば男女関係なく採用する。と国の法をきちんと変更して下さらない限り、私は今回の話をお受けできません」
跪いている王太子を睥睨しながら、私ははっきりとそう言ってやったわ。
いつまでも人を自由に操る事が出来ると思わないでね。私はこの国に守ってもらわなくては生きて行けない昔の私ではないのよ。
留学したおかげで私は、世界中に友人知人を持っていたので強気に出ることにした。誰とは言わないが、名前を聞けば王太子殿下だって知っている人達もいるので心強いわ。
帰国する旨を伝えたら、友人達が困ったことがあったら自分の名前を出してもいいんだぞ、と言ってくれたし。
私の言葉に王太子は驚愕して私を見上げた。
「そこまでする必要はないだろう。そもそも君のように騎士になりたい女性などそうはいないだろう。
だから希望者が出た時にまた考えれば済む話だろう」
「そうは行きません。その都度、私のように騙されたり交換条件を出されたりしたら面倒ですから。
最初から窓口は等しく皆に開放すべきですわ。そしてそれをきっかけにして、他の職種にもそれを広げていきたいのですよ。
もちろんいきなりの改革は無理な話でしょう。でも、そういう流れを作り出したいのですよ。そのために私は騎士を目指したのですから」
「なんて生意気なことを言うのだ。男には男の、女には女の領分というものがあるだろう。それを違えるとろくなことはないぞ」
父がこう口を出してきたので、私はこう返してやった。
「それは性別だけの問題ではないでしょう?
武門の家に生まれながらろくに鍛錬もしない者がその長に立っていたら、周りが迷惑し、ろくなことにはならない。そうでしょう?
男女の性別だけでなく、そちらも問題にしてくださいよ。身分差の件もそうですが。
我が国の周辺の国々では実力至上主義に変わりつつありますよ。そうでないと、世界の競争には勝ち抜けませんからね」
すると娘に馬鹿にされたと思ったのか、父はカッとして拳を私に振り上げたが、そんなものは軽く躱してやった。
すると、普段から鍛えていない耄碌爺の父はよろめいた。どうにかその場には踏みとどまれたが。
そんな父を軽蔑の眼差しで睨んだグルリッジ公爵が、私に顔を向けてこう言った。
「君の意見は興味深いね。若い部下から最近そんな話をよく聞く。
君は実際隣国へ留学していたのだから、それを目の当たりにしているのだろう?
参考にしたいので、是非我々にその話を聞かせて欲しい」
「こんな小娘の話を聞いてどうするのだ。まどろっこしい真似をせずとも、婚約者になれと公爵権限でも何でも使って、有無を言わせず従わせればいい」
父が忌々しそうにこう言った。しかしそれを聞いた公爵は、益々蔑む目をしてかつての同級生の男にこう言った。
「公爵権限だと? 私がお前のように自分の権力に物を言わせて、嫌がる者を従わせようとする男だと思っているのか! 心外だな。
彼女は息子の事とは別に、有能な人材だと思ったから、是非とも意見を聞かせてもらいたいと思っただけだ。
お前はこの国が有事に陥りかけているという現状を知らないのか?」
「有事だと?」
目を剥いた父に公爵は言葉を続けた。
「世界では自由貿易が主流となってきている。しかし我が国では貴族が既得権益を手放したくなくて、それを認めようとしない。
それに業を煮やした各国は我が国との取引を止め、新たによその国の取引先を見つけている。
一々訳もわからないのに口出しする貴族と交渉するのは時間の無駄、と考える商人が増えてきているからだそうだ。
取引は時間との勝負。生き馬の目を抜く昨今の流通事情を鑑みれば、それは当然のことだ。
このまま手をこまねいていれば、遠からず我が国は他国から相手にされなくなり、孤立するだろう。
たとえ武力で攻め込まれなくても衰退する一方だろうな」
グルリッジ公爵の言葉に、再びこの場が凍り付いたのだった。
私にとっては今更なのだが。




